第4話 保守と改革

8・持つ者と持った者の相違


「あれは皇国親衛隊が訓練で使う木像でな。本来は霊術で動くものなのだが、不良品ということで本日のためにもらい受けたのだ。それが暴走するとは想定外のことであり、迷惑をかけてしまったことは謝罪いたそう。」


 ウェルテの「暴走」という話は明らかにウソだったが、それを追求できる証拠は存在しない。非難したところで簡単に言い逃れされる以上、ここは矛を収め貸しを作っておくほうが賢いというものだ。


「さすが皇国が誇る親衛隊ともなると、あのように強力な傀儡を相手に日々の鍛錬を積むのですな。私どもでは、その動きを止めるだけで精一杯。まだまだ精進が足りんとの思いを新たにするばかりであります。」


 ブルートは敢えて暴走したことには触れず、この一件は「水に流してやろう」との意思を示す。ウェルテのほうも詰問されるとは考えていなかったようで、両者とも会話を進めながら表面上こそ穏やかに笑ってはいたが、心から笑っているのではないことは誰にでも気づき得たことだろう。


「お主はかつて、ヘイパーの領主だったエルトリオ家の者であるな。あの一家に起こったことは当時、首都でも話題になったものよ。それがおよそ10周期後にこうして舞い戻るというのだから、運命とは面白き趣向を用意しておるわ。」


 さっそく来たか……とフレッドもブルートも心では身構えるが、正式に追放のみの処分が下され行き着いた先のザイールでこうなった以上、そのこと自体で問題になることはない。目で「うろたえることはない」と訴えつつも、フレッドは余計な口を差し挟まなかった。今はまだ、自分の出番ではないのだ。


「そのご意見にはまったく同感ですな。故郷を追放処分とされ、各地を旅しながら困難に直面した人々を助け禊とせん……という生き方を選んだ結果がザイールにおける一連の騒動なのですから。しかし民衆は喜び、監察官殿にも我らの義をご理解いただくことが叶い、こうして陛下にも御認可いただく僥倖に授かるとは、確かに面白き人生の趣向にございます。運命とやらに決められたかは、判断つきかねますが。」


 俺は自分で選んでこうなったのであって、運命に任せてこうなったのではない。そういう意思が込められた言葉であり、ウェルテもそれは感じた。しかし同時に、自分とは相容れない考え方であることも悟る。皇国がおよそ1000周期もの長きに渡って繰り返してきた、上流と下流の階級差社会。それを守るという保守的な考えがこの男にはない。だからこそ、領主に逆らい叛乱などを起こしたのだと理解した。


「それでお主は、ザイールの未来をどう考えておるのかな。ヘイパーも、本領でありながら奴隷を禁止したりとなかなかに変わった統治をしておったが、お主もそれに倣うか。それとも皇国の伝統に倣う形で統治を進めるか?」


 思いのほか踏み込んだ質問が来たことで、ブルートも一瞬フレッドを見やる。フレッドは相変わらず口を開くことはなかったが、ただ頷いて返してみせる。相手は皇国でも有数の地位についている人間だからこそ、自分たちの描く未来を知らせておくべきなのだ。その結果、相手が敵に回るのだとしても。


「此度の御認可につきまして、実は陛下にお願い申し上げようと考えていることがございましてな。私は民衆のために起ち上がり、解放後は領主不在だと多くの不都合があればこそ代理として尽力いたした次第。しかし正統な後継者でもない私が、混乱後の統治をうまく進めたからといって御認可いただけば、同じように私を打倒した後に統治をこなし、陛下より領主を拝命せんとする者が出ぬとも限りませぬ。」


 前領主を打倒したブルートが、その後の統治に成功したから正式な領主になる。ならばブルートを打倒した後にうまく統治すれば、次は自分に領主の座が舞い込んでくるのではないのか。そう考えて皇国各地から野心家や、それに率いられた傭兵団なり無法者集団なりが集まってきてはたまったものではない。そこで、ザイールではもうそのようなことが起こらぬと、誰の目にも分かる形で広めねばならぬのだ。


「あり得ぬ!貴様ザイールの領主はザイールに住まう者の総意を反映した人物を選ぶよう、陛下に言上奉ると……そのように申したのかっ!?」


 ブルートは自身の領主就任が叛乱による簒奪で、それを皇帝に認めてもらうようなやり方では混乱が繰り返されるとし、それを絶つために従来とは違う方法で領主を選ぶ必要があると考えていた。そこにフレッドの夢見た世界の話を聞き、自身の思いと融合させた結果が「新領主はザイールの民で選ぶ」と皇帝に願い出ることであった。しかしこれは「領主は皇帝に派遣されるもの」という長らく続いた伝統を覆すものであり、保守的な考えを持つ上流階級の人間にとっては受け入れられるものではないのだが、ウェルテには悪い予感しかしなかった。現皇帝アヴニール=ラ=バルザ=シルヴァンスはまだ26周期の意欲溢れる若き改革開放派の皇帝で、いかにもその意見を受け入れそうだったからだ。


