第19話 魂の牢獄

37・羅刹と戦鬼


「戦鬼将コルト……のう。ワシらがユージェにいた頃には、かような傀儡の話なぞ聞いたこともなかった。もっとも、国を出てからそれなりの時間は過ぎておるが。」


 ユージェ軍より先にヘルダ村へ戻ったフレッドは、帰還の挨拶もそこそこに戦況の報告を行った。父が最大の関心を示したのは、やはり戦鬼将コルトのことであった。


『できれば、父さんと引き合わせたくはなかったんですよ。かの者とは幾度か打ち合いましたが、脇を斬り裂いても無効ですし眉間を射貫いてもお構いなし。まるで勝利への道筋が見えません。あれとまともに対峙するのは危険すぎます。』


 そう注意喚起されておとなしく引き下がってくれるなら、誰も苦労はしない。今回はプラテーナの予言もあるから、どうしても親しい人には危険を冒してもらいたくなかったのだが、危険と分かっていてなお昂るというどうしようもない性格だから困るのだ。もっとも、これは父親だけでなく息子にも似たようなところはあるが。


「そう申しても、ここに押し寄せるなら戦うよりほかないであろう。しかし、類まれな力を誇る傀儡とはな。人喰い羅刹とも呼ばれたワシじゃが、人以外を喰ろうたことは少ないからのう。その傀儡を討ち果たせば「解体屋」くらいにはなるだろうか?」


 もう完全に戦う気になっている父を見て、フレッドは失敗だったとも思った。しかしコルトを止められなかった責任は自分たちにあり、言わば父にはその尻拭いをさせるのである。かくなる上は、すべての手札を用いて勝利を見出すのみであった。


『父さんでも手に負えないとしたら、もう戦う以外の方法……傀儡なら動力を止めるなりするほかないですからね。ザイラスからテアさんを派遣するよう要請を出してありますので、専門家の話も聞いてから対処法を検討しますか。』


 フレッドとしては、少しでもコルトのことが分かれば攻め方も工夫できるという思いであったが、結果的にはテアの到着前に一戦交えることとなってしまう。L1028開墾期90日、ついにユージェ軍ヘルダ攻略隊が村の近郊に姿を現したのだ。



「久しいな、フォーナー殿。プロキオは遠征に不参加のようじゃから、どうやらワシ個人は許されたらしい。だがお主は、まだハイディンに恨みを抱いておるのか。いずれにせよ、ワシらは息子を生贄にして生き延びようなどとは毛頭思わん。どうしても息子の命が欲しいと申すなら、実力で奪ってみるがよい!」


 村の近郊に布陣を終えたユージェ軍から降伏勧告の使者がやってきたのは、ユージェ軍到着の翌日となる開墾期91日のことである。降伏の条件はたった一つ、クロト=ハイディンの首であった。仮にそれを差し出したところで攻撃を止めるかは向こう次第であり、そもそも受け入れるはずがないと分かった上での勧告だった。そしてハゼルは「返答はこのワシ自ら行うゆえ、フォーナーには前に出てよく聞いておれと伝えよ」と使者を叩き返し、返答を行ったのである。


「闘神クラッサス……クロト=ハイディンだけでなく、あの方とも戦うのか?」

「いくら戦鬼将コルトが強いといっても、人喰い羅刹に勝てるわけがねぇ……」

「俺の一族はあの方に救われたんだ。武器を向けるなど、できるはずもない!」


 およそ40周期も前から続く、生ける闘神クラッサスの伝説は、ユージェに住まう者にとって知らぬものなき語り草である。その伝説が「敵として眼前にいる」状況に、ユージェの兵は激しく動揺した。とある氏族で構成された隊などは攻撃命令を拒否し、座り込みを行うなどという事態まで起こってしまう。


「くそっ!誰も彼もハイディンハイディンと!それほどあの伝説に惹かれるというのなら、よかろう。その伝説もろとも幻想を打ち砕いてくれるわ!!」


 現ユージェ宰相たる自分よりも遥かに高い人気と人望があるあの親子に、どうにかして思い知らせてやろうとフォーナーはいきり立ち、事もあろうに一騎打ちの申し入れを行ったのだ。ユージェ側の代表は、もちろん戦鬼将コルトであった。


『まさかこうなるとは、完全に想定外です。名目こそ一騎打ちとのことですが、相手は命を持たぬ傀儡なのですから対等の条件とは言えません。お受けなさらなくともよいのではないかと考えますが……?』


