東方の村

「魔女は世界にとって有害な生き物である」


 と噂で聞いた時、彼らは疑う事なく、村に住んでいた魔女を殺してまわった。


 魔女に魅了されない様、目玉をフォークでくり抜き、生命の根源である心臓を鎌で貫き、息をしない様に肺を取り出し、呪文を唱えない様に喉笛を包丁で斬り裂いた。そして二度と蘇る事がない様、体は業火で燃やされた。


 魔女は滅びたものだと信じられている現在、村は元の平和で平凡な場所となっていた。


「う〜ん、美味しいね〜」

 村の名物であるアップルパイを頬張りながら、シンリは歓喜の声をあげる。最後の魔女も、アップルティーを優雅に啜っている。しかし時雄だけは、覇気がない顔でため息ばかり吐いていた。

「そんなにいやかい? 世界を救済するの」

 怪訝そうにシンリは時雄へ話しかける。時雄は正気のない顔のまま、ゆっくりと頷いた。

「まあ、ここにいる人がみんな、死んじゃうからね〜」

 シンリはそう云うと、食べかけのパイを残して、魔女たちを蘇らせる儀式を始めた。

 村人には、その儀式が見世物だと嘘を伝えている。そして彼らは、シンリの言葉を疑う事なく、屈託のない純粋な目で見物していた。












 そして儀式は終わる。


 村人は皆、死に絶えた。東方の村に、陽気な笑い声が木霊する事はもうなく、赤ん坊の泣き声さえ聞こえない。

 あるのは、恨みを呟く、人の肉を持った魔女たちリビングデットだけだった。

「お待ちしておりました、哀れな姉妹たち」

 最後の魔女は、やはりその冷たい声音で彼女たちに語りかける。

「......お前か、私たちを起こしたのは───」

 十人以上はいる魔女の中から一人、二十代ぐらいの女性の姿をした魔女が、恨みを込めた目で眼前がんぜんに立つ魔女を睨みつける。

 どうか落ち着いてください、という最後の魔女の声を聞いても、落ち着く様子はない。ひどい興奮状態にある様だった。

 けっけっけっ、とシンリは奇怪で不快な笑い声をあげる。

「致し方ありません」

 光のない瞳で、最後の魔女は呟くと何やら呪文を唱え始めた。

「あれは、何ですか?」

 時雄の問いかけに、シンリは微笑みながら答えた。

信念の呪いヴァウ・ヤハル、さ。

「この世界で【信じる力】というのはすごい強力で、信じる力が世界の概念を変えてしまう事もある。神は存在すると思えば存在するし、いないと思えばいない。自分は生きていると思えば生きているし、生きていないと信じれば死んでいる。

「信んじるっていう行為は、非常に危険なのさ」

 だから、君も気を付けなさい。シンリは相変わらずの剽軽ひょうきんな調子で時雄に助言をした。

 ヴァウ・ヤハルという、聞いた事のない単語を聞いたのに、それをすぐに理解した事に、時雄は驚いた。体の持ち主である少年の記憶による影響か、或いは最後の魔女が自動翻訳をする魔法か何かをかけたのかもしれない。時雄は少しばかり、高揚感を覚えた。

 話を一旦終えたシンリと時雄は、魔女たちの方へと顔を向ける。

 最後の魔女は、そんな二人の行動を予想していたかの様に、タイミング良く振り返り、二人の顔を見つめた。

「呪文は失敗です。この人たちは既に、別の何かを信じています」

 別の何か───それが一体なんなのか、最後の魔女には分からなかった。他の魔女たちとは全く反対の事を信じていたからだ。

 魔女たちの中で一番の年長者がくぐもった、化け物らしい声で答える。


「人間こそ、完全なる悪だ」


 それが、彼女たちの信じている事ヴァウ・ヤハル


 けっけっけっ、とシンリは奇怪で不快な笑い声をあげる。

「笑い事じゃないですよ、僕たちとは正反対の事を信じてるじゃないですか!」

 叱る様に時雄は背伸びをして、シンリに耳打ちをする。

「そりゃあ、そうだけども」

 シンリの愉快そうな顔は変わらない。

「これはこれで、面白い」


 時雄に、その言葉を理解する事は出来なかった。

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