第9話 世界の成り立ち

18・全知全能の存在


「時に英雄殿。あなたはこの世界を創造せし神がいるとしたら、それは人をはるかに超越した全知全能の存在だと考えるじゃろうか。誤らず、違えず、万象悉く思うように操る存在であると。」


 そのプラテーナの質問に、フレッドは返答に窮した。もし世界の創造神が真に全知全能だとすれば、ラスタリアが存在する5つ目の世界を創造するというのは話の辻褄が合わないような気もする。最初の第一界は力がすべてで、それに問題があったから秩序を重んじる第二界が生まれた……というのが定説である。そうだとすれば、その時点で全知全能とは言い難い。


『仮に誤らず違えないのなら、幾つもの世界を生み出す必要性は感じられませんね。幾つも生み出した結果、何かが得られるといった遠大な計画があるのかもしれませんが、そうだとしたら私には想像もつかないことです。それを一つの世界で行えないものか……ということも含めてですが。』


 フレッドの返答は満足できるものだったのか、プラテーナはまだ幼いと言える顔に笑みを浮かべて頷く。


「そう。仮に全知全能であれば、幾つも世界を創る必要はなかったのじゃ。しかし彼らは創り続けた。ではなぜ、5つも世界を創ることになってしまったのか。私の中にある始祖プラテーナの記憶には、その理由が克明に刻まれておる。おそらく英雄殿の未来にも関わることゆえ、少々長くなるがそれをお話ししようと思う。」


 そしてプラテーナは、太古の異界の話を始める。そこで生きる人々は極めて発展した法術と技術力を背景に、この世の春を謳歌していた。もはや不可能なことなどほとんどなく、大半は望めば叶うというその状況の中で、人はついに最後の障害を取り除くべく動き出す。


「人は無限の命を手に入れようと考えた。それこそはまさに、人が一線を超え神にならんという最後の欲望。人々の中には、それをすれば人が人でなくなると反対する者らもおったのじゃが、計画はついに実行され、そして成功する。それを望んだ者たちは、無限の命を手に入れたのじゃ。」


 唐突な話にフレッドもリリアンも、シェーファーすらも言葉を失い黙って耳を傾けるのみである。5つの世界の成り立ちや、それにまつわる伝承にもない、初めて聞く話だったからだ。


「しかし、誤算が生じた。いや、考え違いをしていたというべきじゃな。人は無限の命を得るために[永劫不変の法]を編み出し、それに身を委ねた。文字通り「永劫に変わらぬ存在となる」その法は、人に不死不老をもたらすと同時に、成長の機会も奪い去ってしまったのじゃ。何せ「絶対に変わらぬ」というのは「絶対に変われぬ」ということでもある以上、それが道理というものであろう?」


 不老不死の身となれば無限の時間を積み重ね、思い思いの研究なり探索なりの活動を満足いくまで行える。人は「不変の存在」をその程度にしか考えていなかったが、実際は違った。その法に身を委ねた瞬間から時が止まり、退化はないが進化もなく、衰退もないが成長もないという、永遠にそのままの状態となってしまったのだ。


『そんなものはまるで呪縛ですよ。成長が許されず経験も生かせないまま……明日も明後日も、その先すべての未来が現在の自分で在り続けるしかないのなら、どれだけ時間があっても無意味です。そうと分かっていて永遠を望んだわけではないのでしょうけど、まったく哀れな話ですね。』


 多くの人が一度くらいは望むであろう不老不死を、フレッドは「哀れ」と斬り捨てた。永遠を望んだことの結末が酷いものというのもあるが、戦いが日常のように起こるユージェで生まれ育った彼にとって死はいつ訪れても受け入れるべき運命であり、それに至るまでの生き方がその人の価値を示すものという信念があった。ゆえに和平を信じ若くして散った兄を、人は敵を信じた愚か者だと蔑もうとも、フレッドは信念を貫いた人物として今も尊敬している。限りある命をどう燃やし尽くすか。ハイディン一門衆にとっては、それが死生観の大元を成していた。


「英雄殿の申す通り、不変の存在となった者らの多くはその期待と違った永遠に絶望し、いつの日か自分たちを救ってくれる存在が現れると信じ思考を停止した。意識を保っていては無限の牢獄という現実に直面してしまい、とても耐え切れるものではなかったのじゃ。だが、彼らの中にはそれをしなかった者たちもおった。彼らは自分たちを滅してくれる存在を求め、それを作り出そうと画策する。彼らは無限とも思える時間を費やし、ついに一つの結果を得た。猛きもの集いし世界、ここでは第一界と呼ばれるものじゃな。ようやく話が繋がってきたじゃろう?」


