第11話 過ぎ去りし日々を求め

21・北部の要衝ミツカ


『あった、鉱山都市ミツカ。ザイール北部ウィール山脈の麓に築かれた街で、主な産業は高山からの鉱物資源の取引および加工品の売買。北部では最大の経済規模を誇り人口は2万を超えるも、ミツカの悲劇によりその半数ほどが失われた……か。』


 ザイラスの資料館でミツカのことを調べていたフレッドは、ミツカの記述を読み上げながら「あの日」のことを思い出さずにはいられない。ミツカが兵を挙げたと聞いたあの日、フレッドは内心ほくそ笑んだ。北部のミツカに州軍兵の一部が向けられれば、南部のヘルダに向けられる兵も減るからだ。ミツカと協力関係にあったわけではなく、彼らに助けを求められたわけでもないが、その結末はあの惨劇である。自身があの一件とは無関係だと言い切るには、どうしても精神の図太さが足りなかった。


(ブルートさんの話によれば、ミツカの人々は私を仇討ちの恩人だと言っていたそうだけど……すべての人がそう好意的に考えてはいないはず。なぜあの時、自分たちを救いに来てくれなかった。どうして見殺しにしたんだと憤る者もいることだろう。)


 ミツカの悲劇が口火となって叛乱の炎は一気に燃え上がり、南部方面の州軍を破った叛乱軍はザイールの救世主の地位を掴んだ。ザイールの人々は大いに喜んだが、ただ一つの例外がある。ミツカの包囲から「門」の開放までいくらかの時間があり、それまでに叛乱軍が決起していれば北部の州軍が「門」を開かずに撤退し、南部の叛乱軍鎮圧に向かったかもしれない。そう考えたミツカの生き残りの一部は、自分たちが生贄にされたと叛乱軍の首領だったブルートを非難したこともあるのだ。


『結果的にそうなっただけで、最初からその予定だったわけではありません。そもそもあなた方は己の意思で起ち上がり、そして敗れた。我々も同じく己の意思で起ち上がり、こうして勝利を掴んだ。あなた方には足りなかったんですよ。実力も、それを補うための準備も、そして運すらも。それを理由に嫉まれるのは甚だ迷惑です。』


 ブルートや叛乱軍のメンバーに対して、あまりに一方的な非難を浴びせるミツカの男らに腹を立てたフレッドは、彼らしからぬ毒舌で男たちを黙らせた。実際に集めた兵の数や装備にかけた資金はミツカのほうがはるかに上で、ヘルダの私兵集団だった最初期の叛乱軍より優位な立場である。しかし準備が足りず、指揮官の才も及ばず、決起の時期まで悪いことが惨劇につながった。不幸なことではあったが、少なくともこちらに文句を言われる筋合いはないはずである。


「彼らも、自分たちが至らなかったことは分かっているのさ。だが、何かの外的要因もあったからああなったとでも思わんと、罪の意識に耐え切れないんだろうよ。自分が愚かだから惨劇を招いたと。だから悪いのもすべて自分なのだと。そんな、お前みたいに自分すらも公平に断罪するような自己判断を下せる奴ばかりじゃないんだ。」


 その当時、ブルートはそう言って批判を甘んじて受け入れた。公平無私で判断を下さなければならない立場にあり続けたフレッドにとって、自分が悪いと分かっていても他者を非難することで心の平穏を得ようという考えは理解し難かったが、ブルートの過去を聞いた今なら分かる。かつての彼も自分が至らなかったせいで家族を失い、

心を満たすため復讐に走った。仇たる叔父も、その家族もすべてを手にかけ一瞬は満たされたが、後に待ち受けていたのは激しい寂寥感と浅慮の後悔のみである。そういう経験を重ね、成長していけばいつかは分かってもらえるだろうということなのだ。


『いずれにしても、ミツカをこのまま廃墟にしておくのは確かに惜しい。過去を変えることはできなくとも、過去と同じような日々を築くことはできるのだから、恨みを抱く人々にはそのあたりを示して納得してもらうしかないかな。』


