動かぬ心臓が、ぶわりと震える
「えっと、シンリさん。説明をお願いして貰ってもいいですか?」
弱々しく、戸惑った声音の時雄に、シンリはにこやかに微笑みながら頷いた。時雄は、唾を飲み込み、喉の調子を整えてから質問をする。
「あの子───【鹿の民】は何故サイクロプスの心臓を倒すのに必要なんですか? とてもそういう風には見えませんでしたけど……」
「ああ、そうか。君はここの人間じゃなかったね。失念していた。丁度いい、今の内に説明しておこう」
そして近くにあった石に腰掛けると、言葉を続けた。
「君がついさっき見た、下半身が鹿の姿をしたモノが【鹿の民】だ。名前の通りの姿をしているね。さて、この【鹿の民】だが、彼らの最大の特徴は、その容姿ではない。いや、確かにあの姿も他の生き物には見られない特徴ではあるが、それだけではないんだ。彼らの最大の特色───それは、あらゆるモノの『魂』を見る事のできる
「サイクロプスの心臓が、大人に見えず、子供にしか見えない事を覚えているかな? でも、この話には一つだけ例外があるんだ。それが彼ら、【鹿の民】なのさ。
「肉を持たないサイクロプスの心臓だけども、最初の魔女の第二の心臓なのだから、当然、魂を持ってるんだ」
「つまり、魂を見る事のできる鹿の民に頼って、サイクロプスの心臓を倒すという事ですか?」
【鹿の民】と心臓討伐計画の繋がりが見え始めた事に気付いた時雄は、つい大声を出してしまい、急いで口を噤んだ。そんな時雄の一連の動作を見て、シンリはいつものように、けっけっけっと奇妙で不快な笑い声をあげる。
「そう、そういう事だよ。分かってきたようだね。嬉しいよ」
けっけっけっと、また笑う。
すると同時に、子鹿が消えた場所から、今度は大きな【鹿の民】が現れた。体格や声音からして、恐らく成体なのだろう。
「帰るべき場所へ帰れ、魔女たち。お前たちは既に滅びたモノだ」
「帰れとは、一体どういう意味だ」
蘇ったばかりの魔女たちのリーダー格に位置する一人の魔女が、威厳ある声で、新たに現れた【鹿の民】を睨みつける。
「そのままの意味だ。既に死に絶えたモノたちは、死者の国にいるべきだ」
───死者の国。それが一体なんなのか、時雄には一瞬、理解できなかった。だが、名前からして死後の世界のことなのだろうと察した。
森の奥から、ざわざわと大勢が騒ぐ気配がする。【鹿の民】だ。彼らは何やら言い争いを始めている様子だった。
「一体、何を騒いでるんだい?」
シンリは不思議そうに、目の前に立つ【鹿の民】に問いかけた。
「お前たちが何のためにここへ来たのかは知っている。【
「だが我々は、お前たちのその考えに同意しかねる。
「お前たち魔女は、気付いていないのだ。お前たちは、世界を最初の魔女から救おうとしているようで、実際には最初の魔女の手に踊らされているのだ。
「我々は、自分たちを破壊へと導くような、愚かな事はしない。お前たちに、協力する気はない」
操られている事に気付かぬとは、ああ、哀れな事だ。
憂いを含んだ言葉を、魔女たちの目の前に立つ【鹿の民】が吐き出す。すると森の奥で、彼の言葉に同意するかのように、大きな歓声があがった。
【鹿の民】の言葉に、時雄の心が夜風でも吹き付けられたように、ざわりと蠢く。
その不気味で不可解な感触の正体と原因を、時雄は突き止めようと、考え始めたのだったが、その思考を途中で断念せざるを得ない事態となった。
どうやら、【鹿の民】の反応を───最後の魔女を除いた───魔女たちが気に入らなかったようだ。そして魔女たちと、いつの間にか顔が見えるまでに近づいた【鹿の民】の群勢とで、言い争いに発展したらしい。
「これ、どうしましょう」
時雄とシンリ、そして最後の魔女の前に広がる
「一つ、策がある。任せない」
そしていつものように、けっけっけっと、奇怪で不快な笑い声をあげる。
彼の目は、らんらんと輝いていた。
時雄の動かぬ心臓が、ぶわりと震える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます