疑心暗鬼の心

「今日は、いよいよ、心臓を倒しに行くよ」


 幼い魔女が去り、暫くしてから、シンリが時雄の元へ歩み寄った。

 シンリは魔女たちとの会話を終えたようで、魔女たちは最後の魔女から三人で一冊の古書を共有していた。十二人の魔女がいるため、四冊の全く同じ表紙の古書が集まっていた。


「どういう作戦なんですか?」


 シンリは、待っていましたと言わんばかりに破顔し、意気揚々と話し始める。


「シンプルだよ。実にシンプル。

「サイクロプスの心臓は、姿は見えなくても物理的な肉体はあるんだ。だから、鹿の民が指示する方向に向かって、魔女たちが魔法で遠距離攻撃をする。それだけだ。どの魔法を使うかは、彼女たちが判断するよ」


 そしてひょこひょこと、小躍りしながら、シンリは時雄を連れ、最後の魔女の元へ向かった。


「本当に、それだけなんですか?」


 あまりにもシンプルな計画───それが時雄の心に引っかかっていた。頭の中では、先ほどの幼い魔女が発した忠告が反響する。シンリは時雄の様子を見て、怪訝な顔をした。


「ああ、そうだよ? それとも、のように熱いバトルが繰り広げられる方が、君としては嬉しかったかい?」

「いえ、そう言う訳では。ただ、その、あんなにも心臓を倒すことに執着していたのに、簡単な作戦で、少しびっくりしただけです」


 時雄は無理やり笑みを作った。幼い魔女の忠告を心に秘めながら。


「まあ、世界というのは、このぐらいあっさりしている方が良いのだよ。創作物のような、心踊る展開になることは滅多にない」


 そして二人は魔女たちが集まる場所へと歩み寄った。

 まずは魔女たちが、心臓の居所を探る必要があるため、地図を広げながら魔女たちは話し合っている。


「僕は、何をすればいいんですか?」


 時雄は横に立つシンリに問いかけた。初めは、サイクロプスの心臓が見えるから、という理由で計画に参加させられていたが、鹿の民が計画に加わった今、時雄が居続ける意味はないに等しかった。

 シンリは暫く何もない宙を見つめた後、言葉を発した。


「少し前に話た、信念の呪いヴァウ・ヤハルを覚えているかな?」


 時雄は頷く。

 信念の呪いヴァウ・ヤハル。世界の概念をも変えてしまう、『信じる力』。


「ここにいる者は皆、この世界の理を知っているから、世界がどうあるべきかというを持っている。だが何も知らない、外の世界から来た君なら、綺麗な眼でこの世界を見れる。「最後の魔女たちが今からやろうとしている事は、神への反逆とも言える。だからこの世界の者が僕らを見れば、きっとだと判断するだろう。そう信じているからだ。

「そうすると、神も魔女たちをだと判断し、それ相応の処置を行う。魔女を『悪』だと信じた世界が、魔女を迫害し、絶滅させたように。

「だから、この世界の常識に染まっていない君が必要なんだ。君だけでもこの計画を『悪ではない』と信じていれば、計画を実行できる」


 得意げな顔で、シンリは時雄に語りかける。

 『世界』と『神』に心臓を倒すという計画を邪魔されないため、計画が『善』であると信じる時雄が必要なのだと言うシンリだが、既に時雄はシンリに対して不信感を募らせていた。


 ───この世界の者から『悪』だと思われることをしている。

 ───神への反逆。


 自分が一体何に巻き込まれたのか、時雄はまだ完全には理解していない。

 ただそれが、『普通』ではないという事だけは知っていた。


「あの男に、気を付けなさい───あの人間の皮を被った怪物よ」


 心の中で揺れる時雄に、シンリは声をかけた。


「さあ少年、時間だ。行くよ」


 そして二人は、古書を抱える最後の魔女の元へ向かったのだった。

 サイクロプスの心臓───最初の魔女の第二の心臓を壊すために。


死の天使リカリィーテ共同墓地へ」

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