ようこそ死後の世界へ

 目を覚ますと俺は、何やら格式高そうな部屋のソファーに座らされていた。

「ようこそ死後の世界へ」

暗い部屋に一つだけ光が差し込んでくる窓。そこから聞こえる声に顔を向けると、よく偉い人が座っている回転式の椅子が目に入ってきた。

「あなたはこの死後の世界に来ることが許されたのです」

と優しい口調で話しながら、椅子を180度回転させてこちらを向いた。そこに座っていたのは神様でも、はたまた死神でもなく、まぁギリギリ女神と呼んでもいい、それくらい美しい女性だった。

「私はエミリア。あなたを異世界へと導く女神です」

(本当に女神だったのかー)と心の中で叫んだ。女はさらに続けて、

「あなたの人生はとても大変だった。辛い長い戦いをして、最期は安らかに眠りました」

「ん?あぁ、昨日徹ゲーしたもんなー、あのゲーム結構戦闘とか難しいし、長い戦いだったっけ。最期は机の上で安らかに眠ったのか。徹ゲーで死ぬ人ってなかなかいないだろうな」

なぜか「死んだ」ということを受け入れている自分がいた。別に生きることが辛いわけじゃない。突然のことで、むしろ冷静になっているのかもしれない。

「え?あなた今なんとおっしゃいました?」

女神の表情が一変したのが見てわかった。

「徹ゲーして死んだんですよね、俺?」

冷静に答えた。ただ、冷静さを確実に失った女神はなにやらガラス玉のようなものを取り出して、呪文を唱えていた。

「あなたは最期に病院の布団の上にいたはず、この水晶がその姿を映しています」

と、女神は水晶を俺に近づけてきた。

確かに映っている景色は女神の言う通りだった。だが、

「これ映ってるの俺じゃないっすよ。だってよく見てくださいよ。顔が全然違う」

女神はよく覗き込んで、数秒固まった。

「私は確かに田中様をここに導いたはず。東京都○○区○○で今寝ている「田中様」を導くように言われて、、」

確かにその地名は、俺の学校がある地名だった。

(ん?ちょっ待て、今この女神、田中なに様って言った?)

「あのー、今、田中なに様って言いました?」

「え、はい、田中様と、」

「俺、京介です。じゃなくて

女神は完全に固まった。再び動いたかと思えば、今度はいきなり、

「すいませんでした!」

と深々と頭を下げた。

(うわぁ俺生まれて初めて女神の謝罪を見ちゃったよ。いやもう俺死んでるのか)

とかなんとか考えているうちに、女神は早口で事情を話していた。


「つまり、女神であるあなたは、死後の世界「異世界」へと死者を送るのが仕事で、」

「はい」

「今回はあなたの手違いで、本来ここに来ないはずの俺を連れてきてしまったと」

「そのとおりです」笑顔で女神は答えた。

(さっきまであんなに謝っていたのに、女ってすぐ表情変わるんだな)

なにはともあれ、事情は何となくだが分かった。早いこと現実世界に帰ってみんなを安心させなければいけない。

さっき水晶で今の俺の状況を見てもらった。俺は今教室の床に寝かされ、教師たちはあわてふためき、クラスメイトは俺の周りに座っていたり、なにかできることはないかと話し合っていた。

「じゃあ俺を早いこと現実に戻してくれ、できるだろ?」

「できますよ。しかし、まだこちらへ来てから10分もたっていません。異世界を見ていきませんか?なかなか見る機会もないですし」

(まぁ少しくらいならいっか)

「いいですよ。少し興味あるし」

このあと面倒なことになるなら、さっさと帰ればよかった。そう思うのはまだ先だった。

「ではまずあなたが最初にスポーンする街に紹介しますね」

女神は映写機のようなもので説明を始めた。数分間話を聞いていてふと疑問に思った。

(これってなんかゲームのチュートリアルっぽくね、、)

「あの、すいません」

「はい、質問ですね。なんでしょうか?」

「あなた、俺を絶対に異世界に連れて行こうとしてませんか?」

俺は確信した。確実に女神は動揺している。

「もう説明はいいので現実に帰してもらえますか?」

女神は俺に近づいてきた。何をするのかととっさに俺は身構える。

と、次の瞬間。

「お願いします!異世界へ行ってください!」

いままでで一番大きな声で話したかと思えば、俺の視界から女神は消えていた。

そう、今、女神は土下座をしたのだ。

(女神が土下座なんてしちゃっていいわけ!?)

たぶん今月で一番びっくりした。さらに女神はその姿勢のまま話を続けた。

「女神にもノルマがあって、今月あと3人連れて行かなきゃいけないんです。だからどうかわたしを助けると思って、異世界へ行ってくれないでしょうか!」

「そんな裏事情しらねーよ!」

ついツッコミが口から出てしまった。それほどまでに驚いていた。

「いま行ってくれたら、わたしの権限でなんでもお願いを聞きますからぁ」

もう半泣き状態の女神が上着の袖を引っ張りながら泣きついてきた。

(ここで見放すのもかわいそうだから、話は聞いてやろう)

「た、たとえばどんなお願いをかなえてくれるんだ?」

女神はお菓子をもらった子供のような笑顔になった。

「では、異世界で使える通貨を初期値の20倍さしあげましょう」

「お金か~最初にあってもけっきょく苦労するしなぁ~」

「で、では異世界では伝説と言われている「魔剣・ケルベロス」を標準装備しましょう」

「最初っからそんな装備じゃつまんなくない?ゲーム性なくなるでしょ」

女神の顔色がくもりはじめる。

(さては気づいたな、今俺がお前をからかっていることに)

「で、では、あなたとともに冒険する美しい仲間を召喚しましょう。これであなたもハーレムですよ」

「それ現実味なくね?」

「異世界に現実味もとめてんじゃないわよ!」

女神がついに怒った。

(これはもう女神とかの設定が崩壊してないか?)

さらに女神の怒りはおさまらないようで、

「さっさと異世界に行けばいいじゃない!こんな否定ばっかりするあんたなんか、ろくな人生送ってないでしょ!さっさと〇ねばいいじゃない!?」

(今この人女神が言っちゃいけないこといったよね!?)

「まああんたなんか異世界に行ってもNPC以下の価値しかない?だからこうして提案してあげてんのに、あんたほんとバカなんじゃないの!?」

「なにキレてんだよ!もとはといえばお前のミスだろうがよ、自分のミスを棚に上げて説教かましてんじゃねぇ!この無能が」

「む、無能ですって!神聖な女神になんて口を、、」

「間違ってねえだろ、ノルマに届かない無能が!さっさと現実に帰せ!まあお前にはできないか。」

「そんなの余裕よ!さっさと帰りなさい、この人間の〇ズ!」

そういうと女神はこっちを睨みながら、復活の魔法を唱えた。


 もう二度と会いたくないと思いながら、俺の姿は「異世界」から消えた。

 滞在時間21分の異世界だった。




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