死んでしまえばいい

「この計画───今は『神殺し』とでも名付けておこう。この計画の最終的な目的は名の通り、今現在世界を支配している神を殺すことだ。そしてそれを成功させるただ一つの方法は、先ほど君にも言ったように、神が唯一逆らうことのできない彼の妻、死の天使リカリィーテを仲間にすることだ。だがそれも容易ではない」


 シンリは近くに生えていた猫じゃらしを右手でいじりながら、意気揚々と語り始める。そんなシンリの話を、時雄は同じように猫じゃらしの先を撫でつつ、聞いていた。


「まあ、それは当然だよね。天使なのだから。簡単に会えたら、私はこんなに回りくどい方法を使っていないよ」

「ですよね」

「うん、そうだね。少年は察しが良くて助かるよ。少し鈍い所もあるけれど」


 そしてシンリは、けっけっけっと、奇怪で不快な笑い声をあげる。


「さて、説明の続きだけども、今の所、死の天使を仲間にした後は、彼女に頼って神には座を退いていただく。その後は、世界のバランスを保つために、別の者が神の代わりをする予定だ」

「それ、また一人の誰かが世界を支配することになる訳ですよね? 結局、変わらないじゃないですか」

「いいや、違うよ。一人で一つの世界を治めるのではない。何人かの者で、一つの世界を治めるのさ。君の世界で言う所の───なんと言うべきか。三権分立だろうか。一人に世界を治める権力を任せるのではなく、権利を何人かの者で分散させるんだ。今の神みたく、権力者が暴走しないように」


 二人の目の前では、着々と心臓の討伐が進められていた。

 魔女たちと鹿の民は、ジリジリとサイクロプスの心臓へと近付き、各々がブツブツと何かを呟いている。重々しい、深刻な顔で。

 時雄には、彼女たちの顔がとても窮屈そうで、苦しんでいるように見えた。窓一つない監獄に収容された、罪深い囚人のように。肉の体に閉じ込められた、哀れな魂のように。

 だが、そう感じるだけで、時雄は特に何か行動に移そうとは思わなかった。

 何をすればいいのか、彼には到底知り得ないことであったし、何か行動することさえ、時雄は恐れていた。

 君子危うきに近寄らず、という言葉があるように、何も知らない世界で迂闊に行動するのは、賢くない自分の正義を周りに振りかざす者がすることだ。その点、時雄は賢かったということだろう。


「どうやって、えっと、リカリィーテ? その死の天使を仲間にするんですか?」


 眼の前で繰り広げられる、慎重に進められる静かな戦いを見つめながら、時雄は問いかけた。


「直に分かるさ。見ていれば分かる」

「見ているだけで理解できるほど、僕が賢いと思います? 違うでしょう」

「何を言ってるんだい、少年。君は賢いよ。十分賢い」

「この世界の常識さえ知らないのに、あなたの計画がどういう物なのか分かる訳ない」


 少し不機嫌そうな、苛立った時雄の声音を聞き、シンリはしばらく考え込んだ。何をどう伝えるべきか、考えているのだろう。

 魔女たちの魔法によって、サイクロプスの心臓の体が周りの木々で縛られ、身動きが取れなくなった時と同時に、ポツリとシンリは言葉を紡いだ。


「自分が管理する屍者の国に、一度蘇ったはずの魂が戻ってきたら、察しの良い死の天使ならきっとすぐに『神殺し』の計画に気付いて、仲間になってくれるはずさ」

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