「貴様も追放になったとはいえ、元々は領主の家に生を享け育ったのだから分かるであろう。民を率いるべき立場の者は限られるのだ。支配者は、人気がありさえすれば誰がなってもよい職ではない。しかし伝統を理解できぬ者に、辺境といえども州一つを預けるわけには参らんな。陛下には、私のほうから貴様は不適格であったとお伝えしよう。早急にこのシルヴァレートより立ち去り、放浪暮らしに戻るがよいわ!」


 この日の会談はこれで終了し、ブルートとウェルテはお互いが不倶戴天の間柄であることを改めて確認するに至る。そしてこの両名の対立が後に、ラスタリアの歴史を塗り替える大事件に発展するが、今はまだお互いに「救いようのない大バカ者」程度の認識でしかなかった。



9・ところ変われど


「奴はやはり保守派か。奴の言い方を借りれば「民を率いる立場の者は限られる」ということだが、では民の手で退場に追い込まれたゼニスはどうなる?あいつには領主の資格があったはずだろう。だが、奴は去った。資格がない人々の手によってな。ゆえに俺は、主催者殿の言葉は間違っていると断言できる。」


 ウェルテの催しの帰り道すがら、フレッドらは一軒の酒場に立ち寄る。生誕祭を迎え連日祝賀ムードに包まれるシルヴァレートでは、夜遅くまで住人総出で祭りを楽しむことになっており、酒場でも家族連れの姿すら見かける。もちろん未成人の飲酒は

許可されていないが、酒場側も代わりに料理や菓子、地方産のめずらしい果実を使ったジュースなどを用意している。店側としても年に一度の商機なのだ。


『私の故郷にもああいう御仁はいました。自分は持つ側で、それは永遠に守られるべきという考えの人たちが。そういう人たちは、持たざる人間が持つ側になることを極端に嫌います。独占することこそが保身と安心に繋がると考えるのでしょう。』


 フレッドもブルートに倣い、人の多い酒場ゆえ表現には気を配った。誰に聞かれるかも分からない以上、過激な表現はもちろんユージェが故郷などと持ち出すことも許されない。ブルートが注文したヘイパー産の果実酒を口に運びながら、ユージェとは対極に位置する国の首都にいるという奇妙な縁に、思わず自嘲気味に笑う。


『私もずいぶん遠くまで来たものですが、どこであっても人自体はそれほど変わらないんですね。力を持つ者がいて、持たない者がいる。例えば戦技のように自己研鑽の結果が力に繋がったならともかく、ただそういう環境に在っただけで持つ側になり続けるのが当然という考え方は理解できません。私も持つ側に生まれましたが持ち続けるべきものと考えたことはなく、ゆえにこうしてここにいるわけです。』


 より良い未来のためにそれが必要ならば……と地位も財産も捨てられた男にとっては、やはりウェルテの言い分は理解しがたいものがあった。もちろんすべてを否定するわけではないが、民を率いる側の人間としてゼニスのような男を出されてしまっては、どうしても否定的な見方になってしまう。もし率いる側の人間として自負があるなら、それこそ民衆に問うてみればいいのだ。仮に率いられる側も同じ考えなら、選ばれるはずなのだから。


「まぁお前みたいなのは間違いなく少数派……というよりほぼ例外の突然変異種とでも言った方が正しいだろうからな。こっちでお前が存在する理由を皆で考えたとき、いったいどういうことかとずいぶん悩まされたものだ。お前があっさり捨てさったものは、多くの人にとって普通に捨てられるものではないさ。」


 フレッドは「そういうものですかね……」と言ったきり、話題を変えてしまった。話題にしたのはこの店に来る前に見た催し物の一つで、未成人も含め男女すべてが全身を覆うフル・プレートの板金鎧を着たままダッシュや物資の運搬などを行いタイムを競う、ユージェ出身者としては正気を疑いたくなるものについてであった。


「皇国じゃ軍の花形は重装歩兵団[護国奉盾師団]だ。全身鎧を纏って動けることが入団の最低条件となっているから、入団を夢見る子供なんかもああやって自分を試すのさ。軍関係者がこっそり視察に来ていて、見込みのある奴を誘うこともあるらしいからああも熱中するということらしい。」


 ブルートは戦場用に重装備するときでも上半身を覆うハーフ・プレートを纏うくらいで、動きを大きく制限される全身鎧は好まない。そんな彼にとっても、あの催しは今一つ面白みに欠けるものなのだろうと推察できる口ぶりであった。


『しかしあの催しで適正なしとなった場合、その者は軍でどのような扱いとなるのです?軍の中でも鎧を身に着けなくてもいい仕事はいくらでもあると思いますが、重装歩兵団に入れなかった者が低く見られるようでは士気にも関わりませんか……』


 その催しで結果が出せなかった者らの落胆ぶりはすさまじく、中には泣き出してしまう子もいた。まるでこの世の終わりでも訪れたかのような顔をしていた者もいて、正直フレッドは何がそこまでさせるのか真剣に悩んでいたのだ。


