屍者は静かに眠る
井澤文明
第一章【異世界譚の始まり】
白の交わり
気が付くと、そこには知らない天井があった。
白い白い───どこまでも純白の天井。
少年は、自分が最後に見た景色を思い出そうとする。脳髄の奥底に引き籠ってしまった記憶を引き出そうとする。
自分の名前───
自分の年齢───十六歳。
自分の家族構成───両親と弟が一人。
自分の好物───ラーメンと炭酸ジュース。
自分についての情報は、いくらでも出て来た。しかしどうしても、最後に見た景色を思い出せない。
(漫画とかドラマで良く聞く、記憶喪失っていう奴か?)
しかし、家族や学校での記憶は変わらず覚えている。
ここへ来る前に見た景色だけが、ピースの欠けたパスルの様に、不完全で不明瞭で曖昧模糊なものとなっていて、はっきりとは思い出せない。
「おや、気が付いたのかい、少年」
少年───小川時雄は横から聞こえるハキハキとした若い青年の声に反応した。そして体を声のする方向へと向けようとするのだが、体が思う様に動かない事に気が付いた。
頭と体が、まるで別々のものであるかの様に、動けと脳が意思を伝えても体は硬直したままだった。
この事態に困惑する時雄を他所に、青年は尚も話し続ける。
「いやあ、随分と待たせてしまったね。でも、もう少し待ていてね。未だ準備は完了していないないんだ」
そして何やらごちゃごちゃとした機械を何処からともなく取り出し、作業を始めた。
「アブラカタブラ〜」
機械を作動させながら、青年は謎の呪文を唱える。すると時雄は、自分の体に何か変化が起きた事に気が付いた。
彼の身体中に電流の様なものが駆け巡り、霧かかっていた様にぼんやりとしていた頭ははっきりとして、爽快な気分になる。難解なパスルを解いた時の爽快感と良く似ている。
(体が思い通りに動く......。)
そのわずかな変化に感動している時雄のそばへ、おしゃべりな青年が近寄った。その青年の姿を見て、時雄は驚いた。
青年はこの部屋と同じ様に、どこまでも白かった。
月や雪、絵の具や星の輝きといった、世界中の白いものが交わって創造された、白を具現化した様な姿をした青年だった。
「おはよう、エリエゼル」
白い青年は、朗らかな笑みを浮かべながら、そう云った。時雄の全く知らない名前で、彼に語りかけた。
「......」
またもや訪れた困惑の波に、顎が外れかけている時雄の様子がおかしい事に、青年は気が付いたのか、大きく溜め息を吐いた。
「どっか失敗したのかなあ。うぎゃー、あの子に怒られちゃうや」
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