 では創造されし5つの世界は、創造神が自分たちを救うなり滅する存在を生むために作られた、いわば孵化場とでもいうのか。彼らのおかげでこうして存在しているのだとしても、さすがにそれは面白くない話ではある。そしてもっと根本的な問題として、世界を創り出すような存在を人がどうにかできるとは思えないことがある。


「第一界は彼らを滅する存在を求め、力が重視された。しかし第一界の者らは彼らなぞどうでもよく、彼らを滅する力を有す実力者は誕生したが見向きもされんかった。第二界では自分たちを[永劫不変の法]から解き放つ術を探究させるため、争いがなく寿命も無限に近い種族が住まう世界となった。しかしそこに生きる彼らは長命といっても限りある命で、長き生を全うし満足のうちに世を去っていった。彼らが最初に望んだ姿に近いものを見せつけられるという、皮肉な結果に終わったのじゃ。」


 聞けば聞くほど、全知全能の存在とは程遠い……まだ若いリリアンですら、いわゆる「神」に同情めいたものを感じていたが、話はまだ途中である。何しろ世界はまだ3つも残されているのだから。


「彼らが第三界で行ったのは、永遠になる前の自分たちを再現すること。言わば末裔たちに自分たちのところにまで至ってもらい、問題を解決できないかと考えたのじゃな。これはなかなかの妙手じゃったが、一部の者が道を誤り世界を破滅させてしまった。積極的に知恵や技術を与え発展を急がせた結果、抑えが効かず暴走したのじゃ。それでも一界から三界までを見比べれば、三界にはその前の世界より可能性を感じさせるものがあった。そこで、暴走を阻止する存在……知的生命の速すぎる発展を抑えることだけが目的の、生物として歪んだものどもが誕生した。第四界から出で、この世界にもおる「天敵」の連中じゃ。」


 その先は、フレッドたちも伝承でよく知っている。第四界の知的生命は最終的に、天敵の力に抗しきれず絶滅してしまうのだ。その主な原因は、本来共通で当たるべき天敵という存在がありながら知的生命同士でも限られた資源を巡って争い、その争いが結果的に知的生命の発展を促し、それに比例して天敵の力も強大になっていったからである。そして大幅に数こそ減らしたが、争いには勝ち残った知的生命が過ちに気付いた時、すでに知的生命と天敵の勢力差は挽回不可能なほど大きくなっていた。


「第四界に比べれば「天敵」どもの出現確率は抑えられておるものの、彼奴らが「知的生命の発展に比例して力を増す」という基本的な部分は変わっておらぬ。この世界に知的生命が根付き、国という規模で営みを始めてから1000周期ほどしか経過しておらぬゆえ、まだ「天敵」どもの活動はごく稀といった程度じゃが、徐々にその活動は勢いを増していくのじゃろうて。」


 そしてこの第五界は、知的生命が術という力を得ている。伝承によれば第三界や第四界の知的生命に術はなかったというが、もしそれが存在することによりこの界の知的生命が過去の知的生命より発展するのなら、天敵の脅威もそれだけ大きくなるはずである。つまりこの第五界は、第四界で敗れた天敵に打ち勝って見せろ……ということが目的で作られたのだろうか。フレッドは疑問をぶつけてみた。


『我らに求められしは、天敵に打ち勝つことでしょうか。そしてそれを成し得ること叶えば、いずれ人は神の領域にも至り……彼らを救うなり滅すなりできると。しかし我らが第一界の者らのように、もし彼らの存在など気にかけなかったらどうなるのです。次の世界が新たに生まれるだけなのでしょうか?』


 その答えは、プラテーナにも分からなかった。新たな世界に望みを託すかもしれないし、彼ら自身が人々の前に姿を現し、否が応でも自分たちに目を向けさせようとするかも知れないのだ。一つ確かなことは、悠久ともいえる時が流れた結果、意識を捨て去り自ら停滞の道を選ぶ者が増えているということ。何をやっても無駄な努力であり、自分たちは永遠にこの停滞から逃れることは叶わないと諦める者がさらに増えつつあるということだった。


