第20話 天に誘う光陰の龍

39・光輝の欠片


「フレッドさん。これをお渡しするならおそらく今なのだろうと思って……わたしが預かっていた物を持ってきました。」


 リリアンが朝早くから訪ねてきた理由を聞くと、彼女はそう言って一つの箱を差し出す。それはかつて、プラテーナから「困難に見舞われた際に開けよ」と託されたものである。戦鬼将コルトにはフレッドの兄クロヴィスの魂が囚われており、その魂を解放するために敢えて自分も戦うとフレッドから聞いた際、リリアンはプラテーナが言っていた困難とはこのことなのだと悟ったのである。


『そう言えば、プラテーナさんから君に何かを託されていたんだったね。彼女は「大切な人との別れが待ち受けている」と言っていたから、きっとこうなることも予想はついていたのだろう。そして、もし先にそれを伝えたら思い悩む時間だけが増え、最終的には戦うしか選択肢がないことも分かっていて、敢えて教えなかった。その代わりこの状況を打破する何かがこの中に……ということなのだろうね。』


 実際、もし先に「亡き兄の魂を宿す傀儡が襲ってくる」と教えられたとして、どのような手段があるのか。兵力が互角なら、一隊が敵の目を引きつけているうちに傀儡を奪う工作隊を送るような手も使えたかもしれない。しかし彼我の兵力差は戦闘員だけで約4倍もあり、小細工に割く余裕などあるはずもなかった。


「では開けますね。……これは、刃物でしょうか。どこかで見たことがあるような気もしますけど、う~ん……」


 リリアンは答えに至らなかったが、フレッドにはそれがいったい何であるかすぐに分かった。かつて、異界に取り残してきた兄の遺品たる[龍ノ煌キ]の穂先だった。


『囚われた魂に所縁ある品が、魂の記憶を取り戻すに至る近道だと……テアさんはそう仰っていました。コルトが普段と違ったのも[龍ノ嘆キ]を持つ父さんと戦ったからなのだとも。しかしそれだけでは足りなかったゆえ、兄さんはまだ解放されなかった。でも、君が戻ってきて光輝と黒紫の龍が揃ったなら、きっとうまくいくはず!』


 箱に入れられていた手紙には、かつて同胞の命を救ってくれた礼として、閉じられた第一界への「道」で残された槍を探し、辛うじて残っていたの穂先のみをこうして持ち帰ってきたと書かれていた。そして、フレッドの武運を祈る言葉も。


『恩を着せるつもりであの時シェーファーさんたちを助けたわけではないけれど、それが結果的にはこのように自分を救うというわけか。情けは人の為ならず、ね。よく言ったものだよ、本当に。』


 そう言ってフレッドは槍の穂先をハゼルやフォーディに見せると、二人も自分の宝が舞い戻ったかのように喜んだ。問題はこの穂先を槍に打ち直している時間がなかったということだが、フレッドはこれを鏃にして一本の矢を作り、放つと決める。あとは決戦の日を待つばかりだが、時を同じくしてユージェ陣営でも異変があった。



40・智者の帰還


「輜重隊総監殿。ユージェ本国より使者の方がお見えになっております。至急の目通りを願っておりますが、お通ししても構わぬでしょうか?」


 そうペルゼから報告されたフィーリアはペルゼの物言いにやや違和感を感じたものの、本国からの使者ともなれば会わないわけにもいかない。すぐにその使者を通すように言い渡すと、程なくして使者が顔を見せる。その人物を見て、なぜペルゼが一使者に対してああも恭しいのかが分かった。


「お久しぶりですね、フィーリア嬢。いや、今は輜重隊総監殿とお呼びすべきかな。とにかく、ご健在のようで何よりです。こんな戦で万が一があっては、ユージェの未来に暗い影を落としてしまいますから。」


 年の頃は29周期の、穏やかな物腰が特徴の青年。彼の名はマイアー=ベルトランといい、幼き頃のフレッドやフィーリアにとっては軍学の師匠にあたる人物でもある。ユージェ統一連合の初代宰相の任に就くも、フレッドの改革路線を引き継ぎ未来に向けた国造りの最中、現宰相フォーナーらの奸計に嵌められ失職していた男だ。


