第7話 運命に抗い得る者

15・白銀宮での邂逅


「急に呼び立てて済まぬな。卿らとは今一度ゆっくりと話をしたいと考えていたのだが、出立が早まったと聞きこうして足を運んでもらったのだ。」


 皇帝の御所[白銀宮]に通されたフレッドとブルートは、アヴニール自らの案内で応接室に通された。皇帝の傍らにはメイローの弟でもある老執事ヘッパーと、皇帝の妹で皇位継承権第一位のアヴェリア=レ=シア=シルヴァンスの両名がいる。若き皇帝の両親はすでになく、従兄弟らの外戚は首都を守るように配置された近郊の都市を預かる役を受けているため、この両名とメイローが皇帝にとっての家族であった。


「お初にお目にかかります、ブルート辺境伯と[銀星疾駆]のフレッド殿。わたくしはアヴェリア=レ=シア=シルヴァンス。外でお会いすることもないでしょうけど、ここではシアとお呼びいただいて構いませんわ。」


 高貴な立場の相手にそつなく挨拶を返しつつ、フレッドの頭を最初によぎったのは「いかにもブルートさんが好きそうな美人だ」ということだったが、相手が相手ということもあり、さすがの彼も自重しているのだろう。普段を知っている人間からすれば、今のところはかなり控えめであった。


「此度は我ら両名をお招きいただき、まことに恐悦至極にございます。して、お話の件とはいかようなものにございましょう?」


 フレッドとブルートはここに来る竜車の中で、個人的な用件とは何だろうと知恵を絞り合ったが答えを導き出せなかった。昨日に初めて顔を合わせた皇帝とは個人的な話をするほど親しいわけではなく、ザイールのことや乗り比べのことはすでに話し尽くした感がある。いくら考えても呼ばれる理由が思いつかないのだ。


「まあ、まずは座るがよい。公務ではなく世間話をしようというのだ、ここではそう畏まらんでもよい。では最初に、あの日の話をするか……」


 そして皇帝が語ったのは、次席宰相ウェルテの催しのことであった。彼はあの催しに仮装客の一人として参加し、安全なはずなのに偶然にもアクシデントが起こった二人の戦いも見届けたという。


「余も人の上に立つ身として、一廉の武芸は身に着けておるが……準備もなくあのようなことになれば、対処できたかは分からぬ。その点、卿らの戦いぶりは実に見事であった。ウェルテの悔しがる顔を見てやれなかったのが残念なくらいに、な。」


 その口ぶりからは、明らかに好意を持ってはいないことが分かる。ウェルテの側が改革派の皇帝を忌避するように、皇帝も頑固な保守派のウェルテらには「頭の固い分からず屋」という思いがある。とはいえ、それらの保守派すべてを政治の中枢から追い出すことは難しかった。皇帝と言えども定められた法は守らねばならず、保守派の手によって伝統を守ってきた皇国は、保守派に有利な法も多かったからだ。


「確かにわが国は建国以来およそ1000周期、伝統と格式を重んじこれまで歩んできた。しかし南西部ではユージェなる連合国家が誕生し、大陸は二大勢力が競う時代に突入しようとしておる。この1000周期になかった状況となった以上、我らもこれまでと同じままでいいという道理はないのだが、彼らはそれを理解しようとせぬ。」


 その連合国家が誕生した原因とも言うべき人物が目の前にいるとは思わず、皇帝は心情を吐露する。それを聞いたフレッドは、もしこの皇帝がユージェ王として生を享けていてくれたなら、ユージェに留まり夢を叶えることもできたろうに……と考えてしまった。もちろん、そう願ったところで現実は変わらないが。


「私の故郷……南部のヘイパー州も今は争乱の兆しが見え隠れしていると、新領主グロウより聞きました。奴隷を禁じていたヘイパーだけは平穏なれど、周囲の州は過去の奴隷狩りへの憎しみから争いが絶えぬと。それらもすべて、ユージェという亜人種たちにとっての希望が生まれたからに他なりません。しかしそれ以前に、伝統だからと奴隷狩りに勤しんでいた者たちは己の不明を恥じるべきなのです。ユージェが誕生してもヘイパーが無事なのは、伝統を無視し正しき道を歩んだ結果なのですから。」


