屍者の産声
「失敗、ですか」
氷の様に冷たい表情で、不吉な雰囲気を放つ魔女は云った。
聖なる雰囲気を醸し出すこの白い部屋とは似付かない、全身黒の服装をした彼女は、自ら己が異質なものである事を主張していた。
「ああ、ちょっと失敗してしまった様だ。まあ、子供には初めて使ったから、予想はしていたけどね」
平坦な口調で青年はそう云うと、魔女とは対照的な温かい笑みを浮かべる。
「しかし、問題はないよ。中身が違うだけで、エリエゼルの体である事には間違いないのだから」
そして、清らかなその容姿からは想像する事が出来ない様な、奇怪で不快で禍々しい、けっけっけという笑い声を上げた。
魔女は相変わらず冷たい表情のまま、何かを考え始めた。
「彼の魂は......何処へ行ったのでしょう......?」
「さあね。まず始めに、魂が存在するのかさえ分からない。だが、はっきりと言えるのは、彼ではない別の人物が体に入り込んでしまったという事だ」
そこで二人はようやく、その別の人物───
「この子に任せるしかなさそうだね」
「ええ、そうですね」
魔女は何かを決心したのか、勇ましい足取りで時雄の元へ歩み寄った。そして冷たい表情で彼に語りかけ始めた。
「急にこんな場所に来てしまって、困惑している事でしょう。しかし、恐れる事はありません。貴方はきっと、神のお導きによって、この場所にいるのです。何か、大事な使命があってここへ来る事になったのでしょう。
「私は、『善良な魔女』または『最後の魔女』と呼ばれる者です。
「貴方が今、憑依してしまった少年は、私の優秀な弟子であり、また良き理解者でした。彼は私の『計画』にも賛同し、協力してくれました。彼がいなければ、この計画は実行する事が出来なかったでしょう。
「しかし彼はとある病に冒され、遂に死んでしまいました。私達は彼を蘇らせようとして、どういう訳か貴方の魂が彼の体に入り込んでしまったのです。
「ですから、貴方の意思を尊重したいとは思っておりますが、現在、彼───エリエゼルの体を所有している貴方には、私達の計画に協力してもらわねばならないのです。分かって頂けると嬉しいのですが......」
どうしてここまで、無表情なのか。時雄は無表情で居続ける彼女に恐怖を感じ始めていた。
「まあ、君に決定権はないんだけどね」
白い青年は嘲笑うかの様に云うと、時雄の体───と云うよりもエリエゼルの体───に巻き付いた複雑な機具を取り外し始めた。
「別の部屋で、お茶会でもしましょう。お互い、自己紹介をしなければいけませんから」
魔女は感情もなくそう云うと、白い部屋を出て行った。
ごちゃごちゃとした機械を外され、おぼつかない足取りで白い部屋を出た時雄は、目の前に広がる景色を見て驚愕した。
ここは明らかに、自分が住んでいた二十一世紀の日本ではない。一目見ただけで時雄は、そう確信した。そう確信する事の出来る様な景色だった。
主に金と白で彩られた、背の高い塔の中に彼らはいた。
精巧な金で創られたと思われるデザインが至る所に施され、何処へ目をやっても緻密な切り絵に似た金が目に映った。もしこの塔を現在の日本で造ろうしても、きっと出来ないだろう。これを造れるだけの金も技術もない。
天井からは中国を思い起こさせる、赤い提灯が列になって上へ上へと幽雅に泳いでる。かと思えば、塔を支える無数の柱には、不気味な黒い腕が天井から生え、柱に
塔には外を覗く事の出来る多数あり、そこから見る世界からは、見た事もない雄大な大草原が広がっていた。
ここは自分がいた世界ではないと、時雄は強く確信する。自分はどういう訳か異世界に飛ばされ、エリエゼルという少年の死体に憑依してしまったのだ。
金色の糸で刺繍の施された白い絨毯が敷かれた階段を上って行きながら、時雄は不吉な雰囲気を放つ魔女が待つ部屋へと向かった。
これから何が起きるのか、何も知らないまま。
彼は何も知らず、無垢で無知で純粋で、阿呆の様に白くて透明だ。かれこれ十六年生きた時雄ではあるが、この世界では生まれたばかりの赤ん坊に等しかった。
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