神の呪い

「話は終わったかな?」


 食事を終えた鷲頭の二人と共に、部屋から出ると、相変わらずの明るい調子をしたシンリが後ろからひょっこりと姿を現した。

 シンリと時雄が合流した様子を見て、自分たちはもういる必要はないだろうと判断したのか、鷲頭の二人は、


「それでは、私たちはここで失礼させていただきます」


 とだけ言うと、先ほどまで進んでいた道とは反対方向へ行き、去っていった。


「あの二人から、話は聞けたかな?」


 シンリは、けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。

 細められた両目から覗く、煌々と照らす太陽のように黄金の瞳が、気分が昂ったせいか、キラキラと輝いていた。

 時雄はシンリの瞳から目をそらし、静かに頷いた。


「でも、神についてはあまり教えてはもらえませんでした。ただ、神があまり良くない、極悪非道な人だということだけは分かりました」

 ───あと、鷲の灰がいかに哀れな民族であるかも。


 時雄は、あの二人から教えてもらった『鷲の灰』については触れないでおこうと、心に決めた。もしあの二人が語ったことが事実ならば、シンリも最後の魔女も、また新しく加わった鹿の王や死の天使だって、簡単に信用する訳にはいかないのだ。


「この世界の神はね、生まれた者一人一人に、呪いをかけたんだ」


 魔女には、子孫を残せない体を。

 鹿の民には、見たくないものも見えてしまう、呪われた目を。

 人間には、長くは生けられない、脆くて弱い体を。

 鷲の灰には、他者に忌み嫌われる呪いを。


「それに神は、最初の魔女を操って人間たちを虐殺し、挙げ句の果てには魔女が悪だとしまった人間たちによって、魔女は絶滅したんだ。

「少年、私たちは皆、あの神に呪われているんだ。その呪いから逃れるためには、もう神を殺すしかないのさ」


 シンリは時雄のだらりと垂れていた両手をギュッと力強く握ると、いつものように気味の悪い笑みを浮かべた。獣のような鋭い目で、時雄を見つめる。

 時雄が憑依している体は、もうすでに生命活動を停止させ、汗をかくことも、心臓を動かすこともない。だが、もしまだ生きていたのなら、きっと穴という穴から汗を噴き出し、心臓は爆音を鳴らしながら動いていたことだろう。


 ───この人は、何がなんでも神を殺そうとしているんだ。


 たとえ、何百人もの人間が死ぬことになろうと。

 屍者の国のバランスが崩れようと。

 幼い少年が死のうと。

 そしてその少年の体に、異世界の若者が憑依していようと。


 時雄は自分の冷たい拳を握りしめる。そしてシンリに問いかけた。


「じゃあ、僕は具体的に何をすればいいんですか?」


 時雄の問いに、シンリはいつもの、けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げて答える。


「少年、君がそう思い詰めてしまうようなものではないよ。

「実は、蔑まれるような身分に生まれたことを恨んだ鷲の灰が、神を殺せる呪文だとか、武器を作ったのだけど、それが鷲の灰にしか使えないんだよ。だから最後の魔女の弟子だった君が今の入っている体の持ち主───エリエゼルに、それを使って神を殺してもらおうと思ったのだけど、その前に死んでしまったんだ」


 ───死んでしまったのなら、そのまま静かに眠らせてあげればいいのに。


 時雄は体の持ち主であるエリエゼル少年の魂ではなく、自分が憑依したことに、初めて安堵できた。自分よりも幼い少年が、大人たちの勝手な計画に巻き込まれ、死してなお利用される事実を認められなかった。


「色々新しいことを聞いて、君も疲れていることだろうけど、これからその武器とかが置かれている場所へ行かなきゃいけないんだ。頑張れるかな?」


 そしてシンリは、けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。


「ええ、もちろんです」


 できるだけにこやかに笑みを浮かべ、時雄はシンリの後ろを歩いてついて行った。シンリに対して、最後の魔女に対して、色々と文句は言いたいし、怒りも募っていたが、それが現状を解決する訳ではないことを時雄はよく理解していた。

 何も言わずに、ただシンリの背を追った。

 しかし歩いていて、ふと、時雄の脳裏に先ほどまで話していた鷲頭の二人が語っていた言葉が蘇った。


 ───エリエゼルはね、父親が私たちと同じ『鷲の灰』なんだけど、母親が魔女だったもんだから、魔女としての素質を持って生まれてしまったんだ。


 そして、シンリが時雄に教えた、神が各種族に受けさせた呪いを思い出す。

 シンリは確かに、「」神によって与えられた、と言っていたのだ。

 だが、エリエゼルは魔女の母親を持っている。


 ───あの四人に心を預けてはいけない。


 鷲の鋭い光を放つ、琥珀色の瞳を思い出しながら、時雄は静かに身震いをした。

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