 ミツカについての情報をあらかた集め終えたフレッドは、ブルートの執務室に向かう。そこには彼が信頼を寄せる冒険者時代のメンバーも集めてもらっており、この先の生き方にも関わるほどの重要な話をしなければならない。簡単に信じてもらえるかという不安こそあったが、これは伝えておかなければならないことなのだ。


22・永遠の存在


 フレッドに重要な話があると伝えられたブルートらは、実のところそれほど緊張感を持ってはいなかった。ザイールの未来に関わることならもう少し広い範囲の人を集めるであろうし、ユージェが動いたという話もなかったからだ。ブルートは「ついに覚悟を決めて結婚でもする気になったか」と笑っていたくらいだったので、フレッドがプラテーナから聞いた話を伝えた際には完全に狼狽してしまっていた。


『……という訳でして、私たちの未来像にとてつもなく大きなものが加わってしまいました。この話が真実であると証明する術はありませんが、私にはあの方が狂言を垂れ流していたようには見えません。私自身はできるだけのことをしようと考えていますが、皆さまはこの話をどう思われたでしょうか?』


 ブルートらはメンバー間で顔を見合わせるも、口を開く者は誰一人としていない。直接プラテーナという特別な存在から話を聞いたフレッドと違い、ごく身近な男が突然こういう途方もない話をしだすのは、さすがに理解が追い付いてこなかった。


「お前が冗談を言うとも思えんから、その話は事実なんだろう。その上で言わせてもらうと、神というか……永遠になっちまった奴らをどうにかする事は可能なのか?もしそいつらが目の前に現れたとして、対処法がなけりゃどうにもならんからな。」


 フレッドもそれは気になるところだったが、魔導士ギルド[真理の探究者]はその手段を探し出すために設立されたのが始まりである。まだ完璧とはいかないが、ある程度の可能性は見つけ出しているという。


『神霊術の行使を不可能にする禁術[霊門縛鎖]のことは、ザイラスでの戦いの折にお聞きしたと思います。あれを強化発展させたものを、すでに神霊の領域に達した永遠の存在に用いることで永劫不変の輪を断ち切る、とか申されていましたね。私は専門的な術には疎いので、そういうものなのかとしか思えませんでしたが……』


 永遠の存在に対する手立てはあると聞き、一同は余裕が出てきたようで議論が活発になっていった。知的生命の発展に伴う天敵の進化、知的生命同士が争い天敵に付け入るスキを与えた第四界のこと、永遠の存在が夢見た形たる第二界の知的生命など多くの話が出たところで、テアが思い出したようにあることを口にした。


「そういえば、私たちウルス氏族には魂を残す御業についての伝承がありました。今にして思えば、あれはご先祖にあたる第二界の方々の遺産なのかもしれません。魂を天に還さず、別の器に移すことで疑似的にですが永遠の存在になるわけですから、プラテーナ様がお使いになる「記憶の継承」に近いものかもしれないですね。魂となった存在に無礼ということでその御業は封印されましたが、永遠を求める行為という視点で見ますと……確かに知的生命の源泉は同じなのかという気もしてきますわ。」


 マレッドの遠い先祖は第一界のレヴァス種、テアらエノーレの先祖は第二界の住人だった。フレッドやブルートら人間は永遠の存在になる前の人々を模した、第三界から第四界を経て第五界でも続投と考えると、確かに各世界は繋がっている。ただし前の世界が満足できなかったことによる反省から、次の世界が生まれたわけではないあたりに神と呼称される彼らの非業が現れている。


「しかし、我らが存命しておる間に問題が進展するとも思えませんな。かの者が本当に言い伝えの司祭プラテーナだとすれば、何百何千という時をかけて進むような話でありましょう。とりあえずは目先の、国づくりに専念してよいのではないか?」


 そう語ったダウラスは、皇国本領の出身者だけにプラテーナの昔話は子供の頃によく聞かされた。その話におけるプラテーナは裏切りの司祭という位置づけで、皇国の秘宝を盗み去り姿を隠したとされる。当人に言わせれば「わたしに罪を擦り付けそうな輩が100人はおった」ということで、まったくの事実無根なのだという。