「マイアー様が、どうしてこちらに……?ユーライアでいずこかに幽閉されていると聞き及んでおりましたが、解放されたのでしょうか?」


 憶測の範囲でしかないため「脱走したのか」とは聞けなかったが、フィーリアの頭を最初によぎったのはそれである。悪い方向に考え出せば連鎖していくもので、彼女の頭の中は「せっかく逃れたのに戦地へ来るということは、もしやザイールの弟子を頼り落ち延びる気ではないか」という所にまで至ってしまったのである。


「もしかして誤解させてしまったかな?私は脱走などしていないし、ここには連合盟主の依頼で来たんだ。君にも関係がないわけではないから、先に話をしておくべきだろうと思ってね。実はお父君が、この度ユージェ基本法第二条違反の疑いが濃厚となり、職責及び兵権は剥奪となった。これが盟主よりの書状だから確認してほしい。」


 ユージェ基本法第二条は「ラスタリアの安寧を損ない得る、人の生命及び魂魄の悪用を禁ずる」条文である。第四界の知的生命を殲滅せしめた「天敵」は、この世に顕現する際はおもに知的生命の遺体に憑依する。そのため、ユージェも皇国も「人の遺体を長期間放置する」ことは犯罪となる法があり、天敵にとって最高の依り代となる「魂だけが失われた肉体」を創り出しかねない「人の魂魄を使った術や実験」も禁じている。これは、第五界に生きる知的生命の遺伝子に刻まれた禁忌の記憶であった。


「そんな!お父様は確かに軍を率いてこの地に攻め入りましたが、基本法二条に違反するような虐殺や遺体の放置は行っておりません。何かの間違いではないですか?」


 フィーリアは提示された書面に目を通し、そこには確かに第二条違反のかどで職権及び兵権剥奪と連合盟主の署名があることを確認する。しかし彼女には、父が何を違反したのかは分からなかったのである。


「私の幽閉先に、匿名の投書があってね。中身を見たら、とんでもないことが書かれていたので仕方なく脱走し、盟主にご報告申し上げたんだ。盟主もその内容には驚かれて、急ぎ調査をしたところ事実と判明した。それで、こうなったんだよ。」


 その書には何が書かれいたのか……と詰め寄るフィーリアの剣幕は「女傑」の異名に恥じぬものだったが、マイアーはサラリと受け流す。そして「聞けば後悔するかも知れないが」との確認を取ってから事情を話し始めた。


「戦鬼将コルトには、7周期前にウルスの森で謀殺されたクロヴィス殿の魂が埋め込まれている。クロヴィス殿を殺したウルスの民は当時、ハイディンの報復を恐れクロヴィス殿の魂を流用した傀儡人形を対ハイディンの切り札にしようと考えたのだ。しかしクロト君の寛大な処置でその必要はなくなり、捕らえていた魂を解放することも忘れて時が過ぎ、最近になってその存在を思い出した。そして、クロト君を悩み苦しませて殺すためだけに、君のお父上はその魂を利用した傀儡……戦鬼将コルトをこの戦いに投入したんだ。個人の恨みを晴らすためだけにそこまでの悪事を、ね。」


 マイアーの言葉に、フィーリアはただ絶句するしかなかった。それは基本法第二条どころか、下手をすれば国家反逆の罪にも問われかねない重罪であったからだ。そしてその罪の最大量刑は、一族連座の打ち首である。背筋が凍り付き顔も青ざめた彼女を見て、マイアーが優しく声を掛ける。


「大丈夫。フォーナー殿を国家反逆の罪にはさせないため、こうして私が来たんだ。クロト君やクラッサス様に対しては、もう手遅れかも知れないが……」


 コルトと刃を交えれば、それがクロヴィス殿の動きであることを彼らは即座に見抜くだろう。そして二人は、家族の魂を解放するべく手を尽くすはずだ。その結果がどうなるかは分からないが、ユージェのために尽くしてきた功労者たちの、しかも親兄弟を殺し合わせたという罪は消えることはない。そして、事の顛末を見届け対処しなければならない責務がマイアーには課されていた。