 そう言ってはみるものの、答えは分かり切っている。そこでフレッドは、一騎打ちを受ける条件として「砂時計の砂が10分落ちるごとに休憩を入れる」というものを提示した。ハゼルには飲食の時間が必要だったからだが、実を言えば戦鬼将コルトにも精霊力を注入する時間が必要であり、この提案はユージェにも渡りに船であった。


「よし、その条件を了承したと伝えろ!フフ……奴らは思惑通りと考えているのだろうが、時間がいつでも自分たちの味方だと思うなよ?」


 こうして開墾期91日は過ぎていき、翌92日の朝にヘルダ村の北門前にて運命の一戦が繰り広げられる。ハゼルは比較的軽装の防具しか身に着けていないが、手にした豪槍[龍ノ嘆キ]の存在感は抜群である。一方の戦鬼将コルトは、重装鎧を纏い手には長大な鋼棍を引き下げ戦場に立つ。


(相手は今回も打撃武器ですか……剛力ではありますが狙いを外すことも多いため、刃のある武器では長く戦えないという判断なのでしょう。ただ、あの武器と力の前では重い鎧など間違いなくただの足枷。軽装備で挑むという判断は正解ですね。)


 フレッドはハゼルの後方、食料や酒、武器の予備などが満載された荷車の横に立って相手を観察していた。考えたくないことだが、もしハゼルが敗れたら次に戦うのは自分である。些細なことでも見落とさぬよう、神経を張り詰めていた。


(相手の陣にも、何か用意されていますね。それにあれは術師……か。傀儡も補給なしで無限に戦い続けられるわけではないのだから、援軍さえ到着すれば継続的な長期戦を挑む形でコルトを封じることも可能かな。)


 術で動く傀儡という時点で予測は付いていたが、ハゼルにとっての食料と同じくコルトにも何らかの補給が必要であることが確定した。問題はどれほどの時間を戦い、それだけ戦うための補給にいかほどの時間を要すかであるが、それは一騎打ちがすぐに終わらない限りおいおい分かることなのだろう。


「お主の話は聞いておるよ、戦鬼将コルト殿とやら。ワシはハゼル、ヘルダのハゼルである。いざ参れ!人によって創られし者が人を越えられるか、試してみよ!!」


「老イタ羅刹。羅刹、羅刹、羅刹、羅刹……羅刹ヲ、超エル!」


 一合目は、お互いの武器を力の限り打ち付け合うものだった。槍の柄と棍の柄がぶつかり合い、双方が押し合いをし身動きが取れない状態が続く。単純な力比べということに関しては、両者ともほぼ互角だったのである。


「私はコルトの猛威を何度か目にしたからこそ、あの敵が尋常ならざる力量を誇ることを知っている。だがそれに対し一歩も後れを取らぬとは、さすがは先代様よ!」


 アル=ファールは思わずそう唸ったが、それは現当主である(と彼らは思っている)フレッドを小馬鹿にしているわけではない。そもそも、人の身であれとまともにぶつかり合うなどあり得ない話であり、それゆえに「伝説の武人が今現在も伝説であり続ける」ことに震えてしまうのだ。


「やるではないかっ!しかし……力は認めるが、技のほうはどうかのう!?」


 ハゼルは柄と柄が重なり合う部分を支点にし、相手に押される力を受け流す形で後ろに引いていた槍の石突部分を下からかち上げ、コルトのみぞおち付近に強烈な一撃を加える。装備と本体を合わせ超重量のコルトすら軽く吹き飛ばされた攻撃だが、コルトは何事もなかったかのように棍を取り直しハゼルへ襲い掛かった。


「超エル、超エル、超エル、超エル……俺ハ……ヲ……超エル!」


 吠えるような声を上げながら、コルトは鋼棍の両端を交互に打ち付ける。これは槍などのように、武器として主になる部分がない鈍器ならではの猛攻である。右から左に振り下ろしたと思えば左から右へと振り上げ、それはまさに滅多打ちという言葉がふさわしいものであるが、ハゼルは繰り出される攻撃が最大の威力を発揮する前に槍で押し返し、攻撃を封じ続けた。


「なかなか饒舌になってきたではないかっ!にしてもお主、動きにやや粗いところもあるが……その膂力その技量はまさしく戦鬼の名に値するものぞ!!」


 いつまでも続くかと思われた両者の打ち合いは、コルトの鋼棍が弾き飛ばされたことで終焉を迎える。ハゼルにとっては追撃のチャンスだったが、結局それを行うことはなかった。事前の取り決めにあった休憩時間の目安となる10分が経過し、両陣営で鐘や銅鑼が鳴らされたのである。



