太陽の墓標と赤いビー玉


「それは、何かのメタファー?」

私は少し笑っていた。つくづく可笑しな少女だった。

「本当の話だよ。こっち来て」

そう言うと彼女は、立ち上がって階段を下りて行った。

廃墟の周りの庭のようなところにボロボロの小さな十字架が立てられている。それは、何かを弔うために作られた墓標というよりも、子供が戯れで作った類のものに思われた。

「ちょっと待っててね、すぐ出てくると思うから」

そういうと彼女は庭の隅に立てかけられていたスコップを手に取って、十字架の下の土を掘り始めた。

「ほら、これだよ」

彼女はしばらく掘り進めると、何かを手に取って私に見せた。

それは、赤色をした透明のちっぽけなビー玉だった。

「これは?」

ビー玉は月の光を受け、内にぼんやりとした渦を巻いていた。

「太陽」

彼女が太陽だと言うそれは直径1センチほどのどこにでもあるただのビー玉だ。それが、今まで地上を照らし続けた太陽である様には思えなかった。

「信じてないでしょ」

もちろん、私は信じてはいない。だが、疑っているかと言うと、そんなこともなかった。これが太陽だろうと、そうでなかろうと、今夜の月は沈まないということは確かなのだ。このビー玉が何であるかなど、些細な話だ。

「どうやって捕まえて来たんだい?」

「こうやって、手を伸ばして」

彼女は、月に向って手を伸ばし言った。

「月も取れるの?」

「取れるよ。でも、勿体無いから」

「そうだね。月は空で優しく輝いてくれていないと。そうでないと、僕らは暗闇で何も見えない」

どこか遠くで、ホーホーと鳥の鳴く声がした。月のとろりとした光に、支配された世界では、ゆっくりと時間は流れた。いや、時間が本当に流れたのかどうか、知ることは今や不可能なのかもしれない。

「ねえ、太陽が死んで、月が動きを止めて、時間はどうなってしまったのかな。やっぱり時間を支配するものがいなくなって、時間も消えてしまったんだろうか」

彼女は少し考える様な顔をしてからこう言った。

「元から時間なんてなかったんじゃない?太陽も月も元から時間なんて支配してない。ただ、そこにあるだけ。宇宙の生成変化の中で移ろい変わって行くものを私たちが勝手に時間の流れだと思ってる。多分ね、時間なんてものを考えてるのはヒトだけだよ。昨日の私と今の私は違う私だなんて、そんな当たり前のこと、ヒト以外気にしてなんかない。みんな、宇宙の生成変化の流れの中に身を置いて、自らの変化も、自らの滅びもなんとも思わず受け入れてる。その中にあって人間は特殊な存在。概念を作り出して、自然に意味をつけていく。意味のないものをヒトが言葉で呼んで、他と区別し意味を見出したところで、やっぱり意味がないものは意味がない。でも、ヒトは昨日の私と今の私とが連続していることを確認しながら、私というものを認識していくのだから、そういう点では、太陽が死んでも、月が動かなくなっても、ヒトがいる限りヒトにとっての時間は流れ続ける。時間なんてものは元からヒトの目を通さなければ存在しないのよ」

「それじゃあ、人間は意味のないものの中で生きて、意味のないもののために悩んでいるということになってしまうよ」

「そうかもね。ほら、見て。持ち主のいなくなったこの廃墟を。人間の手を離れ、従来の役目を失いったとき、ものは永遠の中に置き去りにされる。人間によって使役されることのない自然の姿になって」

廃墟は夜の森の中で、永遠の孤独を誇っていた。その孤独は、決して他との関わりを絶ってしまったということではない。廃墟は、全宇宙につながるこの夜空、この闇の中で、自然に身を任せ、服従することで安寧を得ているのだ。宇宙の中の一部として。

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