廃墟の住人

りょう(kagema)

死の香りと満月の夜

 優しい光を放つ満月は、緩やかなグラデーションを作りながら真っ暗な夜空を照らす。月の周りをぼんやりと囲む温かな光は夜の闇に吸いこまれ、次第に夜空と同化するのだ。

死んだ者の目のように濁った黒色をした葉葉が所々を邪魔するものの、そんな、やけに綺麗な夜空が、光のほとんどないような夜の森からでも拝むことができた。

地を這い彷徨い続けるだけの私にとって、それが、どれほどありがたいことであったことか。

月は私を柔らかな光で包み込み、全てを受け入れてくれた。そう、月の光のは全てを包み込んでしまうのだ。闇も光も。まさに夜にふさわしい。夜はその黒色を以って地上に舞い降り、世界を包む。その時ふっと香る夜の匂い。これが死の匂いであることを教えてくれたのは月だった。月が最も力を現すのは満月だ。私は満月の度に必ず、死の香りを教えてくれた月を讃えた。

だが、満月の夜を森で迎えるのは初めてのことだった。

森に入ったのは2週間ほど前だっただろうか。生憎、時計も何も持たずに森にきてしまったものだから正確には分からない。この森に入った時、私は俗にいう手ぶらという状態だった。呑気に森林浴を楽しもうというわけではない。だからと言って自殺しようとしたのでもない。ただ、突然森に惹かれたのであった。私は、人間の手の届かない場所に行ってみたくなったのだ。誰も足を踏み入れたことがない場所である必要はない。人間に支配されていない場所に行きたかった。理性によって、統合された街には、気が狂いそうな程に直線が溢れかえっていた。定規で測られた街に、あれ以上いることは、私には不可能だったのだ。それに気が付いたとき私は森に向かって走り出していた。

森の中はとても落ち着いた。このままここで寝転がってさえいれば、いずれは死んで、微生物に分解され、土になれば、新たな命の栄養源となる。そうして私の骸骨から花が咲くのだ。これほど愉快なことが他にあるだろうか。

今度は地面に寝転がって月を見た。月の高さは変わらなかった。木だけが少し天に近くなった。

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