第2話 積み木と崩壊

 人生は積み木と一緒だ。どんなに努力してもたった一つの失敗で崩壊する。その崩れた積み木を見て思うことは、人生の不条理に対する怒りでも、悲しみでもない。

 ……絶望だ。


 ならば積み木が崩壊しないように、丁寧に積み上げればいいのではないか、と思うかもしれない。しかし崩壊する原因は必ずしも本人に原因があるとは限らない。

 例えば、地震や風などの自然現象によるもの。

 例えば、他者による意図的な破壊工作によるもの。

  簡単に言うと、自分以外の外部からの干渉による崩壊だ。自分の力ではどうすることも出来ない事象。まさに絶望そのものだ。


 その絶望を俺はたった十六年の人生で味わうことになった。


「……は? なんだこれは……」

 俺は浮かび上がった文字に愕然とした。


 クラス:魔術師

 レベル 1


 MP 5/5

 物攻:102

 物防:69

 魔攻:0

 魔防:81

 俊敏:50


 アビリティ

 魔法不適合




 人間は十六歳になるとクラスに目覚める。

 そのクラスに応じてアビリティや各種パラメータが決まる。



 例えば魔術師ならば魔法攻撃のパラメータが高く、剣士であれば物理攻撃が高くなる傾向がある。

 それなのに俺のステータスはめちゃくちゃだ。魔術師なのに魔攻が0、MPが5しかないのだ。


 そして一番の問題は……


「魔法不適合ってなんだよ……」


 ──魔法不適合

 文字通りに受け取れば魔法が使えないってことになる。それはありえないことだ。

 魔法が使えない人はそんなに少なくない。

 しかし魔法の使えない者は例外なく剣士などの物理クラスだ。

 また魔法が使えないからといって、それがアビリティとして発現することはない。


 しかし、もしこの表示されたもの真実ならば……


「アルトどうだった?」


「あ、アスト……。えーっと……」


 話しかけてきたのは俺のライバルであり、同じ日に生まれた幼なじみのアスト・リューザックだ。

 俺たちはクラスを見せ合う約束をしていた。


「もしかして駄目だったのか?」

 〇〇は俺の落ち込む姿を見て、察したようだ。察したのなら気を使って欲しいものだ。


「……そうだよ。見てみろよこのステータス……」

 俺は空中で人差し指と中指を重ね、上から下へ下ろす。すると、半透明なウィンドウが開き、文字が並び出す。

 簡単に言えばステータス画面だ。普通は他人には見えないが、自分の意思で可視化することは出来る。


「魔術師なのに魔法不適合? なんだよそれ、面白いな」


「全然面白くないよ……」

 自分の思ってることを素直に言えるアストの性格は美徳だと思うが、今だけは怒りを覚えざる負えなかった。


「そうガッカリするなって。クラスチェンジすれば凄いクラスが発現するかもしれないだろ?」


「まあそうだけど……クラスチェンジが起きる可能性ってかなり低いんだぞ?」


 ──クラスチェンジ

 最初に目覚めるクラスを初期クラスと呼ばれていて、5種類ある。

 剣を得意とする火力クラス【剣士】

 魔法攻撃を得意とする火力クラス【魔術師】

 攻防ともに優れた壁役【騎士】

 回復やサポートを得意とするサポートクラス【僧侶】

 俊敏随一でヒット&ランを得意とする【盗賊】


 ここから上位の職にジョブチェンジすることがある。しかしそれには相当の努力と才能がいる。

 一段階目のクラスチェンジができる可能性は1%、二段階目のクラスチェンジ出来る可能性は0、00……

 言うのも馬鹿らしくなるほど低く、その偉業を成し遂げた人数は手で数えられるぐらいしかいないと言われている


「お前、剣技の天才なんだし可能性あるって。でも剣技の天才が魔法の使えない魔術師ってやっぱり面白いな。あ、ちなみに俺はこんなんだったぜ」

 そう言うとアストも俺と同じようにステータス画面を見せてきた。


 クラス:剣士

 レベル 1


 MP 52/52

 物攻:190

 物防:102

 魔攻:14

 魔防:38

 俊敏:80


 アビリティ

 身体能力強化Lv.1


 アストの能力は良くも悪くも普通だった。しかし俺にとってそれはどんな上級クラスにも勝るものに感じた。いや感じてしまった。


「あ、おい。どこ行くんだよ」

 ――つらい。ここに居たくない!

 俺はある場所に向かって走り出す。


 目的の場所には十分ほどで到着した。そこは村の近くにある小さな丘だ。ここから村全体を一望することが出来る。つらい時や一人になりたい時は必ずここに来る。


 村の中心は住宅街になっている。1階建てで木造の家々が立ち並ぶ。冬になると雪が降る。そのため、家の屋根は雪の重りで壊れないように、トタン屋根になっていて、自然に雪が滑り落ちるように設計されている。その家々を囲むように田んぼや畑がある。さらに、田んぼや畑を囲むように森がある。森からは、時折ウサギや鹿など、野生動物が顔を出す。


「ここにいると落ち着くな」

 俺は小さな声で呟く。それが引き金になったのか、涙を抑えていた防波堤は決壊し、目からぽたぽたと滴が溢れ出す。


 俺には一つ夢があった。それはダンジョンを攻略して願いを叶えることだ。ダンジョンにはどんな願いでも叶える願望器があると言われている。それは噂だ。本当かどうかは分からない。それでも、1%でも可能性があるのなら挑戦したかった。そのために血のにじむ努力をしてきた。どうしても叶えたい望みがあったから……


 しかし、俺が積み上げてきた努力はたった一日、たった数分であっさりと崩壊してしまった。


 魔法の使えない魔術師がどうやればダンジョンを攻略できるんだ?


 ……無理だ。世界はそんなに甘く創られてはいない。


 俺の心を反映するかのように、気づけば空は暗くなっていた。


「そろそろ帰らないとな……」

 ずっとここにいるわけにもいかないため、立ち上がり家路につく。


 この時は知る由もなかった。崩壊したのは自分の心だけではなかったことに……

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