第14話 ミツカでの日々

27・混成騎兵隊[華心剛胆]


『皆さん、よく聞いてください。我が隊は現在のところ、総員は1200と十分な数を揃えることができました。しかしこのうち、騎乗したまま戦えるのは半数といったところです。今は騎乗戦闘にまで手が回らなくとも、訓練を積めばいずれはできるようにはなるはずですが、残念ながら私たちにはあまり多くの時間は与えられないでしょう。騎乗戦闘が不可能という諸君にも、戦いに赴いてもらうこととなります。』


 きれいに整列した隊員を前に、フレッドはそう話を切り出す。私語こそ出ないが、おもに「騎乗戦闘ができない」隊員は顔を見合わせ、やや困惑気味である。戦えないのに駆り出されては、ただ命の危険があるのみ。いくら志願したとはいえ、そのように分の悪い話であれば辞退も考えたくなるのは当然だ。


『勘違いのないように言っておきますが、私は戦えない方々を敵と対峙させる気はありません。ではどうするかというと、騎兵隊の機動力を生かして敵の予想を超える位置に顔を出したりします。予想外の場所に1000もの兵が現れれば、敵もそれなりの対応は迫られるでしょう。私たちが戦うのは、戦える約半数で撃滅し得る相手のみです。それ以外では陽動やかく乱を主目的としますので、心得ておいてください。』


 そして、戦闘に際しては戦える半数が一撃離脱を旨とし、戦えない半数は後方で騎竜の替えを用意するなどの支援を担わせるということも伝えられた。もちろん隊員全員が戦闘をこなすことができれば申し分ないが、もともと騎兵の養成は歩兵の養成よりはるかに時間を要するものである。すでに戦いが迫ろうという状況では、このような方法を用いる以外になかった。


『街の郊外には、訓練用に様々な地形を模した広場を用意しています。皆さんはそこで行軍の訓練を重点的に行っていただきます。それを必要としない方々は、各自の班に振り分けられた戦闘訓練をこなしていただければと思います。では皆さん、騎兵の訓練は命もかかっていますから気を抜かぬよう取り掛かってください!』


 隊員たちが分かれてそれぞれの訓練を始めると、フレッドは副官的な位置づけのアル=ファール、前衛突撃隊のベタル=システ、前衛長槍隊のグアン=マーセらの分隊指揮官と打ち合わせに入った。騎乗戦闘を行える隊員は、騎手が盾を構え竜にも鎧を着せた最前列を往く前衛突撃隊と、彼らを盾にしつつ敵に接近し一撃離脱を行う前衛長槍隊、さらに騎射に長けた前衛射撃隊に分けられている。鎧などで重くなる突撃隊の速度に合わせ、接敵と同時に長槍隊や射撃隊が突撃隊を追い越し攻撃を掛けるというのが運用の想定だが、一歩間違えば防御に劣る隊が前に出て、防御に優れる部隊が後ろから近づくという無意味なものになりかねない。隊ごとの連携が肝心だった。


「ご当主に申し上げます。突撃隊は各員の練度および装備の適応状況とも、ご要望いただいた水準に達しております。ユージェでは使われていなかった戦術でありますれば、一時はどうなることかと思いましたが……兵たちの努力の賜物であります。」


 最初に報告したのは、前衛突撃隊のベタル=システ。彼もかつてはハイディン一門衆の騎兵隊を率いた壮年の男で、フレッドの檄に応じてユージェからやってきた。彼の統率力にはフレッドも信頼を置いており、新たな試みを彼に任せたのだ。それはアヴニアの「重装歩兵の高機動化」という思想を取り入れ、最前列には騎兵としては重装備の兵と竜が、後続の軽装騎兵を守りつつ突撃を掛けるというものである。


「確かに、我らハイディン一門衆は命を惜しまず、燃やすか燃え尽きるかという戦いばかりでしたから。防御的な運用をする部隊……というのは違和感を感じますね。」


 グアン=マーセが任された前衛長槍隊は、ユージェでは一般的な騎兵である。彼女は統一連合となった後のユージェ軍にも残っていたが、ハイディン一門衆の考え方と一般的な考え方の齟齬に辟易していたところ、イーグの話を聞きミツカ行きを決めたのだという。彼女が言うには、ハイディン一門衆として過ごした日々は「お祭りのようだった」らしく、その夢をもう一度と願ったのだ。


『お二人の申されることはよく分かります。しかし今の我らに[神魔封滅の法]を執り行うことはできず、神霊術や魔術の影響下で戦うことも想定されますから、我らも昔と同様というわけにはいきません。使えそうなものは積極的に試し、取り入れていかなければ……我らも時代に置いて行かれることになるでしょう。』