 しかし正しい道を歩んでいたはずの両親は、奴隷という伝統にこだわる叔父に殺害された。弟や妹、使用人たちと共に。ゆえにブルートは、悪しきものでも伝統なら何であれ固執する人間……ウェルテのような保守強硬派には激しい憤りを感じていた。


「卿の家はヘイパーをよく治めていたと聞く。その時に余が皇帝であれば卿にも違う処遇を命じてやれたと思うが、おそらく余計な世話であったろう。現にこうして、卿は己の力で運命を切り拓き舞い戻ったわけだからな。」


 そう告げ終わると「そして」と前置きして皇帝アヴニールはフレッドに向き直る。当然フレッドにも話があるからこそ、ブルートだけでなく自分も呼ばれたのだろう。二人はここへの道中に話し合った際、フレッドには乗り比べ関連の話があることを予測していたが、実際はもっと踏み込んだ質問だった。


「お主は、皇国出身の人間ではあるまい。ここで出自を問うつもりはないが、わが国であそこまでレック種を乗りこなせる人間といえば南西のトゥー族くらいだ。しかしお主は身体的特徴がトゥー族とは違い過ぎるし、何より彼らは辺境を転々とし人里に近寄ろうとはせぬからな。」


 そこまで気付かれているならと、フレッドは自分がユージェ出身であると白状することにした。もっとも、生い立ちは隠しテアの身の上を借りて「統一の際に政争に敗れ落ち延びてきた」と、脚色を加えた話になってはしまったのだが。


『ユージェでは騎乗して戦うならレック種の騎兵が主流ですから、私は確かに皇国の方よりは乗り慣れています。一方で、ガーレ種を騎兵に仕立てるという発想は皆無でした。ユージェにはあの巨大なアヴニアが存在しないということもありますが、やはり多種多様な地形の踏破力も含めた機動力を重視して騎兵隊を編成しますから……』


 ガーレ種は四肢が短めで、四足歩行であることも手伝って安定性は高く力も強い。しかしその四肢の短さが、高低差や荒れ地に対する適応力を下げている一面もある。

先の乗り比べでも、アヴニアが最も時間を浪費したのは段差越えを強いられる空堀を越える障害であった。


「そうか、ユージェではお主のような乗り手が多いというのだな。いずれ訪れるであろう戦いに向け、アウデンにはお主との乗り比べを参考に軽騎兵への対処法を考えさせるとしよう。他にも、なにか気になる点があれば申してみよ。無論、言える範囲で構わぬ。去ったとはいえ、お主にとってユージェは故国であろうからな。」


 皇帝が広い度量の持ち主であることは、ユージェの話が出てからの妹や執事の困惑ぶりを見ればよく分かる。二人はユージェ出身の話が出た瞬間にフレッドへ警戒の眼差しを向けたが、若き皇帝といえば意に介してもいない。


『ではそのお言葉に甘えまして、言上奉ります。私めの見立てではそう遠くない未来に、ザイールに対してユージェの侵攻が行われると推察されます。その理由は、前回に起こった小競合いの中で敵軍に見知った顔があり言葉を交わしたところ、野心的な人物が政治の主導権を握ってしまったと申していたからであります。』


 本当は自分に恨みを抱くからというどうしようもない理由なのだが、さすがにそれを言うことは憚られる。仮に言ったところで、おそらく信じてもらえるものでもないだろう。私怨で兵を死地に追いやるなどはそれくらいにひどい理由なのだ。


「前回はその下調べというわけか。ザイールは辺境州と言えどわが皇国の勢力下にある州。それに攻め入るとあらば、我らとしても看過し得ぬ。開戦に間に合うかは分からぬが、西方へ至る主要街道の整備を進めさせるとしよう。火急の知らせを送る狼煙台を備えた駐留砦も合わせて築かせておけば、増援の進発も早まるであろう。」


 それでも20日くらいは卿らで耐えてもらわねばならぬがな……とやや申し訳なさそうに皇帝は付け加えたが、フレッドにしてみれば十分すぎる対応を取ってもらえたと言い切れるものであった。


『増援到着まで持ちこたえる件につきましては、どうぞ我らにお任せください。出自はユージェであっても、今の私はザイールが故郷なのです。故郷のため、ひいては皇国のため……粉骨砕身の覚悟で臨むことお約束いたします。』


