可愛い鷲
「それじゃあ、行こうか」
洞窟の奥から目当ての物を得たシンリと最後の魔女は、洞窟の入り口で縮こまる時雄に言葉をかけた。
時雄は小さく頷き、おもむろに立ち上がる。
「この後は、どこへ向かいますか?」
シンリは背負っていた鞄を漁りながら答えた。
「この後、鷲の灰の誰かにこれが本物か、鑑定して欲しいんだ。偽物だったら困るからね」
その言葉に、鷲の灰の女は納得したように何度か頷き、前方の遠くに見える崖を指さした。
「あそこにちょうど古代文化、民俗学、古代文字、言語学、といった古代の文化や言語に関連する分野を研究する者が暮らす集落がありますから、そこへ向かいましょう」
鷲の灰の女は、荷物を背負い、何かを探しているかのように空を見上げた。
「どうかしたのかい?」
「いえ、そろそろ集落の者が手配した乗り鷲が来るはずなので、それを探しているのです」
その返答に、シンリは眉を顰める。
「向こうは知っていたのか、誰かがこうして『神殺しの本』と道具を求めて、ここに来ることを」
「そりゃ、もちろん。我々をなんだとお思いで?」
「これでも秘密裏に動いているつもりだったのだけど」
シンリは腕を組み、顔を歪めて彼女を睨みつけた。外は雪で覆われているせいで、すでに寒いはずなのに、時雄は体の芯から凍ってしまうのではないかと錯覚した。
だが、とうの女はなんとも思っていないようで、探していた鷲を見つけ、大きく両手を振っている。
「これだから鷲の灰は嫌いなんだ。薄気味悪い」
「まあ、いいじゃないですか。手間が省けました」
最後の魔女は、シンリの肩を宥めるように摩った。相変わらず無表情な彼女が一体何を考えているのか、時雄は読み取ることができなかった。
「来ましたよ! 飛ばされないよう、気を付けてください!」
女が大きな声を張り上げると、あたりは急に薄暗くなった。強い風が吹き、地面の雪が海辺の砂のように舞い上がる。時雄は空を見上げると、そこには彼の知るどの鳥より何倍も大きい、巨大な怪鳥が足を地面につけようとしていた。
女はその鳥を『乗り鷲』と呼んだ。その名の通り、鷲の灰が移動手段として利用する鷲のことだ。
「この子は、乗り鷲の中でも特に体が大きい品種なことで有名なんです。可愛いでしょ? さあ、皆さん乗れますよ」
乗り鷲の大人の掌ほどのサイズを有する琥珀色の鋭い瞳が、綺麗に手入れされた羽毛の中から、静かに時雄たちを覗く。
───可愛い、のかな?
その鷲の姿を時雄は、お世辞でも可愛いということができなかった。だが彼がなんと思おうと、この鷲しか移動手段がないことは明白で、時雄は渋々、鷲の上に飛び乗った。そして何でもかんでも可愛いと騒ぐ友人たちのことを、ふと思い出す。
───早く、みんなに会いたいな……
鷲の胴体に縛り付けられた、シートベルトのような役割を持つロープを体に付け終えると、乗り鷲は優雅に飛び立ったのだった。
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