「無限の刻と、世界をも生み出す膨大な知識と力。それらを兼ね備えていても、己の命すら自由にできぬというのだから皮肉なものじゃ。しかし彼ら自身が分を弁えずその道を選んだのだとしても、かような無限の責め苦を味わわねばならぬほどに罪深かったとは思えぬ。彼らも最初は人で、人は過ちを犯すものなのだから。」


 そして彼女は「食事などの休憩を取った後、皆の質問を受け付けよう」と言い席を立つ。フレッドにも彼女に対して質問したいことは山ほどあったが、よくよく考えれば知り得たところでどうにもならない筋のものが多すぎた。ゆえに、質問は「自分がこの問題で何かできるのか」というものだけに絞ることにしたのである。



19・永遠牢獄の看守


『では私からお訪ねします。あなたは何故、私たちにこの話を聞かせて下さったのでしょうか。ここに来る前にお会いした皇帝アヴニール殿は大層な名君でありました。これは彼のような国を動かす立場の方にこそ、お話すべき内容のものと考えます。ユージェにいた時ならいざ知らず、今の私では……』


 実際のところはユージェの要職に就いていた際にこのような話をされても、おそらくはただ困惑するのみだろう。あの頃はまだ知らないことも多く、なにより「では神を助けるなり討つなりするため人類みんなで頑張りましょう!」などと言えるわけもない。聞くだけ聞いて一しきり感心した後、忘却の彼方へ追いやるのが関の山だ。


「それは英雄殿が「神に縋らず魔に頼らず」という思想の持ち主だからじゃ。皇帝アヴニール殿が名君であるとの話は私も聞いたが、皇国の民は多くがクノーツ教団に属し神を信じておる。それは皇帝とて同じで、そのような者らに先ほどのような話をしたところで「神を愚弄している」としか受け取って貰えぬじゃろう?」


 そのため初代プラテーナはクノーツ教団の司祭となり、教団の教えから変えていこうと画策するも失敗し、皇国から逃れる身となった。術の力は即ち神の力の顕現と感じている人々には、神を信じる以外の道はなかったのである。


「いずれは彼らも、真実に行きつく日が来よう。この世界は、神となった彼らに追いつき並ぶための試練場なのじゃから。そしてそれは、ユージェとて同じこと。まだ生まれたばかりのあの国が、この先どのような道を経て神と対峙するのか。私はこの地にて、両者の行く末をただ見守るのみじゃ。」


 ここまで聞けば、フレッドには自分に話が向けられた理由に予測がつく。つまり自分は真実を知る人間として、ほんの些細な結果に終わろうとも構わぬから「神を絶対視しない」考え方を広めろというのだろう。そして、皇国とユージェが争い続けるという未来を防ぎ、第四界の二の舞だけは避けろと。


『私や友人の夢が叶えば、皇国とユージェが争い続ける未来は防ぎ得るでしょう。両者に加え私たちの三竦みとなれば、うかつな動きを見せた者が他二者に集中攻撃を受け危機に陥るからです。そうして均衡を保ちつつ緩やかに発展していけば、天敵の急速な強大化も抑えられ、自滅さえ防げば人はいずれ神と対峙することも叶う。私には人々がその道へ至る標になれと……そういうことなのですね。』


 プラテーナは「理解が早くて助かるよ」と言って笑ったが、フレッドとしては「自分たちの夢にとんでもないものが乗っかってきた」という思いである。しかし彼女がそこまで神のことにこだわる理由は何なのか。その疑問は、続くリリアンの質問で解消されることとなる。


「次はわたしから。あの、プラテーナさんは神とは違うんですよね?でも、同じくらいに多くのことをご存知で、どういう方と考えたらいいか分からなくて……」


 記憶は引き継ぐものの人自体は変わる以上、時が停止した神と違うということは確かだが、記憶を引き継ぐ術などを使える時点で明らかに普通の人間ではない。また、神となってしまった彼らのことを深く知り得るのも、この世界に生まれた者には不可能なことである。彼女が異界の出身であることは明らかだった。


「永遠を求めた彼らとは、別の道を選んだ者らがいた……という話を最初にしたじゃろう?私のご先祖は、その別の道を選んだ者らというわけじゃ。もっとも、始祖の記憶にすら残っておらんほどの遠いご先祖で、いま私の記憶にあるのはご先祖の教えだけ。それは、彼らの愚行を止められなかった「かつての同胞の責」として、彼らの救済ないし討滅を行うべし……というものなのじゃ。」