『第一戦お疲れさまでした。食事も酒も用意してありますが、休憩時間は5分ほどなのでそこにご留意ください。して、あの者との勝負……いかがでしたか?』


 フレッドは戻ってきたハゼルに椅子を用意し、さらに汗を拭う織布を渡しつつそう尋ねた。最初の戦いはハゼルも万全の状態だが、戦いが長引けば疲労の溜まる人が不利になっていくのは自明の理である。早めに勝負を付けられそうにない相手なら、何かしらの理由を持ち出して一騎打ちを終わらせる必要があった。


「なかなかに面白き相手よ。人ではないせいか、動きにぎこちないところが見られる以外に目立った弱点もない。あのような者が大量に生み出されれば、我ら武人の出番がなくなる日はそう遠くない未来に訪れるやも知れぬな。」


 確かに、かの魔導士ギルド本部・メルクマールの門外には多数の石像が並べられており、もし攻められることあらば石像が防衛に就くのだと聞いた。人はいずれ、命のやり取りすら自らの手で行わなくなるのかもしれない。だがそこに、命の尊厳はあるのだろうか。殺し合いに尊厳も礼儀もないだろうと言われればそうかもしれないが、相対する敵と打ち合うからこそ、命を賭けた勝負が成立する。方や命を持たぬ傀儡に戦わせ、ただ一方的に命を奪われるのだとしたら……その魂はおそらく怨嗟に満ち天にも還れないのだろうとフレッドは思うのだ。


『では、人だからこそ持ち得る武器で勝負するほかありませんね。差し当たっては、この革袋をお持ちください。こちらは食料、こちらは酒が入っております。戦闘中に飢えや渇きを感じましたらお使いいただければ。あちらは戦闘中に補充はできないでしょうけど、戦闘中の飲食は事前の取り決めで触れられていませんから合法です。』


 ハゼルは喜んでそれらを受け取り、腰に吊り下げる。実を言えば第一戦も終盤にはやや飢えと渇きを感じ始めており、休憩が待ち遠しく感じたものだ。しかし戦闘中でもスキを見つけて回復することは、複数の術師に囲まれ精霊力を注入する傀儡には真似のしようもない。ついでに言えば、取り決めの穴を突いてグレーゾーンの行いをすることも、明確な意思があるか疑わしい傀儡には不可能なことである。


「相変わらずお前は抜け目がないのう。じゃが確かに、これこそが人の知恵であり人の心よ。これらを武器に、次の戦いに臨むとしようか!」


 予備の食料なども引き下げ、意気揚々と戦場に向かうハゼルだったが、反対側から歩いてきたコルトを目にし眉間に皺を寄せることとなる。コルトの手には先ほどまで使っていた鋼棍ともう一つ、やや短めの鋼棍が別の手に握られていたのだ。



38・父と子


『そんな……まさか!いや、単なる偶然か?それとも参考にしたとでも!?』


 フレッドが狼狽したのは、二本の棍を構えるコルトの姿が在りし日の兄クロヴィスに酷似していたからであった。得物こそ槍と棍で別物だが、長短二振りを一対として扱うあの構え。誰よりも近くで、何よりも憧れ続けた兄のことを見誤るはずはない。


「うろたえるでないフレッド!あれの真贋なぞ、打ち合ってみれば分かることよ!」


 そう言い放つとハゼルは猛突進をかけ、同時に第二戦が開始された。ハゼルにとって長子クロヴィスの戦死は心に深い傷を刻み込んでおり、近頃ヘルダ村での穏やかな暮らしを続ける中で、ようやく癒えてきたものである。それを再び抉るような真似をされたのだから、その怒りは尋常なものではなかった。


「人の心を解さぬ者どもは、かような真似も平気で行うのじゃな。しかしそれが過ちであること、今ここに示してくれる!消え失せよ!!塵芥となりてっ!!!」


 渾身の力を込めたハゼルの突きがコルトを襲い、周囲には重い金属音が鳴り響く。しかしハゼルの槍はコルトの体を捉えることはなく、右手に持つ短い棍で受け流されてしまった。そして体勢が崩れたハゼルに左の棍を叩き込もうとしたものの、それはハゼルが地面を転がり間一髪で避け切った。


『間違いない。あの受け流しからの反撃は兄さんの技だ。しかし、どうして……?』


 フレッドはコルトの動きに驚いたが、多くの者はハゼルが地面を転がってまでして避ける必要があったことに驚いた。それは、闘神クラッサスが敗北するかも知れないと思わせるには十分な一連のやり取りだったからである。ユージェ側からもヘルダ側からも声援が熱を帯びる中、一騎打ちの当事者たちといえば再び向かい合っている。