「遠征軍の代理総指揮官として、輜重隊総監フィーリア=ダルトンに命じる。これより我が軍は戦闘を中止し、全部隊ユージェに帰還する。先立って輜重隊は余剰物資の本国移送を行いつつ、主力軍の撤退を待つこと。……辛いだろうけど、できるね?」


 フィーリアに撤退準備を指示した後、マイアーはヘルダ村へ向かう。そしてこれより3日後、マイアーは昼夜を問わずザイール南部を駆けヘルダ村のユージェ軍陣地に到着するものの、到着したときにはすでに家族の戦いは開始されていたのであった。



41・武人一家の記憶


『本日は、このクロト=ハイディンがお相手いたす!誰が出ようとも自由であり、先日と同じ者が戦うべしという取り決めもない以上、その点に文句はあるまい!』


 コルトとの再戦が行われるその日、取り決めの刻限より早く竜に跨り戦場に躍り出たフレッドは、ユージェ陣営に向け名乗りを挙げた。


『だが、我らのほうには言いたきことが山ほどある!しかしすべてを話していては長くなるゆえ、ここは要約させていただくとしよう。』


 ユージェ兵の視線が集中する中で、フレッドはさらに言葉を続ける。それはかつてユージェ時代には[白銀童子]などと呼ばれた、貴公子然とした線の細さは微塵も感じさせない武者ぶりであったと、後に生還したユージェ兵の一人は語ったという。


『貴様らよくも、天に還るべき我が兄の魂を盗んでくれたな!それを斯様な傀儡人形に閉じ込め、戦いの道具とするなど言語道断である!それゆえ、この戦いはもはや一騎打ちなどと言う生易しいものではなくなった。我ら親子が、家族の魂を取り返すための戦いなのだ!無関係の方々には手出し無用であると……どうかご承知あれ!!』


 そう声高に宣言すると、フレッドは自陣に引き返していく。宣言を受けてユージェ陣内でもちょっとした騒ぎになってしまったが、指揮官の立場にある者たちすら困惑気味である。それは、フレッドの宣言がもし事実であるなら大罪だということは一兵卒にすら分かることであり、動揺しないはずもなかったのだ。


「なぜ、奴は傀儡のからくりを正確に言い当てることができたのだ?ティルムート殿はウルスの者しか知り得ぬと申しておったではないか!それが、なぜ……」


 ティルムートは「自分にも分からない」と答えるほかなかったが、問題はこれで犯罪者の汚名を被る可能性が出てきたことである。彼にとって、コルトが敗北し魂が解放されることは何ら問題なかったが、コルトを創り出したこと自体が罪となればウルス氏族の復権どころではなくなるのだ。


「いずれにしても、コルトを出すか出さぬかのご判断はいただきたい。出さぬのであれば、起動を中止させねばなりませぬゆえ……」


 結局、自分は賭けに負けたのだ……ユージェ宰相になったこの男に協力すれば、ウルス氏族が追い込まれたこの苦境から抜け出すことも叶うかもしれない。息子は卑怯な逆賊との汚名を着せられたまま死に、娘は今や行方知らず。せめて氏族の名誉を回復してから後を託そうと考えた結果、ティルムートは危険な賭けに出て失敗した。


「もはや退路はない。私は破滅しかないが、せめて奴を道連れにするのだ!」


 こうして、戦鬼将コルトはユージェの陣から出撃する。今日の相手は父ではなくかつて可愛がった弟であるが、そのことに気付くこともなく、戦いを前にしてただ荒ぶるのみであった。



『お久しぶりです兄さん。あれから7周期、僕も兄さんと同い年になりました。子供の頃、遠く及ばない兄さんの背を見て思ったのは……才能は足りないが歳の差もあるということです。しかしこの7周期、一日たりとも鍛錬を怠ったことはありません。その積み重ねた時間、そして想いを力とし、今日!僕はあなたを越える!!』


