第2症例 雷鳴病

 雷鳴が、轟いている。私にしか聞こえない孤独な雷鳴が。

 最初は腹の虫でも鳴っているのかと思うほどに小さく、一日の中でも時々ゴロゴロという音がしていただけだった。もしくは遠くで雷雲が広がっているのかな、と思う程度。気にするほどの価値もないほど小さな音だったのに。

 きっかけは何だったのだろう。分からない。気が付いた時には、もう私の中には文字通り暗雲が立ち込めていて。それは私の頭の中にいるのか、耳の中にいるのかは分からない。お医者様も分からないという。とにかく、ひたすら私には雷鳴が聞こえているのだ。休む間もなく。ずっと、ずっと。


「ねぇ、何だか変な音が聞こえるわ」

「何を言ってるの?」

「ほら、また。誰かお腹空いてるの?」

「この子可笑しいわ。誰もお腹なんか鳴っちゃいないわよ」


「ああ、今日も聞こえるわ。今度はもっと近い。そうね、誰かあの奇妙な音の正体を知らない?」

「また変なことを言うのね? 何の音も聞こえないじゃない」

「変なこと? 可笑しいのはあなた達の方よ。あの荷車を引くような音が聞こえないなんて!」

「あなた病院に行った方がいいじゃない?」


「どうしたの、耳なんて塞いで」

「………………さい」

「何? 聞こえないわ」

「煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!!」


「可哀想に。あそこの娘さん。雷鳴病……とかいう奇病ですって」

「まぁ。通りで最近あそこのご夫婦、窶れている訳だわ」

「あんなに将来有望だったのに。残念ねぇ」

「……まぁでも、いいんじゃないかしら。だって……ねぇ?」

「そう……ねぇ。どっちにしろ、ねぇ?」


 雷鳴が、轟いている。いつも。ずっと。休む間もなく。雷鳴が、轟いている。私は耳を塞ぐ。何も聞こえないように。でも雷鳴は耳の中に住んでいるように、頭の中に巣食っているように、永遠に鳴っている。布団の中に逃げても、無駄。いつも、ずっと、ずっと。


「金も時間もかけてやったのに!」

「今まで育ててやっただろう!」

「恥を知れ! 奇病なんぞに罹りおって!」

「耳なんか塞いで! 話を聞け!」

「お前は人間の屑なんだよ! さっさと出て行け!」

「金食い虫が! 泥棒が!」


 ああ。雷鳴が止まらない。煩いなぁ。私は目も閉じる。まるで、自分が雷鳴になったような感覚だ。轟いては、地面へ向かって降り注ぐ、あの美しい閃光を思い出す。そうか。そうなればいいのだ。もう私は人間じゃないのだ。


「ハハハ、そっか。そうだよね。ごめんなさい。さようなら」


 雷鳴が、轟いて、いる。私は、二階へ駆け上がり、そして、雷鳴と共に、空を斬り裂いた。



『雷鳴病』という深刻な病にかかっています。常に雷の音が脳内に響く病です。この症状は毎月発症します。悪化すると徐々に人が怖くなります。

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