夜闇に続くけもの道

何時間たったか。私はわけもなく歩きまわりたくなって立ち上がった。まだまだ夜は深く、開ける様子は見えない。この夜は殆ど永遠に続くのではないか。そう思えた。 

 今まで行ったことのない方向に進んで行くと、一直線に見渡しの良い、けもの道があった。そこだけ、真っすぐに、樹木や草花の全く茂ることなく、湿りっ気のある濃い茶色をした土が、露わになっているのだ。こんなところに人が通るだろうか。私には、そうは思えなかった。どういった成り立ちでできたかも分からぬその道は、妙に私を惹きつけた。私が、そのけもの道に惹かれたのは、ただ成り立ちの不可解さからだけではない。真っすぐに伸びたその道は、闇に消え入るその先まで続き、どこまでも延々と伸びているように見えた。けもの道の奥にそびえる雄大な闇は吸い込むように私を誘うのだ。私は黒の誘惑から逃れることが出来ないことを悟った。黒は全ての光を吸い込む。闇は全ての光を包み込む。夜は全てを受け入れる。私は月を見上げた。月は夜空の中で控えめに輝いていた。その光はとても謙虚で、相変わらず見る者を無条件に受け入れてくれる。しかし、闇は全てを包み込んでいた。月の光さえも、この森さえも。私の世界には同じ闇が満ちている。この全てが、同じ闇に包まれている。けもの道の先から私を誘う闇さえもこの夜空の闇と一体なのだ。闇とはなんと寛容なことか。月の輝きと、夜の寛大さは似ていた。いや、むしろ月こそが闇の輝きの象徴なのだ。だから何も語らない夜の代わりに、死の匂いを教えてくれたのだ。こうして、黒の誘惑から逃れられないことを、今度は直感ではなく、理屈でもう一度確認するのであった。

 私はふらふらと、真っすぐなけもの道を歩きは始めた。ゆっくりと脚を交互に前に出し、のろのろ歩く様は、さながら夢遊病者である。私は何かに憑りつかれたような錯覚を覚えた。私には、私に憑りついた何かが、私をどこかへ導くように思えたのだ。私はひたすら歩いた。道はどこまでも単調で、代わり映えのしない。相変わらず、黒々とした木々が立ち並ぶ森の裂け目が、その先に闇をたたえるばかりである。それでも私は、闇に引き込まれていくように、ただただ歩いて行くのだった。

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