共同墓地にて

死の天使リカリィーテ共同墓地?」


 二人の歩みは止まる。

 聞いたことのない地名が出てきたため、時雄はつい、聞き返してしまったのだった。だが後になって、こんなことを質問してしまっては、まるで自分がシンリや魔女たちの計画に賛同し、興味を持っているかの様に聞こえてしまう事実に気付いた。

 そんな時雄の小さな焦りも露知らず、シンリはいつもの笑みを顔に浮かべながら、説明を始めていた。


「リカリィーテは、この世界で信仰対象となっている天使の名前だよ。死んだ魂を屍者の国へ導き、また屍者の国を管理する死の天使。この世界の唯一神が娶った天使で、神が逆らう事の出来ないただ一人の存在だと言われている───非常に、魅力的だろう?」


 そしてシンリは、けっけっけっと、奇怪で不快な笑い声をあげる。

 ───一体、何が魅力的だと言うんだ。

 シンリの心中が読めず、時雄は少しばかり、苛立ちを覚えた。


「そんなに苛立たないおくれ、少年」


 シンリの言葉に、時雄の心はどきりと跳ねる。彼の想いが、表へ出てしまっていたようだった。

 シンリは真剣な面持ちで、時雄の瞳をじっと見つめ、言葉を続けた。


「君は必ず、元の世界に帰すよ。でもそうするには、まずこの計画を終わらせなきゃいけないんだ。この世界は今、バランスが崩れている。

「神は言わば独裁者となり、気に入らない者を殺してしまう。神に逆らおうとした最初の魔女やそのほかの魔女たちは、神に操られた人間たちによって絶滅してしまった。だから、神を殺し、世界のバランスを正してからでないと、君は無事に帰れないんだ」


 そしてハッと目を見開き、右手で自分の口を塞いだ。言ってはいけないことを口にしてしまったかのような動作だった。時雄の瞳から目を離さず、シンリは最後に、忠告した。


「今話したことは、誰にも打ち明けてはならない。いいね?」

「話したことって───神を殺す───の部分ですか?」


 シンリはコクリと小さく頷いた。右手はまだ唇を触っている。


「明らかに、みんなから反対されそうな計画だろう?」


 ───確かに、神を殺すだなんて、賛同する人が少なそうな話だ。

 時雄はシンリの忠告に納得した。そして幼い魔女の話を思い出す。

 ───もしかしたら彼女は、このことを伝えようとしていたのではないだろうか?

 もしそうなら、納得のいく話だ。神殺しの計画は、確かに他者から見れば危険極まりない計画だろう。


 シンリは時雄の手を引き、また最後の魔女の元へと歩み出した。


 リカリィーテ共同墓地へ行く手段は、今まで何回もしてきた手段と同じだった。魔女たちは一緒に古書を取り出し、呪文を呟いていれば古書から霧のようなものが流れ出る。

 あっという間に、一堂は墓地にたどり着いていた。

 まだ日は沈んでいないはずなのに、墓地に植えられた鬱蒼とした木々のせいで、あたりは薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた。そして墓地の真ん中には時雄が以前最後の魔女に見せられた古書の中での幻覚と同じような、大きな一つ目の化け物が立っていた。


 ───サイクロプスの心臓。


 もう動かないはずの心臓が、一瞬だけどきりと動いたように、時雄は錯覚した。それだけの衝撃だった。だがシンリも周りの魔女たちも、目の前の化け物に気付いていない。二名の鹿の民と時雄だけが、真剣な面持で、化け物を見つめていた。


「さあ、では始めようか」


 シンリのその言葉を合図に、魔女たちと鹿の民は小声で話し合いを始める。


 心臓討伐作戦は決行された。


「少年、おいで。ここで事の成り行きを見る事にしよう」


 時雄の手を取り、シンリは墓地の奥にある小さな丘へと導いた。そこからは共同墓地の景色を一望することができた。

 丘に着くと、シンリは近くにあった苔の生えた大石に座り込んだ。大石の横には他に何もなかったので、時雄は仕方なく、秋の訪れを知らせるかのように茶色く変色した雑草の上に座った。

 丘からは、鹿の民を先頭に二手に別れた魔女たちが見えた。一組はサイクロプスの心臓の正面に。もう一組は、その反対側に。心臓を挟み込むようにして彼女たちは立っていた。


「じゃあ、彼女たちが心臓を倒している間に、計画の具体的な説明をしようかな」


 シンリは、けっけっけっと、奇怪で不快な笑い声をあげる。

 時雄にはやっと、自分がとんでもないものに巻き込まれているという自覚が芽生えたのだった。


 ───もう、後戻りはできない。


 そう囁くかのように、墓地に植えられた木々が風に揺られ、ざわめいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る