 ようやく、この皇帝に嘘偽りない言葉を話すことができた。相手の真摯な対応に対して、真実を言うに言えないフレッドはもどかしさを感じていたが、ザイールのヘルダ村が今の故郷である……というのは疑いようのない真実なのだ。


「さて、名残惜しいがそろそろ時間か。卿らのような者たちも能力と働き次第で皇国の政治に関われるよう、いずれは法を改めるつもりだ。そうなった暁には、卿らの見識を余と皇国のために役立ててほしい。それとブルート卿。卿は確かあの催しで剣を失ったのだったな。ウェルテに一泡吹かせた褒美として、余から一品を授けよう。」


 そう言ってヘッパーに目線で合図を送るとヘッパーが退出し、一振りの剣を携えて戻ってきた。それは皇室所有の剛剣で、名を[衰運逆天]という。片手で使うには長く重く、両手で扱うには短く軽い。いかにも中途半端な立ち位置が使い手の運気を下げるという評価により[衰運]の名を付けられたいわく付きのものだが、刃や刀身自体の出来は珠玉のものであり、使いこなせれば天にも逆らい得るという。


「いわくつきの品だが、卿の膂力であらば使いこなせよう。それにこの剣なら褒美として授けても保守派の者どもは騒がぬだろうし、衰運極まり一度はどん底にまで落ちても、そこから這い上がった卿にこの剣は相応しかろう。今後も卿らには過酷な運命が立ちはだかるであろうが、見事それに抗って見せよ。期待しておるぞ!」


 こうして皇帝との会見は終了し、フレッドとブルートは帰路についた。それぞれ思うところは色々あったが、口に出たのは皇帝のことであった。


『こちらの君主はたいそう聡明な御仁ですね。ユージェ王……今は形式だけの連合盟主となられたかつての私の主も、聡明ではありましたが政治には興味を持たれていませんでした。人それぞれですしそこを比べても無意味ですが、臣下に問題を抱えているのはどちらも同じようで……』


 かつてのユージェ王ラゴスが政治に興味を持たなかったのは、ユージェには武のハイディン、智のベルトラン、政のダルトンという三本柱があり、王はそれらの献策を判断する見識さえ身に着けておけば国は安泰という王家の家訓があったからである。その理由の一端を担ったフレッドとしても旧主を悪く言う気はなく、むしろ趣味の彫刻や絵画に才を発揮した芸術家肌の温厚な王は好意を持てる主だったが、暇乞いをして父を伴い最後の挨拶に訪れた際は「これで話し相手はいなくなった」と、物悲しげに言われたことが強く記憶に残っている。


「そうだな。俺も官職につく前に追放となったゆえ陛下とお会いするのは今回が初めてだが、あの方が舵取りをなさるならこの国の未来は安泰かもしれん。ただ、お前の言うように陛下のお考えとは相反する思想の輩がいるのは確かに気になるがな……」


 この時に感じた二人の不安は、後に厳しい現実となって形を成す。しかし現段階では問題も表面化しておらず、首都シルヴァレートは普段と変わらず豊かで美しい街並みを誇り、その様子はまさに平穏そのものであった。



16・不倶戴天の敵


「よく参られたな、ザイールのシャンク殿。出立が早まったと聞き、急なことで相すまぬが足を運んでもらったのだ。」


 そう言ってシャンクを応接室に通したのは、皇国次席宰相ウェルテである。フレッドらが皇帝との会談に臨んでいたまさに同時刻、ウェルテはシャンクを呼び出していたのだった。


「私はな、あの新領主ブルート=エルトリオのやり様は皇国の伝統に傷をつけるものだと考えておる。その意見を是とした陛下にも困ったものだが、まだお若く意気盛んともなればある程度は仕方のないところだろう。だが、それゆえに愚策を言上奉るような輩は我ら忠臣が遠ざけねばならぬ。言葉の意味は分かろう?」


 それは半ば恫喝に近いものだったため、シャンクとしても否応なしといったところである。もっとも、彼や彼を派遣した主は反ブルート派のため、ウェルテの考えには全面的に賛成だった。しかし正式に領主に就任した以上、ブルートにはうかつに手出しできなくなってしまったのも事実であり、シャンクとしても主に経緯をどう報告するか迷っていたところに、思わぬ相手が協力者であると知ったのだ。