「命に触れる身としては、永遠の存在って考えさせられちゃう。そんな世界ならワタシたち治療師はお役御免だろうケド、痛みや苦しみがあるからこそ生きている喜びも感じるわけでネ。でも命を冒涜した罪としても、不変は罰が重すぎる気はするワ。」


 治療師たるマレッドは多くの命を救い、安息のうちに尽きる命も多く見てきた。命あるものが不死を願うことは、死が終焉とするなら自然かもしれない。だが死あればこそ命は輝き、その存在感を力強く放つ。死が介在する余地のない生き様が有限の命より色褪せるものであることは、永遠の存在となった彼ら自身が立証しているのだ。


「わたしは難しいことは分からないのですね。ただこの国が豊かになって、里のみんなも街に出てこられるようになれば……と思ってこれまでやってきたんです。それを壊すなら天敵も、たとえ神様でも許せないです。」


 リリアンよりもさらに年下、まだ15周期のフォンティカに永遠の存在と、彼らの背負う悲哀の話はやや難しいものだったが、彼女なりに思うのは「差別されることなく居られる今の生活を守り抜きたい」ということである。それが叶えばラスタリアは皇国・ユージェ・ザイールの三竦みとなり、二大国が戦い続けるという未来を防ぐことができる。フレッドとしてはそれこそが今後の世界に必要なことだと考えており、目先の幸せを追求するフォンティカの意見には全面的に賛成であった。


『ダウラスさんが申されたように今すぐ何かが起こるという訳ではないでしょうし、フォンティカさんが申される通り、まずザイールの平和と発展を考えましょう。いずれ来るユージェとの戦いまでに、どれほどの準備を整えられるか。我々の未来はすべてそこにかかっていますから。』


 この日の話し合いはこれで終わり、各自が与えられた役割を果たすためそれぞれの持ち場に戻っていった。ブルートとテアは政務の傍ら、来たるべき領主選別の議に備え対策を練っている。ダウラスは新州軍の基礎となる重装歩兵隊の練兵を[夜明けの星隊]と行い、マレッドは新設の救護隊の養成に努め、フォンティカは斥候遊撃隊となった[蒼空の野鶲隊]で軍組織を学ぶ日々を送っている。彼らの姿を見て、フレッドは自身も新たな行動を起こすべきと強く感じた。ミツカ行きを承諾したのも、それが理由の一つであった。



23・かつての門下衆


『私はこの度、廃墟同然のミツカ復興を指揮せよとの命を受けました。三日後にヘルダを発ちますが、今回は私一人で行ってまいります。と申しますのも、どうやら私を陥れようと画策する者らが私を指揮官に推挙したようでして。ミツカは敵地かもしれませぬゆえ、できるだけ身軽な状態で向かいたいのです。』


 いったんヘルダに戻り、私物などをまとめたフレッドは両親と、イーグら家の者に事のあらましを話す。北部最大の街でありながら、叛乱に対する見せしめのために虐殺が行われたミツカ。ハゼルらはそこに一人で向かう息子のことは心配だったが、陰謀が働いている可能性が高いとあっては無理を言えなかった。


「まあ、復興後ならともかく復興前にワシのような大喰らいがいても色々と迷惑をかけてしまいそうじゃからな。ワシらはここでミツカ復興の朗報を待つとするよ。ところであの子……リリアンもやはり連れては行かんのか?」


 フレッドの返事は「もちろん連れてはいけません」というものだった。相手が身代金目的の賊などなら万が一があっても金銭で済むが、単に嫌がらせのためフレッドに身近な人物を害す可能性もある以上、とても連れていけるものではない。


『ただ、悪い話ばかりではありません。ミツカ復興に伴う治安維持のため、州軍に属さぬ独自の隊を持つことが許されました。そこでイーグさんたちにお願いしたきことがあります。ユージェに戻り、仕官を拒否し浪人暮らしをしている一門衆に声を掛けてきていただきたいのです。結果的には彼らを捨てた私に、もう一度ついてきてくれるかは分かりません。ただ、もし呼ばれることが生きる糧になるなら……』


