奇怪で不快な笑い声

 強い電流が、時雄の意識が憑依した体を駆け巡る。理解してしまったからだ。

 自分の目の前に、猫じゃらしを弄りながら呑気に座るシンリが、一体何をしようとしているのか。


「最初の目標は、心臓の討伐なんじゃ!? どうして魔女たちも消す必要が───」


 時雄は声を荒げ、シンリに訴えた。そんな、感情的になる時雄とは対照的に、シンリは気味が悪いほど落ち着き払っていた。


「心臓の討伐は、あくまで彼女たちにを気付かせないために作ったものだよ。はじめに言うべきだったね。今、君に伝えよう、少年。

「本体が既に死に絶えた最初の魔女は、『サイクロプスの心臓』という分身を持っているせいで、いつでも蘇ることができる───それが、あの魔女たちが信じている、いや、そうことだ」


 ───信念の呪いヴァウ・ヤハル、さ。


 そして、シンリはけっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。


「この笑い声が、私にとっての呪文を唱える方法なんだ。魔女たちは目的ごとに一つずつ呪文を唱えているが、私はこの呪文一つで事足りるのさ。なんせ、私は────

「───おっと、これは君はまだ、知らない方がいい情報だったね」


 そして、シンリはけっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。


「最初の目標は、心臓の討伐なんじゃ!? どうして魔女たちも消す必要が───」


 時雄は声を荒げ、シンリに訴えた。そんな、感情的になる時雄とは対照的に、シンリは気味が悪いほど落ち着き払っていた。


「落ち着きなさい、少年。死の天使が仲間になれば、彼女たちも元に戻すことができる。あの魔女たちも、きっと理解してくれるさ」


 墓地の中心地では、十数名の魔女たちが各々、呪文を唱えながら心臓を攻撃している。ある者は火を。またある者は溶けた鉄を。

 サイクロプスの心臓の喘ぎ叫ぶ声が、大地を震わせた。

 心臓の体から飛び散る火の粉が、墓場の木々に燃え移り、あたりは燃え盛り始めた。燃えた枝は魔女たちの衣服に付き、彼女たちの肌や髪まで焼き始める。

 心臓の咆哮と魔女たちの絶叫が、混じり合い、一つの曲となった。


「うん、そろそろかな」


 目の前に広がる地獄絵図を見てもなお、シンリは落ち着いていた。なおも、笑みを顔に貼り付けていた。


「貴方、正気ですか? いや、絶対に正気じゃない。気が狂っている」


 時雄の真剣な声音が、泣き叫ぶ魔女と心臓と混じった。彼が持っていた猫じゃらしは、地にぱさりと落ちる。


「人が死んでるんですよ?」

「ああ、分かっているとも」

「なら、なぜ」


 時雄は、声を詰まらせる。肉の焼ける匂いが風に乗せられ、彼らの鼻まで届いた。

 居ても立っても居られなくなった時雄は、燃え盛る魔女たちの方へと目を向けた。そして気付く。大火から少し離れた所に、最後の魔女と二人の鹿の民が立っていたのだ。三人はただじっと、燃える肉を見つめていた。


「彼女たちは、知っていたんですか? こうなるって」

「さあ、どうだろうね。鹿の民は、鹿の王から知らされていた可能性はあるけど、最後の魔女はどうだろう」

 ブツブツと、シンリは笑みを浮かべたまま、誰に向けて話しているのか分からないものを語り始める。

「彼女は呪いにかかりにくい体質らしいから、もしかしたら、計画に気付いていたのかも。もしそうなら、柱の一人に───いや、違うな。彼女は違う。彼女はまだ人間を嫌悪している、死因のせいで。うん、彼女には無理だな。柱は『名前持ち』とエリエゼルにしよう───」


 ───この人は、一体何を言っているのだろう。

 訳の分からない言動をするシンリに対する恐怖が、時雄の心を包み込んだ。そして恐怖に打ち拉がれながらも、時雄は問いかけた。


「だいたい、なぜ死の天使が仲間に加わるって分かるんです!? 確証はないのに」

「いいや、確証はある」


 自信ありげに、シンリは返した。死の天使が夫を殺すために、必ず仲間になると信じて疑っていない様子だった。


「分かる。分かるよ。そうだね、君に教えておこう。君は知る必要はないと思って、伝えなかったが、今ここで伝えよう。

「神と死の天使の間には、子があった。だが不具の子だったため、神はそれを殺そうとしたのだ。死の天使は止めようとしたが、神はなおも殺そうとする。だから死の天使は子に、不可能を可能にし、時空も世界も自由に行き来できる『魔法』という力を与えた。それが、あの燃えている魔女たちの祖である、最初の魔女だ。

「自分の子を殺そうとする夫に対して、不満を持たない妻は、母親はいるだろうか? 私はいないと思うけど。つまりは、そう言うこと親子の愛さ」


 そして、シンリはけっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。


「さあ、もうそろそろ来るよ」


 共同墓地の中を激しく広がる煙火の上で、奇妙な黒点が空間を割くかのように現れた───。

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