第6症例 鳥羽病
闇夜を切り裂くように翔ぶ夢を見る。あなたには絶対に見られたくなかった、こんな姿で。だって、私の腕、顔、足、背中、あちこちから気持ちの悪い羽が、ぶつぶつと、わさわさと、生えてきてしまったんだもの。気持ちが、悪い。引き抜いてしまえたらどんなにいいだろうか。私は、もう、明るい場所になんて、出られないほどの化け物になってしまったんだから。
「残念ですが、手の施しようがない状態です」
医者から告げられた時にはもう、気付いてしまっていた。私に生えてきた謎の羽が元には戻らないことを。毛穴という毛穴から、始めは草の目のように少し太い毛が生えてきたのかと思うほどだったそれらは、少しずつ少しずつ、私を侵食した。伸びて、私の肉を、血を、吸い上げるように成長して、どんどんと膨らみ、長くなり、やがてそれは「羽」であることが視認できるほどになった。気待ちが悪い、といつだって腕を覆い隠して過ごしていたのに、それは侵食の箇所を拡げ、終いには隠しきれない顔面にも及んだ。私は大好きだった彼に別れを告げた。一方的に。手酷く。彼に恨まれたかった。恨んで、忘れて欲しかった。こんな女のことなんかさっさと忘れて、幸せになって欲しかった。幸せになって、私の分まで、幸せに、なっていて欲しかった。私が掴めない分まで。
ああ、憎たらしい。こんなもの、要らない。私は引き抜く。ぶちり、ぶちり、と醜い羽を。それが純白だったならまだ愛せたかもしれない。けれど、どうにもならないほどの斑なくすんだ黄色と緑と茶色の混ざりあったような色をしているのだから、余計に憎たらしかった。筋肉と神経が引き攣る。痛みで顔が歪む。涙が滲む。汗が吹き出す。手の内側で羽が滑る。握り直し再度引き抜く。血が淡く吹き出す。汚い色の羽は更に穢れていく。ああ、きたない。きたない。きたない。
痛みで感覚が、脳が麻痺してくるまで羽を毟ると、気を失うように倒れ込み眠った。肉は羽の根の部分に引き摺られ、ずたずたになっている。益々醜くなった肉体に、ささやかな安らぎを得るというのはどうにも不健全な悪循環だった。なのに。朝になると、それらはなかったことのように、芽が出るように、私の肉からは新しい羽が覗いているのだ。絶望だった。逃れる術はないのだった。
だから、夜は救いだった。鳥目になってしまったのか、明かりがないと何も見えなかった。何も見えないからこそ、私は私を見なくても済んだから。何も見ずに済んだら、私は元の私に戻れているのかもしれない、なんて幻想も抱けたから。それでも羽の柔らかな感触だけは、嫌いになれなかった。まるで小さな獣を抱き締めているような感じがして。それも暗闇のお陰だった。
でも、それもそろそろ限界だ。このままでは私は、人間の部分がなくなってしまう。その前に潔く結末を迎えよう。鳥の化け物らしく、大空を舞って。
私は、闇夜を切り裂くように翔ぶゆめを、
見ている。かつて大好きだった、自由の象徴のような翼の生き物のように。ゆめならゆめらしく、目覚めないゆめを。今度は最初から、立派な鳥として生まれてこられますように。
◆
『鳥羽(とりば)病』という深刻な病にかかっています。体の一部から鳥の羽が生えてくる病です。この症状は一度発症したら止まりません。悪化すると暗闇を好むようになります。
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