勿体ぶるのはやめて

「アヴィシャグ、お前はなんで誤解を受けるような言い方しかできないの? もう少し言葉に気を付けなさいって、何度も言っているでしょう」


 エディドヤ博士は女───アヴィシャグを叱るが、彼女は困ったように顎を触る。


「十分、気を付けているつもりでしたが…….」


 博士たちはまた、頭を抱えてため息を吐く。


「粘土板の話に戻りましょう。私が言おうとしていたことも、粘土板の内容が分かれば理解できます」


 アヴィシャグは明るい声で提案をする。だがシンリは、その提案を先ほどと同じ調子で退けた。

 相反する意見を抱えた両者は睨み合う。それを見兼ねてか、エディドヤ博士が口を開いた。


「あなたがこの粘土板が本物か鑑定をお願いされたのは、これが本物かどうか、確証がなかったからではないでしょう?」


 シンリが黙って頷いたのを見ると、博士はさらに言葉を続ける。


「つまり、あなたが訪れた今までの中には、全く違う内容の翻訳を聞かされたことがある、ということなのでは?」


 シンリはまた頷いた。未知の生物を見下ろすかのように、顔を歪めていたが、誰もそれについては触れなかった。


「翻訳したのが誰だったのかは置いておくとして、恐らくその人は、あなたを信用していなかったのです。と言うより、あなたの最終的な目的を知っていた」


 エディドヤ博士の被り物の下から、鼻で笑うような息が微かに抜けた。


「あなたは文字を持たない文化の中を育ってこられたはずです。文字を持つのは、私たちを含めた人間と近代の魔女たちのみ。あなたは、この粘土板を読むことはできない。そして、ここに書かれている『本当のこと』を知らない。

「何が嘘で、何が真実なのか。あなたは分からない。でも仲間の中で唯一粘土板古代文字が読めるエリエゼルがいない今、他の誰かが代わりに読まねばならないのです。そうでしょう?」


 そして博士はシンリを見上げ、同意を求めるように首を傾げた。シンリはなんとか反論を思い付こうと、小さく唸る。

 鷲の灰の三人は、何も言わず、ただじっとシンリを見つめている。そして音を上げたシンリが翻訳の許可を下ろすと、三人は嬉しそうに小躍りをして、いそいそと翻訳の準備を始めた。


「すぐに終わらせます! 今日の日没までには必ず!」


 五枚もある粘土板の翻訳を日没まで終わらせる。大変な作業に見えるが、博士にかかれば、ほんの数時間でできるらしい。恐ろしいことだ。博士の発言や興奮具合にシンリ、最後の魔女、そして時雄は気圧される。


 結局三人は、翻訳が終わるまでの間、案内人のアヴィシャグの乗り鷲に関する講義を聞かされる。彼女の話は興味深くはあったものの、とうの乗り鷲の鋭い瞳が三人には不気味に思えてならなかった。

 エディドヤ博士が終わったことを知らせるために訪れた時には、三人は喜び勇んで小屋に戻ったほどだった。


「それで、粘土板の内容ですが───」


 エディドヤ博士はゆっくりと息吸い、吐く。そして朗らかに微笑む。


「他の仲間の方にも伝えるのですから、皆さんが集まっている時に言った方が良いのでは?」


 身を乗り出して耳を傾けていた三人は、ほぼ同時にずり落ちた。


 これだけ勿体ぶっておいて、またお預けか───

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