鹿の民
「この『最初の魔女殺害計画』に、君の存在は必要不可欠なんだ」
そしてシンリは、けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。
「だけどね」
そう言ってシンリは言葉を続ける。
「一つ、問題があるんだ。その問題に対する解決策はあるけども、それが必ず使えるとは限らない」
シリアスな話題であるはずなのに、シンリはまだ不気味な笑みを浮かべている。話題と表情のアンバランスさが、シンリをより魅力的にしているのだろう。時雄は両手の拳を強く握りしめ、唇をキュッと固く閉めた。
「だから、そんなに緊張する必要はないよ」
シンリは、けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。
いくつかの問いが、時雄の脳裏に浮かんだ。それを口出すべきか数秒悩んだのち、意を決して時雄はシンリに問いかけた。
「問題ってなんです? その解決方法とは一体?」
待ってました、と言わんばかりに破顔したシンリは、声を張り上げ、自信ありげに答えた。
「まずはその問題について話そうか。そう、問題だ。サイクロプスの心臓を倒すことに、一体どんな問題が発生するのか?
「それは簡単だよ。サイクロプスの心臓はね、見えないんだ。ある一定の年齢を超えた者には見えない仕組みになっているそうだ。だから、『幼いモノ』にしか殺せないのさ。
「さて、この問題を解決するには、一体どうすれば良いのか? 幼いモノが倒せば良いだろうと思うだろうが、幼いモノだけで倒すことは非常に困難だ。君も分かるだろう? 幼いから、体力や筋力が成体に比べてないのさ。
「では、どうするべきなのか。その最大の解決策が、【鹿の民】を頼ることだ」
シンリは、けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声を上げる。
「詳しいことは、明日の朝に話すとするよ」
時雄の脳に、シンリの不気味な笑い声がエコーする。少しばかり頭痛を覚えた時雄は、眉をひそめ、瞼を固く閉じた。
頭痛も収まり、笑い声のエコーも消えた頃、既に日は昇り始めていた。
「おはよう。良く眠れたかな? まあ、死体である君に、眠るも何もないけれど」
けっけっけっ、と奇妙で不快な笑い声が小屋に響く。
するとタイミングよく、小屋の扉をノックするモノがいた。時雄が扉を開けると、そこには作戦会議を終えた魔女たちがウジャウジャと群がっていた。
「おはようございます。準備は出来ていますか?」
相変わらずの無表情で、最後の魔女は問いかけた。シンリはいつもの笑みを顔に浮かべ、いつの間にか用意されていたカバンを肩にかけた。一連の動作を見て、準備は出来ていると判断した最後の魔女は、懐から一冊の古書を取り出した。この間、時雄たちが使用した、あの塔と草原が描かれた絵本と同じ古書だった。
最後の魔女は古書を開き、パラパラとページをめくっていった。そして鬱蒼とした森が描かれたページにたどり着くと、何やらぶつぶつと呟き出した。すると、本のページから徐々に霧が溢れ出し、しまいにはその場にいた全員を濃い霧で覆い尽くした。
「着きました」
最後の魔女の、淡々とした声が辺りに響き渡る。その声と同時に、辺りを覆っていた霧はすっきりと晴れた。
全員の目に、絵本で描かれていたのと同じ、青々とした森が広がっていた。
「こ、ここは……??」
突然、見知らぬ場所に魔法のような謎の力で連れて行かれた時雄は、困惑した声音で横に立っていたシンリに問いかけた。シンリは顔に張り付いた気味の悪い笑みのまま、陰気な森と魔女たちの雰囲気に似合わぬ陽気な声で答えた。彼の右手の人差し指は、森の方を指差している。
「見ての通り、森だよ。何処にでもある様な森だ。そしてあそこに立っているのが、サイクロプスを倒すのに必要不可欠な存在───鹿の民さ」
時雄がシンリの、森の方へと差された指を辿って行くと、そこには木の陰に隠れた人影があった。その人影を見て、時雄はそれが【鹿の民】だと分かった。その生き物の頭から、立派な牡鹿の角が二本生え、下半身は鹿の胴体だったからだ。
木の陰から顔を覗かせ、群衆を見つめていた【鹿の民】はどうやらまだ子供の様で、体も角も小さく、顔も人間の子供と同じ造形をしていた。
子供の【鹿の民】は魔女たちを数秒見つめた後、くるりと体の向きを変え、森の奥へと走り去って行った。
「ああ、これは困った」
シンリはぽつりと呟いた。だが、困ったと言っている割には、顔には嬉しそうな表情が浮かべられていた。
そんな矛盾した様子のシンリを、時雄は不思議そうにただ見つめていた。
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