「まさかと思うたが、認めるしかないようじゃな。ワシが敗北する可能性がこれでなくなった、ということを!」


 それからのハゼルの猛攻は、圧巻の一言だった。通常の差し合いではコルトも長棍を使い応戦したが、短棍による受けからの反撃はすべて逆に返されたのだ。


「クロヴィスに槍を教えたのは誰だと思うておるか!この者がクロヴィスに近ければ近いほどに、その動きは手に取るように分かるわぃ!」


 ハゼルの攻撃がコルトを捉え始め、纏った鎧の損傷も目立ってきた時点で第二戦が終了する。沸き返るヘルダ側に対し、やはりダメか……という落胆の空気に包まれるユージェ側と対照的な休憩時間となった。そしてその時、雨が降り始めたのである。


「よし、これを理由に本日の一騎打ちは水入りといたす。敵に使いを送れ!それと、ティルムート殿……次までにコルトの余計な記憶はしっかり消していただくぞ?」


 こうして一騎打ちは、ユージェ側の一方的な通達により後日再戦ということになるのだった。ヘルダ側は不満もあったが、数で劣る以上は強引に敵陣へ乗り込むわけにもいかず、しぶしぶという体で村に帰還することになる。そしてその日は戦端が開かれることなく夜を迎え、ザイラスからテアが到着したのである。



「お父様の人でなし!わたくしどもウルス氏族はハゼル様にも、フレッドさんにもご恩があるのに……それを、一度ならず二度までもクロヴィス殿を貶めるなんて!」


 到着したテアに「敵の傀儡の技が亡き兄と同じ」という話をすると、彼女は涙を流しながら怒号を発する。普段は冷静沈着な彼女がこうも感情を露わにするところを見たことがないフレッドやハゼルは、やや呆気に取られてしまっていた。


「わたくしがお父様も、里の者もすべて討ち果たし……ウルスの森も焼き払って、最後にわたくしの命を以ってお詫びいたします。ウルス氏族は、この世にあってはならない存在となり果ててしまいましたから……」


 途轍もなく物騒なことを言いだした彼女に二人は驚き、口々に落ち着くよう言葉をかける。テアも落ち着きを取り戻したようで、なぜ一族を誅殺するほどに取り乱してしまったかの理由を話し始めた。


「フレッドさんにはいつかお話ししましたが、ウルス氏族には「魂を保存し別のものに入れ替え永遠を得る」という秘術があります。ただ、これは魂が時間を経るごとに劣化していく問題があり、それを解決する目処が立たないため禁術となりました。そのクロヴィス殿が、もし7周期前の一件で魂を捕らえられたなら、すでに人としての自我は存在しないほどに消耗しきっているはずです。このような所業、絶対に許されていいはずがありません。ゆえに、一族を誅殺しお詫びしようと……」


 フレッドもハゼルも「誅殺など無意味、無用」と即座に却下し、そんなことよりと話題を変え、その魂を解放する術がないのかという質問を行った。


「魂は傀儡人形に入れられているでしょうから、人形を破壊すれば魂の開放自体はそれで成ります。ただ、現状の自我を失った魂を解放しても……天には還れず、ラスタリアを永遠に彷徨う悪霊の類になってしまう可能性が高いですわ。故人に縁のある方や品々などで自我を強く喚起させることが叶えば、あるいは。聞きましたところ、ハゼル様と打ち合う中で徐々にクロヴィス殿のようになった、とのことですから。」


 つまり、魂が囚われた牢獄を開くカギは自分たち……ということか。親子3人で訓練を積んだ昔のように戦い続ければ、武人の魂が呼び覚まされるかもしれない。


『……次は、私がコルトと一騎打ちを行います。危険な相手だというのは百も承知ですが、自我を取り戻していただくにはより多くの縁者と関わるべきと思います。』


 フレッドには勝算があるわけではなかった。しかし、兄の技には誰より精通している自信はある。目的はコルトを倒すことではなく、戦いを通して昔の自分を取り戻してもらうことなのだから、いくらでも戦いようはあるのだ。


「そうか。じゃが、これはもはや戦鬼将コルトとの一騎打ち……などという問題ではなく、ワシらがクロヴィスの魂を解放できるかという、言わば家族の問題じゃ。ゆえに一騎打ちになどこだわらず、共に当たりクロヴィスの魂を揺さぶろうぞ?」


 ヘルダ村に押し寄せたユージェ軍の一騎打ち申し入れという、思わぬ提案から予想外の進展を迎えた激動の一日はこうして幕を閉じた。再戦の日がいつになるかはいまだ不明だが、数日の時間もないことは確かである。フレッドが幼き頃より憧れ続けた兄との、訣別の時が迫ろうとしていた。

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