第三章【卑しい犠牲者たち】
鷲頭の男女
少し肌寒い鬱蒼とした森の中、あお向けで地面に寝転ぶ時雄を覗き込むようにして、二人の男女が座っていた。
二人とも頭にリアルな鷲の被り物をしていて、服は一枚も着ず、全裸だった。だがエロチックな雰囲気は一切なく、服を着ないことが当たり前のような雰囲気であった。
あまりの急な出会いに、時雄は言葉を失った。だがそんな時雄の気も知らず、二人は馴れ馴れしく話しかける。
「やっと起きたか。待っていたぞーもう。相変わらず、お前はお寝坊さんだなぁ」
「仕方ないよ。きっと疲れてたんだ。優しくしてあげよう」
「うーん、君がそう言うなら、仕方がない」
疲れた様子で文句を垂れる男に、時雄の左横に座る女が言葉をかけた。
声や体つきからして、人間の五十代によく似ていた二人を見て、時雄は少しばかり拍子抜けした。
この世界の人の形をした者───人間も、魔女も、鹿の民も、死の天使も───白髪の長い髭と皺だらけの肌を保つ鹿の王を除き、ほとんどの者が三十代より若い出で立ちをしていたからだ。
だからこそ、時雄の知る五十代に似た体つきをした目の前の鷲頭の男女は、時雄の目には余計に異様な者として映った。
「その、ここは、えっと───どこ、何ですか?」
途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、時雄は二人に問いかける。
地面に寝転ぶ時雄に女が手を差し伸べ、起き上がるように促した。時雄が彼女の手を取り、やっと立ち上がると、男は口を開き、はっきりとした声音で答えた。
「鹿の民の森だ。前の夏にも、昨日も、シンリと一緒に来ただろう? もう忘れたのか。ああ、もう、君は本当にすぐにものを忘れてしまう」
前の夏────と男は言ったが、その時、自分はまだ日本で中学生最後の夏休みを過ごしていたはずだ、と時雄は考えを巡らせる。鷲の男の言う『シンリと来た』らしい少年は、時雄はではなく、体の持ち主である少年のことなのだ。
だが鷲の男は、
時雄は曖昧に相槌を打つと、辺りを見渡した。そして、確かにどこか見覚えのある森だと思い、男の言葉に納得した。
「奥の方でみんなが待ってるよ。行こう」
鷲の女は時雄の手を引き、森の奥へと勇んで進む。そんな彼女に引っ張られるようにして、時雄は後を追った。
しばらく歩いていると、人が一人通れるほどの大きさの穴が掘られた岩場にたどり着いた。三人がその穴を潜り抜け、梯子を降りながら地下へと進んでいくと、最終的には大きな広間に着いた。
おそらく、五十人の人間がいてもまだ余裕があるであろう広さだった。赤土を固めて作られたらしい壁と床は、上等な陶器のように表面が滑らかで、細かな蔦に似た彫刻が壁中にされていた。
そんな広間の真ん中で、シンリと死の天使、そして最後の魔女と鹿の王が、地べたに座りながら談笑していた。二人は輪に加わっておらず、もう帰ってしまった様子だった。
「待ってたよ、少年。よく眠れたかい?」
いつものような、不気味な笑みを浮かべながらシンリは問いかける。なぜ自分だけを森の中に残し、土の上で眠らせたままにしていたのだろう、と時雄は不満を抱いた。
だが、そんなことをシンリに聞いても不毛だろうと思い、心の奥にしまいこみ、輪になって座る彼らに加わった。
彼らは今後のことについて話し合っているようだった。時雄は何一つ、彼らの話し合いの内容を理解することができなかった。
どうやって神を殺すか、とか。
どうやって世界を作り直すか、とか。
誰を生贄にするか、とか。
明らかに不穏なことを話していた。
だが時雄の左横に座るシンリは、相変わらず笑みを浮かべ、右横に座る最後の魔女は無表情で静かに意見を述べていた。
困惑した様子の時雄に気が付いた鹿の王は、先ほど時雄が使った梯子付近に立つ鷲頭の男女を呼び寄せた。そして少しの間、二人に耳打ちをすると、時雄の方へと顔を向け、朗らかな笑みを浮かべて言った。
「少年、この二人について行きなさい。君は疲れているようだ。少し休んで来なさい」
そしてまた鷲頭の女に強引に手を引かれ、時雄は広場のすぐ近くにあった扉の向こうにあるこじんまりとした一室に案内された。
広場と同じように赤土で作られたその部屋は、三人が入って少し狭く感じるぐらいの広さだった。
時雄は部屋の中に置かれた、森の大木を切り落とし、そのまま加工せずに置かれたらしい長椅子に腰掛けた。そしてそんな時雄と向かい合うようにして、鷲頭の二人は黄緑に染められた麻製の絨毯に座った。
二人が完全に腰を下ろし、落ち着いたところで、時雄は問いかけた。
「それで、あなた方は誰なんですか?」
時雄がずっと聞きたくて、聞けていなかった質問だった。
二人は一瞬、石にでもなったかのように完全に静止した。そしてゆっくりとお互いに深刻そうな面持ちで顔を見合わせると、時雄に少しだけ近づいて同時に答えた。
「
二人が吐く言葉には、悲しみの色が滲んでいた。
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