苦しみから救わない神

「エリエゼルはね、父親が私たちと同じ『鷲の灰』なんだけど、母親が魔女だったもんだから、魔女としての素質を持って生まれてしまったんだ」


 オレンジに似た形状の、厚めの皮を持つをした果物を鷲頭の男はかじると、時雄が現在憑依している少年のことを語り始めた。


「魔女の素質を持って生まれた子供は、どんな生まれや種族であろうと、生まれた時に名前を付けられたとしても、魔女として生きていかなきゃいけない」


 だが、そこで時雄に疑問が生まれた。

 以前、最後の魔女やシンリは、突如として現れた魔女たちを敵視する幼い魔女──フィヨーデル・カエデリョフは魔女でありながらも、名前を持っていた。そのせいで、最後の魔女やシンリは彼女に対し、明らかな嫌悪感を抱いていたのだ。

 ならばなぜ魔女の弟子であり、魔女の素質を持っていたというエリエゼルは、名前を持ちながらも嫌われずにいるのだろうか。


 時雄の疑問に耳を傾けていた二人は、しばらく考え込んでから、女が答えた。


「エリエゼルがなぜ嫌われずにいるのか、誰からも説明を受けていないから、これから私たちが言うことは、全て憶測だよ。

「それに、あの魔女たちは平気で嘘をつくから、信用してはいけないよ、少年。自分たちの利益しか考えていないからね。自分たちが『善』だと思っているものは、どれだけの犠牲が出ようと、必ず実現しようとする」


 ───いわゆる、サイコパスというものだろうか。

 時雄は静かに、床にあぐらをかいたまま、二人の話に耳を傾けた。二人がこれから言うことは、時雄の今後の運命を決める、非常に大事なもののように感じたからだ。


「あの人たちは、この世界の神を殺し、自分たちで世界を作り直そうとしている。

「この世界の神はかなりの極悪非道を繰り返しているようだから、まあ殺されてしまうのだとしても、こちらにデメリットはない。むしろ大助かりだ。

「だからきっと、エリエゼルは神を殺すための協力者として、魔女たちに使われていたから、名前持ちであろうと、差別対象である『鷲の灰』であろうと、嫌われずにいられた」


「差別対象ということは、鷲の灰は地位が低いんですか?」

「そういうことになるね。神が自ら似せた作ったと言われる人間とは明らかに違う姿だし、魔女や鹿の民のように不思議な力が使えるわけではないからね。当然と言えば当然だよ」


 姿形や能力が違うという理由だけで差別されるのは、道徳を重んじる時雄にとっては許しがたいものだったが、異世界から来た自分がとやかく言える立場ではないと、口を噤んだ。

 それに、時雄がいた世界でも、鷲の灰のような目に遭っている人々は大勢いるのだから、余計に口を出すことはできない。


「私たちのことはどうでもいいよ。

「ただ君に言っておきたいことは、あの四人に心を預けてはいけない、ということだ。

「私たちはいずれ、殺されるだろう。君にこんなことを話したんだからね。君も私たちと話した記憶を消されるかもしれないね」


 二人は陽気に大笑いをしたが、時雄はとても笑えるような気分にはなれなかった。

 二人が笑っていたのは、自分たちの運命をとうに受け入れてしまっていからだが、時雄は二人が不憫で仕方がなかった。


「哀れに思わないでくれ、少年」


 鷲のガラス玉のような琥珀色の瞳が、時雄を見つめる。


「君が仕事はただ一つ」


 二人は左手を胸の前まで持ち上げ、力強く握りしめた。この世界で『イチ』を表す指数えのようだった。


「神は悪だとことだ」


 ───私たちを卑しいものとして生み出し、苦しみから救おうとしない神を。

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