 そして彼女には、始祖を含め143名の「プラテーナ」を引き継いだ者たちの記憶があるのだという。始祖が女性だったこともあり、情緒不安定になる可能性を考慮し引継ぎは女性に限ってのことだが、目的が果たされれば引継ぎは行わず自然のままに消滅するのだという。別の意味で、彼女も永劫不変の犠牲者であった。


「では、僭越ながら私からも。彼らは第一界で目的が果たされず。第二界を創り出しました。第三界での失敗を踏まえ、第四界が創られております。永劫不変の法により成長し得なくなった彼らが、失敗を糧に成長しておるように思えますが、これには如何様な理由があるのでしょうか?」


 シェーファーの疑問は、やはり魔導士だからか起こった現象について違和感を感じた部分のものであった。フレッドもリリアンも「言われてみればそうだ」と思えど、自身からその意見が出る知識的土壌を持ち合わせてはいなかった。


「そうじゃな……皆にも分かりやすく料理に例えると、彼らは第一界という煮込み料理を作ったが失敗した。普通であればなぜ失敗したか……煮込み時間だとか、チャロの実を入れてしまったなどの理由を考えるじゃろ。だが彼らは、それができない。別の鍋と材料を用意し、次は焼き物の料理にするかとその場の気分次第で変わってしまうのじゃ。なにしろ、失敗したことを覚えておらんのだから。ゆえに、結果だけを見れば失敗を糧にしておるように見えるが、偶然の産物でしかない。記録に残るほど形を成したのは5つというだけで、有象無象も含めれば1000の世界はあったのじゃ。」


 さりげなく「煮込み料理にはチャロの実を入れるな」というメッセージを忍ばせつつ、プラテーナはシェーファーの疑問に答える。そして彼女は、魔導の道を歩む者への警告も付け加えた。


「今日の記憶を胸に床へ入り、翌朝からはその記憶を己の糧にできる我らと違い、彼らは寝て起きたらまた前日の彼らなのじゃ。これが延々と終わることなく繰り返されるのじゃから、げに恐ろしきことよ。我ら魔導を往く者は、確かに人より多くを知る機会が得られる。しかしそれに溺れ、分不相応の望みを抱いた結果がそれじゃ。永遠というものに縛られておるのは私も同様じゃが、それでも彼らに比せばずいぶん楽しく生きられておる。それもこれも、人であるという最後の一線は越えなかったからゆえ。お主もそのことは肝に銘じ、真理に至る道の追及に励むことじゃな。」


 真理へと至る道は長く険しい。それは人の一生では届かない世界に存在するものであることを、彼女は知っている。そして、そのことに嘆き永遠を手にしようと画策した者たちの末路も。しかし、人は伝えることができる。プラテーナのように記憶そのものを引き継ぐことはできなくとも、後継者を育て自身の研究を継がせることはできるのだ。死により研究が途中で終わることを恐れ、人であることを止めるという最後の一線を越えてはならぬというのは、ギルドにおける絶対順守の掟であった。


「さて、本日はこれくらいにしておこうか。この地には来賓用の宿といったものは存在せぬゆえ、英雄殿たちはシェーファー宅の一室を借りてもらおうと考えておる。赤子もおりちと賑やかかも知れぬが、下界ではよくある光景じゃろうから問題はなかろう。シェリーが片付けをしておるということだが、もう済んだじゃろうか?」


 そう言い終えると、プラテーナは大きなあくびをする。知識的には超越者の領域に至っていても、肉体的には10周期の女の子である。もちろん体力も相応で、夜も更ければ自然と睡魔に襲われてしまうのだ。


『本日はお招きいただき、ありがとうございました。この出会いが私の人生における転換点の一つとなることは疑いようもない、と断言できましょう。ただ私どもにも使命がありますれば、明日にはこちらを発とうと考えております。出発前にまた、ご挨拶にお伺いいたします。』


 フレッドはそう告げ、館を後にする。ここでの経験はかけがえのないものではあるが、自分たちの居るべき場所ではない。どれだけ居心地よく感じようとも、やはり人は在るべき場所に戻らねばならないのだ。フレッドたちはシェーファー宅に通され、そこで夜泣きによる定期的な睡眠妨害を受けつつも、完全に安全な場所で眠れるという喜びに包まれながら夜を明かしたのだった。

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