 すでに竜を降り、戦場に立ちコルトを待っていたフレッドは、ユージェ側から飛び出してきたコルトにそう語りかけた。コルトのほうはといえば、語り掛けには応じず長短二振りの棍を手に、フレッドに猛突進をかけるのだった。


「竜ノ男……今日コソハ逃サン。抹殺、抹殺、抹殺、抹殺……」


 受け用の右手の短棍を前に、攻撃用の左手の長棍を引き気味にした構えのままフレッドに近づいたコルトは、長棍の間合いに入るや左腕を右に向け振り払った。しかしその長棍はフレッドの龍ノ稲光の柄によってかち上げられ、軌道を上に変えられたコルトは棍の勢いを抑えるため大きくのけぞることになってしまった。


『やはり、兄さんの時は7周期前で止まってしまったんですね。あの時とこれっぽっちも、寸分違わぬほどに同じ勢い、同じ軌道で攻撃をしてくるのですからっ!』


 のけぞったコルトに龍ノ稲光が突き立てられるが、それは右の短棍でいとも簡単に弾かれてしまう。フレッドは弾かれた勢いを利用したまま身を翻し、さらなる一撃を加えようとするも、次は高く上げられた形の長棍を地に叩きつける攻撃によりいったん身を引くことを余儀なくされる。攻撃と受け、回避のどれもが一瞬のことだが、まさに達人同士の一合であった。


「コルトがあのクロヴィス将軍だってなら、つまり兄弟で戦ってるのか?」

「馬鹿野郎!魂が入ってるってだけで将軍が黄泉返ったわけじゃねぇだろ!」

「俺が知っているクロヴィス将軍は二振りの槍だったが、確かに似てるな……」

「最強ハイディンを担った者同士の対決か。こんなものを拝む日が来るとは。」


 ユージェ側の兵も固唾を飲んで見守る中、第二合はコルトの長棍による素早い突きから始まった。フレッドは得物を縦にして受け軌道を逸らそうとするも、棍がわずかに頬を掠める。直撃していれば頭部に甚大な被害が出ていたであろう一撃は、掠めただけでフレッドの頬に擦過傷を与える。


『兄さんが手にする武器が槍だったら、今の一撃で決まったかも知れませんね!』


 そう言いつつ、攻撃を逸らしたフレッドは反撃しようと一歩踏み込むが、これは誘いである。こうなった時、兄がどういう手段で対応するかはよく知っていたのだ。


(突いた長槍を左に払い、左に体が流れる勢いを利用して右の短槍で突く。最初の突きからの派生で、反撃封じの動きとしては効果的だ。相手が知らなければ、だが。)


 フレッドは長棍による払いを屈みこんで避けると、そのままコルトに密着して短棍の突きも放てない状況を作り出し、左の脇を斬り抜けた。かつて異界の怪物レヴァスと戦った時も使った「大物を振り払う際に発生する、密着距離の空白地帯を狙う」のは、兄のような長柄武器持ちの強者と対峙した際に使うための戦法だったのだ。


「ヤル、ナ。見事ダガ、ソノ動キハ覚エタ。同ジ手ハ通用センゾ?」


 コルトが饒舌になったということは、魂が人に近づいたということである。この調子でもっと魂を人に近づけ、そして傀儡を破壊し魂を解放する。予定ではそういうことになっているが、フレッドもかなり厳しい状況にあった。一撃でもまともに受ければ深手は避けられず、かと言って守り一辺倒というわけにもいかない。風渡るミツカの深い谷で、安全具を付けずに綱渡りでもしている気分だった。


『さて、どうでしょうね。まあ同じ手は通用しないなら、別の手を使いますとも!』


 次はフレッドから攻撃を仕掛ける。正面からの攻撃は「ほぼ確実に」という確率で短棍により弾かれるが、それは攻撃を加える気があるならの話だ。フレッドの狙いは攻撃を相手に当てることではなく、弾き返しをさせることにあった。刃先が棍に届いた瞬間、コルトは棍を振り上げ弾こうとするが、フレッドの刃先も全く同じ方向に薙ぎ払いを行い弾き返しを流しつつコルトの手首付近に一撃を加えたのである。


