二人飯
水円 岳
@□ □@
夜の奥底に俺の家がある。そこには大したもんはない。俺を待ってるミカ以外は。
◇ ◇ ◇
「ふう……帰ったで」
「おかえりー。忙しかったん?」
「ごっつな。腰下ろす暇ぁなかったわ」
「お疲れさーん。なんかつまむー?」
「いや、飯食う暇もなかったんや。なんか食わしてくれ。すぐ食えるもんがいい」
「えええっ? 晩ご飯まだ食べてへんの?」
「せや。かなんわー」
「ほな、すぐ作る。簡単なもんでいいんやろ?」
「あほ。おまえー、簡単なもんしか作らへんやろ」
「ばれたか。あははー」
「あははー、ちゃうがな」
すぐにキッチンに走り込んで行ったミカの背中を苦笑交じりに見つめながら、俺は埃まみれのジャケットを丸めて床にほった。すぐに立ち上るセメントの匂い。そこをくぐり抜けるようにして、足取り重くリビングに入る。
ほんまやったら、風呂ぉ入ってさっぱりしてから飯にしたいとこやけどな。腹ペコぉ我慢すんのにベルトで腹ぁぎっちり締め上げとったから、それぇ緩めたらすぐにどっとくるやろ。
椅子にぐたぐたな体を放り出し、ゆっくりベルトを緩める。その途端に腹がぐううっと鳴った。ああ、もうあかん。限界や。
体ぁきっついのはええねん。そういう仕事やからな。せやけど、社長と若いもんとで揉めんといて欲しいわ。最近の若いもんはゼニだけかっさらってよう働かんちゅう社長。こんなやっすいギャラで俺らぁこき使うなやぼけぇいう若い連中。どっちもどっちや。ほんなら俺は、黙って手ぇ動かすしかあらへんやん。はあ……しんど。
それでん、ミカが俺のやっすい給料に文句言わへんのはほんまに助かる。やりくりしんどい思うんやけど、そっちでぶつくさ言われたことは一回もあらへん。せやから、俺はここで荷物をぜえんぶ下ろせる。ほっと出来んねや。
「んん?」
キッチンで、ミカがばたばた動き回っとる。簡単なもんでええ言うたんに。何作っとんのやろ? まあ、時間かかってまずいもんが出てくることはないやろ。待つか。
いや、ほんまに待ち遠しい。せや。俺は晩飯より先にミカの顔が見たいんや。先に腹いっぱいに出来るのは、その安心感の方や。ただやしな。
「お待たせー。お茶漬けにしたー」
「ああ、そらあ助かるわ。さばさば行けるな」
「お代わりもたっぷりあるからー」
茶漬け言うてん、器は蕎麦丼や。ははは。見てくれよりかは量やな。よう分かってるやん。おっしゃ! 食うでえっ!
ほいで。出されたのをすぐ掻き込もうとして、箸が止まった。
「おい、ミカ。これぇ
「いや、アキオがあてにすっかなー思って、値引きのを買うといたん」
「うっわ、えっらい贅沢な茶漬けや!」
「おいしいもん食べへんと、元気ぃ出えへんでしょ?」
「せやな。まだあるんやろ? 一緒に食おう」
「ええー?」
「えやないか。こんなん一人でもっさもっさ食うてん、うまないわ」
「ふふふ。それもそやね」
ミカが、小さい茶碗にこそっと茶漬けを盛った。遠慮せんでもええのに。それでん、やっぱ飯は二人で食うのがうまい。ミカもそう思っとったんやろ。茶碗を持ったまま、俺をじっと見つめていた。ああ、おまえ痩せたな。俺は……切なくなる。
「なあ、ミカ」
「うん?」
「済まんな」
「どしたん?」
「いや……俺はもっと稼いで、おまえにもうちょいええもん食わせたらなあかんなあと」
「ううん、これでいいんよ」
茶碗を置いたミカが、ふっと笑った。
「一緒に食べれるんなら、なんでもいいん」
【 了 】
二人飯 水円 岳 @mizomer
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