 実際、もし彼らがアヴニアを敵側でその目にしたらと考えると、少なくとも緒戦は動揺から後手に回るのだろうと思う。あの巨竜は生息域が限定される以上、世の主流となることはないにしても、騎兵の在り方に一石を投じたものであることは確かである。そして今後も、あのような思いもつかない代物が出てくる可能性はある。


「こうなる運命と分かっていたなら、ユージェ統一後に[神器・搦手無用]も盟主にお返しせず、我らで保管しておけばよかったですな。今さらという話ですが。」


 その神器こそが、神霊術や魔術を無効化する[神魔封滅の法]を執り行うためのカギとなるものである。ユージェ王国の山地で発掘された円盤状のそれは、反射させた光が届いた範囲の術をかき消すという力を持っていた。奇跡の御業に慣れた第五界の人々にとっては呪いの品でしかなかったが、それを逆手に取り戦に利用したのがハイディンの先祖たちである。


『その神器も、初めはただの呪物でした。しかしそれを活用したことで時代が変わったのです。そして今、時代は大きく変化し始めました。かつてユージェで戦った我らが、この皇国にいるということが何よりの証左でしょう。我らは見極めねばなりません。変わりゆく時代に対応するためには、何が必要なのかということを。』


 その話を聞き、3人の隊長たちは改めて自分たちが時代の岐路に立っているのだと痛感する。ユージェが統一連合に生まれ変わった際、彼らは望まぬ形の変化をもたらされてしまった。それを主導したフレッドにすら、変化がそういった形で現れようとは考えておらず、結果だけを見れば彼らは「変わりゆく時代に必要なものを見つけることはできなかった」ということになる。ユージェが統一連合となっても、根本は王国時代と大差ないだろうという考えが、現実と乖離し過ぎていたのが原因だった。


「今の我らは、ご当主と同じく故郷を捨て無から再出発いたしました。そして先入観なくこの国に来て多くを見て学び、初めてご当主がユージェの在り方を変えようとした理由に思い至ったのです。開発が遅れている辺境州すらこの規模……南西部の民が相争っていて対応できるはずもないというあのお言葉の、真の意味が。」


 フレッドがクロト=ハイディンとして成した最後の仕事が、統一連合結成時の演説だった。そこでクロトは南西部の団結を訴え、自らの家をも断絶し人々の格差を取り払おうと考えたが、多くの者はその言葉の上辺だけしか受け取らなかった。既得権者はただの人気取りと思い、虐げられてきた者は喜んだが、喜んだだけで団結する意思などは持ち合わせず、いつか逆の立場になって意趣返ししてやろうと考えたのだ。


『あの時の私もまだ若く、色々と至りませんでした。今ならもう少し別のやり方や伝え方もできるのでしょうけど、それを言っても過去は変わりませんから。ならば、せめて同じ過ちは犯さぬようにするのみです。』


 そう話し終えたところで、各隊の副隊長らが3人を呼びに来たため、幹部の話し合いはここで終了となる。フレッドは騎乗戦闘が行えないグループの行軍訓練に目をやりつつ、思案に暮れる。騎兵隊とはいえ実戦力600は決して多い数ではなく、敵中で孤立し包囲されれば瞬く間に壊滅するのは必至であるが、機動力という特性を活かすためには危険が渦巻く敵中にも踏み込まねばならない。


(その判断を下すためにも、正確な情報を素早く入手する必要がある。戦いの場には引っ張り出したくなかったけど、彼女の力を借りないといけないかもね……)


 ザイールではリリアンほか数人のみが適正ありと判断された、空の下であれば思念をはるか遠くまで飛ばせる術……それを活用できれば、情報収集の効率は飛躍的に上がる。特定の個人、しかも術に頼るというのは「神に縋らず魔に頼らず」の信条にそぐわぬものではあるが、先ほど自身で述べた「変わりゆく時代に何が必要なのかを考える」と、自ずと答えは導き出されるのだった。



28・戦いへの備え


『まだ木枠の、下準備の段階ですが……いちおう水を流すことはできるでしょう。後は木枠の周囲に石を積んでいけば、首都シルヴァレートのような水道橋にもしていけるはずです。水で不自由しないというのは、復興のアピールとしては上々ですね。』