「まぁ輸送隊に輜重隊や斥候隊、治癒の神官戦士団に雑事担当と人手はいくらでも要るが……重装歩兵団出身かどうかで在任中や退役後の扱いが大きく変わるのは確かだな。この国では軍の戦いというと領内の賊か害獣、もしくはそこらに沸く天敵どもくらいだから、遠征といっても移動距離はたかが知れてる。だが遠く離れたユージェとの戦争となれば、もう少し身軽な隊にも視線が集まるようにはなるだろうさ。」


 先ほどまでの会話で「人はどこにいてもそれほど変わらない」と言ったが、この件に関してはユージェとかなりの差異がある……とフレッドは思わずにいられない。連合になる前は人も亜人もそれぞれが国なり支配地域を持ち、独自の軍を有していた。神霊術や魔術に頼るか、それとも己の戦技に頼るかで大まかに分けることはできたものの、統一後も歩兵隊・騎兵隊・射撃隊・術師隊からなる戦闘集団と斥候隊・輸送隊というような裏方に振り分けるのが精一杯で、各隊の個人はそれぞれの出身で得意とする戦技を用いて戦っていたため、部隊としての統一感は皆無であったのだ。


「それより、天覧試合は大丈夫なのか?相手はユージェ侵攻を見据え新設された重装騎兵団だって話だが、東部の山岳に籠って練兵してたらしくまるで情報がねえ。あくまで乗り比べであって戦うわけじゃない……とさっきまでは思ってたんだが、次席殿もああいうことやりやがったからな。よからぬ企みがないとも言い切れん。」


 確かに、何かしらの仕掛けくらいは施されている可能性はある。そうでなくとも、フレッドの戦いぶりは尾ひれがついて広まっているゆえにこうして呼ばれた以上、先方には同じ乗り手として好意よりも敵愾心が勝っていると考えるのが妥当だろう。


『相手が武人であれば、競い合いの中で理解し合うこともできそうですけど……政治の手が回された者ではそういかないかもしれませんね。もっとも、皇帝御臨席のおめでたい場で血生臭い真似をするとは思えないのですが、とにかく負けても罰はないらしいので命の危険は犯さない程度に頑張ってきますよ。』


 フレッドと重装騎兵団の乗り比べは生誕祭の前日に行われる。闘技場に特設された障害物を越えつつ、敵兵に見立てた人形に攻撃を加えながらより速く目的地に到着した側の勝利という、複合的な勝負になると決定された。フレッドとしては全力で勝ちを目指すのがいいのか、接戦を演じるのがいいのか、敗れて皇国に花を持たせるのがいいのか……いまだ答えが見えていなかったが、勝負の時は刻一刻と近づいていた。



「お二人とも、ずいぶん遅かったんですね。何かあったんじゃないかって、皆さんも心配していたんですよ?」


 フレッドとブルートがいい感じに酔っぱらって宿泊施設に戻ったのは、夜もかなり更けてからのことだった。ラスタリアでは「朝日が視界に入ってから」が一日の始まりで、その日が終わるのは「次の朝日が昇るまで」である。この世界にも時計は存在するが、計るのは「その日が始まってからどれくらいの時が過ぎたか」であり、毎日が始まるごとに初期位置に戻されるという決まりになっている。そして今、その時計は25時間ほどの数値を指し示しており、この時期の平均で言えばあと5時間で夜も明けようという、深夜の帰宅になってしまっていた。


『遅くなるだろうから先に休んでいなさいと伝えたはずだけど、リリアンはまだ休んでなかったのかい?実は次席宰相殿の催しでいろいろあってね。そのことで少し話をしていたらこんな時間になってしまったんだよ。』


 リリアンの非難めいた視線を感じながらも、フレッドは正直に遅くなった理由を話した。ブルートは自分に矛先が向く前に早々と退却を決め込み、フレッドにすべてを押し付けて逃走していたため、すでにこの場にはいなかった。


「その、何か変なこととか……いえ、なんでもないんです。ご無事ならそれでいいんですけど、心配させないでくださいね……って、ヴェントさんとかお付きの皆さんも仰ってましたから。」


 フレッドもブルートは女好きで名が通っていることは知っていたが、フレッド自身には女っ気がなくブルートと夜通し二人で話していたことで、二人の関係を怪しまれていることは知らなかった。そのためリリアンの心配も「身の危険」についてのことだと思い込んでいたが、フレッド以外が心配していたのは別の意味もあったのだ。


『これから天覧試合の日までは特に用事もないから、施設に留まり精神集中に努めることにするよ。それまでは外出することもないだろうし、それなら心配はかけずに済むかな。さて、問題は勝つか負けるかだが……いったいどうしたものかなあ。』


 その場を取り繕うように詫びた後、独り言を口にしながらフレッドは自室に向かい眠りにつく。リリアンは用事がないなら誘おうかとも考えたが、皇帝の前で技を披露するという緊張の場に出されるフレッドのことを思うとそれをくちにすることはできなかった。そして今日が終わり、明日が始まる。これを数回ほど繰り返した後に訪れるL1027開墾期76日、ついに天覧試合の日となった。晴れの場にふさわしく朝から快晴の、しかも心地よい気温である絶好の試合日和を予感させる朝であった。

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