「キサマ、何故……動キガ、読マレテイルノカ?」


 コルトの頭部は完全に覆われる型の兜が装着されているため、その下にはどのような顔があるのかは分からない。ただ、動きを完全に読まれていることに動揺していることは、その口ぶりからも容易に察することができた。


『あなたも、ご自分の記憶を手繰り寄せてみてはいかがですか。さすれば、僕の動きも読めるようになると思いますよ!』


 そう言いつつ、フレッドは困惑気味のコルトに追撃をかける。突きを入れる動きから柄による叩き付けへの変化、その叩き付けから転身しての振り払い、振り払った槍を同じ軌道で戻す斬り返しなどの流れるような連続攻撃が繰り出され、変則的な動きに弾き返すタイミングを掴めないコルトは確実に防御で受ける体勢に移ってしまう。


「コノ動キ……ソウダ、俺ハ確カニコレヲ知ッテイル!何処ダ、俺ハ何処デコレを。俺ハ……何ダ。奴ハ……誰ダ。」


 幼きフレッドの鍛錬相手を務める際は、いつも兄がフレッドに槍を打ち込ませていた。7周期の年齢差と持って生まれた膂力の差があっては、お互いが打ち合うという鍛錬をすることは危険すぎたからで、二人は「フレッドが成人になったら」そういう鍛錬も行おうと決めていたのだが、結局それが果たされることはなかった。


『僕はっ!この日が来るのを長らく夢に見ていたんだ!あなたと互角に打ち合う日が来ることをね!あなたは……兄さんはどうなんですか!!』


 なおも続くフレッドの猛攻を、幼き日のように両腕の武器で巧みにコルトは受け続ける。しかしフレッドの攻撃は、コルトの記憶にあるものよりはるかに速く、そして力強かった。力だけなら前回の相手のほうが上を行くが、いま眼前にいる男にはそれとは別の力……気迫や意気込みとでもいうものが満ち溢れていると感じる。そう、朧気だが記憶に残るあの子と同じように……いつも、憧れの人に置いて行かれまいと一生懸命だったあの子は、いったい誰であったろうか……コルトの意識がその記憶に残る子に向いた時、フレッドの攻撃が再びコルトを捉えるかに思われた。


「同じ手は二度と通じんと言ったはずだぞクロト!それでは俺に勝てんな!」


 フレッドがコルトの横薙ぎを避け脇腹を斬り抜けようとしたとき、コルトの強烈な体当たりを受けフレッドは大きく吹き飛ばされた。武器での攻撃ではないため痛打とはならなかったが、それ以上に驚くべきことがあった。今コルトは、確かに自分のことをクロトと呼んだ。そのはっきりした物言いは、間違いなく兄のものだったのだ。


「死んだはずの俺が、なぜこんな体でここにいるかはさっぱり分からん。だが、これも天の采配というやつなのだろう。さあ来いクロト!いつぞやの誓いを、いまここで果たそうぞ!!」


 それからの二人の打ち合いは、真剣そのものではあったが殺気はまるで感じられなかった。もちろん、常人が立ち入ろうものなら瞬く間に小間切れ肉と化すようなものであったが、ハゼルの目には昔よく目にした兄弟の鍛錬の延長でしかなかった。もしかしたら、実際にあったかもしれない兄弟の未来の姿。それを見られただけで、ハゼルは満足していた。


「そろそろ時間切れじゃな。コルトの……クロヴィスの動きが目に見えて悪くなってきおった。さあ、出番じゃ[龍ノ嘆キ]よ。あの子の魂を、今度こそ天に誘っておくれ。もう二度と、何者にも囚われぬように。」


 一定時間で活動限界を迎える戦鬼将コルトも、この戦いではすでに20分以上はフレッドと打ち合っている。戦いの前に「一騎打ちではない」と宣言した以上、10分ごとの休憩という取り決めにも応じず戦い続けた結果であった。そして、フレッドもハゼルもコルトをユージェ陣に返すつもりはなく、勝機を掴んだらコルトを破壊することを決めている。今度こそ本当の、別離の時が訪れようとしていた。

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