 風渡る谷の風車で地下水をくみ上げ、それを水道橋に流すことで街の中心部に水場を設けるというこの案は、坑道に漏れ出す地下水をできるだけ減らすという意味でも有用なものだった。現段階では木製の配管を並べただけの簡素なものだが、その周囲を石で囲い、最終的には首都シルヴァレートのような水道橋にするのが目標である。


「谷の動力を地下水の汲み上げに使うことはありましたが、あくまで坑道の水害を減らすためでした。生活用水に転じるという考えはなかったのですが、これなら確かに日々の水汲みもずいぶん楽になることでしょう。人を呼ぶ材料としては、十分に魅力的なものとなるはずです!」


 ソーシャらミツカの住人たちも、最初に「水道橋を建設するので土地の確保をよろしく」と頼まれた時は、どうなることかと不安の色を隠しきれていなかった。しかしこうして一部が完成し、実際に街の中央にまで水が流れる様を見て杞憂だったと胸をなでおろしていた。


『予定通り、今周期中の完成にこぎつけました。これもひとえに、皆様の復興にかける努力の賜物でしょう。さて、これで復興計画の第二段階も完了です。第一段階は鉱山を確保し、主要産業を復活させました。こうして第二段階が完了したことで生活の利便性も上がります。そして次は、次第に増加するであろう人々を受け入れる場所の確保となります。すぐに入居者が見つからなくともよいので、街の外周部にでき得る限りの住居を建築してください。』


 ラスタリアでは通常、住居は入居者がいて初めて建築されるものである。人が増え始めたとはいえ、ミツカは街の中心部で十分に住居は足りており、外周部に新たな住居を大量に用意する必要性はなかった。フレッドも「いずれ戦争が起こり、南部から疎開者がやってくる」と説明するわけにもいかなかったので、ただ一言「未来への投資です」と答えるのみだったが、これまでの統治に不満のなかった人々は唯々諾々と住居の建設に取り掛かるのだった。


(さて、こちらの準備はだいたい終わりました。残るは南部の防衛準備ですが、あちらはどうなっているかな。意見書通りに進んでいるといいのだけどね。)



「ブルート様!南部からの報告が入りました。国境のガルディ防壁は進捗率およそ9割、近くを流れるヒシブ川のせき止めと、防壁への水路もじきに完成するとのことです。どうやら、次の生誕祭に事が起きても間に合いそうですな。」


 ダウラスがブルートの執務室へやってきて、そう報告を行ったのはミツカの水道橋が完成した日と同じ、L1027休眠期64日のことである。先の収穫期1日に行われた領主選択の儀でブルートは圧倒的多数の支持を受け、領主に再任された。その報を受けた皇帝アヴニールは使者を遣わし祝辞を述べると同時に、領主再任を認める触れを出した。そして今、ザイール政府は政情安定化と、来周期末に復活する税の徴収方法について白熱した議論が交わされる日々である。そこに対ユージェの防衛政策協議まで入り乱れるその様は、まさに混沌といったところであった。


「……忙しすぎて、酒場で愉しむ余裕すらない。領主が忙しいのは当然だし覚悟もしていたが、若い頃に見た俺の親父はここまで忙しくはなかったように思う。やっぱりあいつをどうにかして呼び戻し、俺の仕事の8割くらいを押し付けよう。正式に再任されたことだし、それくらいは許されるだろう?」


 秘書官的な立ち位置のテアはやや冷めた目線を送り、一言「許されるだろう?じゃありませんよ。8割とか許されませんし、そもそもいくらそんな愚痴を言ったところで仕事は一向に減りませんわ」とたしなめるのみだったが、確かに多くの事象が重なり多忙を極めていたのは事実である。


「だが、次の生誕祭に攻めてくるならあと130日くらいだからな。そろそろあいつの隊とも合同で訓練くらいしておかないとまずくないか?初めて顔を合わせた仲でいざ戦場へ……って傭兵でもあるまいし。」


 それは確かに正論だったが、何しろ動機が「目の前の多忙から一時的にでも逃れ気分転換したい」というものである。そう易々と認めたくなかったが、このままでは仕事の効率が下がるばかりと考えたテアは、ヴェントの協力も得て総指揮官のシャンクを説得しザイール軍主力と華心剛胆との共同演習を実現するに至った。


「この演習が終わりました後は、また政務にお戻りいただききますから。これは脅しているのですが、束の間の休息をぜひ……お楽しみになってくださいますよう。」


 そう言って微笑むテアの顔は美人のものであると同時に、背筋に寒気を感じるものでもあった。しかしブルートとしては領主再任以来、初めて政務のことを考えなくていい日がやってくるのである。演習の日取りを聞き明らかに上機嫌となった彼は、演習当日まで見違えるほど仕事熱心になったのだ。