「私も次席宰相様と意見は同じです。あの者は自分が人気者と知ったうえであのような献策を行い、陛下にも民にも選ばれたことを大義名分にして支配体制を固めるつもりであるのでしょう。そうなれば前領主ゼニス=キーヴォを上回る力を持つ領主が誕生することとなり、もし道を誤っても正せる者がおりません。それだけは、どのような手を使ってでも阻止せんと我が主は考えております。」


 もしこの場にフレッドやブルートがいたら「そういう見方もあるのか」と一しきり感心した後、すぐに「君らの物差しで計るのは止めろ」と切り返しただろう。それくらいに的外れな意見だったが、ここで彼らにとって重要となるのはフレッドらが「実際にどう考えているか」ではなく、ウェルテやシャンクらが「どう思っているか」なので、お互いの距離はますます離れるばかりである。


「おお、ザイールにも道理を弁える硬骨の士がおるようでうれしい限りじゃ。しかしお主の言うように、あの領主が救世主などと崇められているうちは容易に蹴落とすことはできまい。そこでじゃ、次回は無理としてもその先にあるであろう領主決定の儀に勝利するため、お主らには工作資金などを用意すると約束しよう。」


 最初はゼニスに投資した資金の回収が目的だったが、ブルートの考えと行動を目の当たりにしたウェルテにとって、ブルートは並び立つことのない不倶戴天の敵となっていた。その敵を叩き潰すためなら、辺境で買収工作をするための資金提供などは惜しくもない。ウェルテの言葉に、シャンクも主へのいい土産話ができたと喜ぶも、話にはまだ続きがあった。


「それと、あの騎兵の男……あ奴をブルートの側に置いてはならん。あれは二人でいるとお互いを高め合う性質の者らだ。陛下より二つ名を拝命した以上は、これまでのように無位無官というわけにもいかぬだろうが……そうじゃ、お主らの州には確か異界の者の手で滅んだ街があったな。そのまま放置しては賊や獣の巣窟になるとでも理由をつけて、あの者を担当者に据えてしまえ。武芸の心得があることも理由に沿えれば、話をまとめやすくなろうて。」


 含み笑いをこぼしつつ語るウェルテの話に、同じく笑みを浮かべながらシャンクは賛同する。こうして、思想が食い違う相手の一方的な思い込みのおかげで、フレッドはまたしても自身のいない場所で未来の方向性を決められてしまうのであった。



「では俺たちは先に出立する。なるべく急いで戻るつもりだが、次に会うのは育成期も半ばに入ってからだろう。中央山脈にある連中のギルドがどうなっているか、未知数なところも多いゆえ十分に注意しろよ。リリアンが一緒ならお前も無茶はできんだろうが……お嬢ちゃん、こいつのお目付け役を頼んだぞ。」


 そう言い残して、ブルートはグロウらとヘイパー州を目指し旅立って行った。シャンクとヴェントらのザイール使節団も帰途につき、残るはフレッドとリリアンの二人のみである。フレッドはリリアン用の騎竜を用意し、荷物を運ばせるための騎竜も含め3頭での旅支度を整えた。


『さて、そろそろ私たちも出発しましょうか。ここから南西の街道沿いに20日も進めば、中央山脈が見えてくるということです。そこまでは街道沿いの宿場町もあるでしょうから野宿とはならないでしょうけど、山脈に近づいたらどうなるかは分かりません。それに向け騎竜や護身用の小剣くらいはそれなりに扱えるようになっておいてもらいたいので、合間合間に訓練を挟みますが……よろしくお願いしますね。』


 リリアンとしては二人旅という時点で舞い上がっており、満足にこの話を聞いてはいなかったが、実際に訓練が始まると「命に関わることだから」と想像以上に厳しく驚かされることとなる。しかし彼女はよくついてきて、フレッドも「十分に人並み」と褒めるくらいには技術を身に着けた。L1027開墾期80日に首都シルヴァレートを出発したフレッドたちは、開墾期99日に山脈の麓に到着する。かつてシェーファーらに伝えられた魔導士ギルド[真理の探究者]の入り口を探す旅が開始されるのだ。

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