 フレッドはユージェの軍組織を改編した際、最精鋭のハイディン一門衆は引く手あまたで、新たな配置先に困るはずはないと考えていた。そして実際、彼らは多くの隊から誘われたが、任官を拒否する者は多数に上った。ごく少数は新たな配置先でも働けたが、長続きせず辞める者のほうが多かった。それは「神に縋らず魔に頼らず」のハイディン一門衆と、神霊術や魔術の加護が当然という一般的な兵とで価値観に大きな違いが存在していたからである。


「術の加護なくば前にも出られぬ臆病者め!後ろで縮こまっておればよいわ!」

「獣ですら命は捨てぬというのに、貴様らごとき命知らずは獣以下の戦鬼よ!」


 ……というやり取りは、新生ユージェ連合軍では日常茶飯事であった。このような齟齬が生じる中で統一の部隊など作れるはずもなく、数が多い一般の兵を尊重する形でかつてのハイディン一門衆は徐々に表舞台から姿を消していった。武人の道を捨て商人や農民、職人になる者もいたが、山賊などの道を選ばざるを得ない者も少なからずいたため、フレッドは独立部隊編成の権限を手にした今だからこそ、彼らに手を差し伸べたいと考えていたのである。


『すぐに戦いとなるかは分かりませんし、戦うとしたら最初はユージェとなるでしょう。皆さん以外にも人は集めねばなりませんから、訓練が完了するまではかつての我が軍団のようにはいきません。それでも、ユージェとも皇国とも一戦を交え尚武を示さんという心意気を持つならば、我が旗の下で今一度ともに戦おうではないか……皆さんにはそのような感じでお声がけして下さればと。』


 そう言付かったイーグらは、すぐにユージェへと向かった。そしてフレッドもミツカへ旅立つ日が近づいていたが、一つだけ課題が残されていた。ミツカへ一人で向かうという話をして以来、リリアンに顔も合わせてもらえないのである。彼女は連れていってもらえると考えていたのだが、きっぱりと断られたことが気に食わないのだろう。ただ、これを放置したままミツカに発ち後から彼女一人で来られても困るため、フレッドとしてはどうしてもここで納得させる必要があった。


『今回は相手の出方も分からないので、それが判明するまで親しい人は誰一人として連れていけないんですよ。私への当てつけというだけの理由で、君を殺すことだってあり得るんだ。そういったことにまで気を回しながら政務を行うのは厳しいから、私が身の回りを固めるまでは待っていてくれないかな?』


 顔を合わせた瞬間い向きを変え、いつも通りフレッドを避けようとしたリリアンだが、フレッドが本気で追えば逃げ切れるはずもない。あっさり捕まってしまった彼女は、フレッドの釈明を聞いてから重々しく口を開いた。


「……わたしはあの日、先生の夢見る世界を創るお手伝いをしていこうと誓ったんです。だからどこへ行くにも、お傍を離れたくないって思っています。でも、わたしではお役に立てないどころか邪魔だというんですから、仕方ないですよね!」


 ご立腹の原因は役立たずだと思わせたことか。また言葉が足りなかったのかな……とフレッドは後悔するも、それが理由なら打つ手はある。フレッド自身も懸念している問題を、彼女に託すことにした。


『今回は父さんたちも連れて行かないんだ。役に立つ、立たないではなく親しいと思うからこそ君も連れていけないということ、分かってくれないかな。それで相談なんだけど、いまイーグさんたちが長旅に出ていて家には両親がいるのみなんだ。私としては信頼できる誰かに両親のことを気にかけてもらいたいところだけど、適任者に心当たりはないかい。自薦他薦は問わないよ?』


 リリアンの返答は「先生はズルい」というものだったが、それは本来の意味とは違う使われ方をしていた。彼女はフレッドが留守の間はハゼルらを世話することを快諾し、その二人と共にフレッドを送り出したのだ。そしてL1027育成期46日、フレッドはミツカに到着する。かつて北部随一の大都市だったなれの果てたるそれは、見るも無残な姿の城壁と破壊された城門で彼を出迎えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る