『ご無沙汰しております、領主殿。この度は無事に再任されたとのこと、まことに喜ばしい限りです。そしてわざわざ演習にお招きいただき、ありがとうございます。』


 フレッドがそうブルートに余所余所しい挨拶をしたのは、この場にシャンクを始め懇意ではない人物も多く居合わせたからである。付け入るスキがないかと目を凝らしているような人々である以上、いつものような軽口を叩き合う会話は不可能だった。


「そちらも、ミツカのほうはうまくやれているようだな。徐々にだが人は増えているそうだし、水道橋完成の報告も受けた。陛下のお眼鏡に適った[銀星疾駆]殿は、内政手腕にも長けているようだ。君を長にと推薦した者はなかなか見る目があるよ。」


 最後は完全な皮肉だったが、それ以外は本心である。シャンクや、フレッドとブルートの分断を画策した首都の次席宰相らもフレッドのことは単なる武人くらいにしか考えておらず、廃墟の街を任されても大した仕事はできないと思っていた。200日ほどで一定の成果を挙げるとは、夢にも思っていなかったのである。


『あれらはすべて、ミツカを復興したいという方々の願いと力が結集したことによるもの。私はそれを形にするため、案を出したにすぎません。それらもすべて出し終わり、あとは実行していくのみです。私のミツカにおける役割は、もう果たされたと申してよろしいでしょう。そこで、長の権限をお返ししたいと存じます。後任はミツカに住む人々が協議した結果、志願兵隊長ソーシャ殿が適任との意見に纏まりました。前任たる私からもかの者を推挙いたしたく存じますが、いかがでしょうか。』


 もともとフレッドにはミツカへの任官を拒否する権限はあったが、反ブルート派を黙らせるために受けた仕事である。それを誰の目から見てもケチがつかないほどの道筋を立てた以上、職を辞しても何か言われる筋合いはない。もちろん、ミツカの住人が反ブルート派になびかぬよう、後任もしっかりした人物を据える念の入れようだ。


「廃墟の街に志願して戻ったほどの者なら、ミツカのために全力を尽くしてくれるに違いない。その推挙を受け、かの者を後任と認めよう。皆も異存ないな?」


 そう言われて、異存があると言えるわけもない。何より、廃墟の時には見向きもせず近寄りすらしなかった者が、復興後にのこのこ出ていったところで街の人間に認められるはずはないのだ。となれば、後任は現地の者から選ぶよりほかなかった。


『それでは、正式に私はお役御免ということになりましたね。ミツカでの日々は私にとっても貴重な経験でありました。任命いただき、ありがとうございます。ところで私の今後の予定ですが、この演習が終わりましたら、故郷のヘルダ村にて私の隊[華心剛胆]の練兵に努めようと思います。』


 ザイラスに残る、と言われるのを反ブルート派が最も恐れていることは承知しているので、フレッドは先にその意思がないことを伝えた。ブルートとしてはザイラスに残らせ仕事の8割を押し付けてしまいたかったが、ユージェとの戦いが近づいているのに内輪で揉めている場合ではないことも理解している。


「もとより、我らザイール政府に君をどうこうできる権限はないからな。むしろミツカの長を快諾し、この短期間で結果を出してくれたことを感謝する立場さ。本当によくやってくれた。また何かを依頼することもあろうが、その時はよろしく頼む。」


 後に、この[皇国兵団長扱い・銀星疾駆]という「ザイールの協力者ではあっても所属の将ではない」立場が大きな火種となってしまうのだが、今はまだフレッドもブルートも同じ道を往く同志であった。そして、二人の目はすでに来たるべきユージェとの戦いに向けられていた。


『では早速、演習を始めるとしますか。我が隊はユージェ軍が使うであろう騎兵戦術も、小規模ながら再現できます。まずはそれを御覧に入れますので、皆様方で対応策などをご検討いただければと存じます。』


 こうしてL1027休眠期76日から5日、ザイラス場外で合同演習が開始される。この演習で騎兵の突撃やその迫力を思い知ったザイール新州軍は、後のユージェ戦に於いても怯むことなく敢然と立ち向かうことができたのだが、フレッドとしても「重装歩兵団を敵に回した場合の、ユージェ側が思い考えそうなこと」を実際に学ぶことができた。ブルートが単に「最近は働きづめだから息抜きしたい」というどうしようもない理由から行われた演習だったが、互いにとって実りのあるものとなったのである。

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