決意
───あなたが元の世界に戻る方法を教えるために、私はここに来たんだ。
女の言葉に、時雄はゆっくりと唾を飲み込んだ。
そして目の前に座るこの女の言葉を、果たして信用していいのか否かと、頭を働かせる。
「僕を元の世界に戻すことで、あなたにどんなメリットがあるんですか?」
女は時雄の問いを聞きながら、頰についた雪の結晶を拭った。
時雄が初めて出会った鷲の灰が頭に鷲の被り物をしていたせいか、何も被っていない彼女を見ると、時雄は落ち着かない気持ちになっていた。
そんな時雄の想いを知ってか知らずか、女は声を静め、子守唄を歌うかのように語り始めた。
「
つい先ほど、地底にある部屋で二人の鷲の灰に聞かされた話に、よく似ていた。時雄は拳を握り、ただ黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「そして私たちはまた、この世界を独裁する神を殺そうと企んでいる。これは最早、先祖代々受け継がれている宿命、あるいは呪いのようなものなんだ。
「あなたはもちろん、私たちやあの魔女たちが企てている『神殺し』の計画のことも承知のことだろう。そんなあなたに一つ、質問がしたいんだ」
「えっ、僕に、ですか?」
女は小さく頷くと、サファイアのように光り輝く瞳で時雄を見つめる。
「あなたがこの世界に来た時、あの黒髪の男──いや、あれは男でも女でもないから、この表現は違うか──まあ、とにかく、私が服を貸したヤツがいるだろう? あれは、あなたが
思いもしなかった問いに、時雄は一瞬硬直したが、すぐにシンリとの出会いを振り返った。
「色々ありすぎて、数日前のことなのに、あまり鮮明には覚えていないんですけど、『失敗した』と言っていた気がします」
時雄の言葉に、女は不敵な笑みを浮かべる。
外の吹雪は強まり始めているというのに、時雄と鷲の灰の女がいる空間だけ、時間の流れが遅くなっている風に時雄は感じた。
「どうか焦らず、静かに聞いていて欲しい」
鷲の灰の女は自分の手袋から伝わり微かな温もりで、冷え切った時雄の両手を温めた。美しい両目は、時雄を見据えたまま。
「あなたはきっと、自分は何かの間違いでここに来てしまったと思っているだろう。確かに、君が選ばれてしまったことは偶然かもしれない。だけど異世界にいる誰かが、エリエゼルの代わりにこの世界にやってくることは、既に決まっていたことだったんだよ」
女は時雄を握っていた両手に力を込めた。
「そして、私たちが計画した通りのタイミングであなたが元の世界に戻ることによって、
冷たい風が、二人を荒々しく包む。
時雄は、言葉を失っていた。最後の魔女やシンリには、世界を救うために助けてくれと言われ、今度は差別され続けている民族を救う人となろうとしているのだ。
今いる世界のことを、なにも知らないのに。ただ偶然、迷い込んだだけなのに。
(でも、やるしかないんだ)
時雄は生暖かくなった自分の拳を、力強く握りしめた。
(魔法は使えないし、頭も特別いい訳ではない。だけど、僕がどうにかしなきゃいけないんだ。今、目の前に助けを求めている人がいるのに、見捨てることなんて、心が弱い僕にはどうしてもできない)
時雄の、屍人特有の空な瞳に、微かな光が宿った様子を見て、女は安堵したように微笑んだ。そんな彼女に、時雄も微笑み返す。
そしてひびだらけの乾燥した青い唇から、枯れた声で、だがはっきりと、言葉を紡いだ。
「僕にも、何かできることはありますか?」
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