突撃!隣のギャング屋敷!!《1》


 

 ――フルーシュベルトを所有し、それを用いて暴れている組織の名前は、『ナローガ商会』。


 その商会本部に努める直属の構成員は、約百名。


 傘下の組織はかなり多く、支配の手は王都の広範囲に及んでいるそうで、その全てを合わせると優に千名は超える大組織であるそうだ。


 まあ、大元の本拠地を直接壊滅させるつもりなので、その下部組織はどうでもいい。

 俺にとって必要な数字は、本部構成員約百名ってところだ。


 その本部には『魔導士』というゲームでの魔術師職のヤツらが十数名、同じく崩れの戦士職のヤツらが戦闘員として三十名近く詰めているそうで、一介の組織としては最高峰に近い戦力を有しているとのこと。


 確かに、戦士職はともかく魔導士ってのがかなり希少な者達らしいということを聞くと、十数名という数字は脅威であると言えるだろう。

 しっかりと対策はすべきだな。


 ちなみに、名前が『ナローガ組』ではなく『ナローガ商会』なのは、その名の通りトップが商人であるためらしい。

 

 色々と非合法な手段を用いて金儲けに精を出し、今回もまたフルーシュベルトをどこからかのルートから入手したため、それを使って商品の販売ルート、シマの拡大を行っているようだ。


 また、自分達は表向き商売人として名を通し、基本的に汚いことは下部組織にやらせ、そして仮に下部組織との繋がりがバレそうになると持っているコネや自分達のところの戦力を用いて社会的にも物理的にもその下部組織自体を潰してしまい、全ての証拠を闇に葬るのだそうだ。


 なるほど、色んな意味で突き抜けた情報収集能力を持つジゲルが、黒幕を特定するのに時間が掛かっているのはそれが理由か。


 その下部組織に当たれば一発だったかもしれないが……今、ジゲルとレギオンは王都における南側から情報収集に当たっているのだが、ヤツらのシマは北側に重点的にあるって話なので、なかなか当たらなかったのも無理はないだろう。


 ……それにしても、本当にどうしようもないクズどもだな。

 もう典型的な悪徳商人って感じのヤツらだが、いるところには本当にいるもんだ。


 と言ってもまあ、目の前の、割としっかりと任侠者であるらしい男がトップをしている組織よりも、そういう相手の方が何も考えずにぶっ潰せるので、楽でいいのだが。


「俺が知っているのは、そんなもんだ。これで、アンタが仮に捕まりでもしたら、ウチの組織は壊滅だな」


「そうならないように気を付けるよ。それじゃあ、ご協力どうも。あんまり早まらないようにな」


 そのまま俺は、再び『ハイド』を発動して姿をくらまそうとしたところで――後ろから、声を掛けられる。


「待て!」


「――何だ」


 振り返ると、男はしばし言葉に迷う素振りを見せてから、やがて口を開いた。


「……何故、俺なんだ?」


「質問が読めないが?」


「あのクソどもに脅されている組織は、ウチ以外にも数個あると聞いている。何故、わざわざここに来たんだ?」


 ――あぁ、そんなことか。


「そりゃ――ウチの子達が、世話になってるからな」


「何……?」


 仮面のために、向こうからは見えなかっただろうが……俺はニヤリと笑みを浮かべると、今度こそ『ハイド』を発動し、男の部屋から出て行った。



   *   *   *



「――マスター。首尾の方は?」


 建物から外の通りへと出て、少し暗がりになっているところで仮面を外し、ハイドを解いたその瞬間、傍から掛けられる声。


「聞きたいことは全部聞けた。少し装備とスキルの確認を行ったら、強襲する。……そうだな、夜にでもお邪魔しようか」


 俺は声の主――セイハにそう答えると、隣に彼女を伴い、暗がりから出て下町の通りを歩き出す。


「了解しました。メンバーは如何様に?」


「うーん……お前と、俺と……ジゲル達は情報収集で忙しかったよな」


 目的の情報は俺が得られた訳だが、まあ、知っておきたいことはそれ以外にも色々とあるからな。


 ここまで、フルーシュベルトを使用している組織の割り出しに人員リソースの全てをいていた訳だが、それ以外の様々なことに関して俺達が情報不足であることには、依然として違いは無いのだ。


 ある程度、この世界、この王都の知識は増えて来ているものの、それでもまだまだよくわかっていないことは無数にある以上、今回の件が片付いてもしばらくの間は情報収集に専念することになるだろう。


「はい。ですが、召集すればすぐにでも駆け付けるかと」


「いや、あんまり無理させるのも悪い。……じゃあまあ、いつもの如く俺とお前とネアリアで行こうか。ジゲル達は引き続き情報収集、他のメンバーはギルドで待機だな。――そういや、ネアリアは?」


「彼女は冒険者ギルドへと送りました。例の熊型モンスターの報酬と殺した犯罪者の件がありましたので」


「あぁ……アイツ、よく行ったな。『面倒だ』とか言って、そういうことはやらなそうなもんだと思ってたが」


「はい、実際面倒がっていましたが、メイド長様が『言うことを聞かないと二度と酒のつまみを出さない』と彼女に言ったところ、快く向かってくれました」


「……ネアリアらしいというか、何と言うか。まあ、シャナルのつまみ、美味いもんなぁ」


 思わず、苦笑を溢す。


「私も、彼女程の料理の腕が欲しいものです。マスター、待っていてください。いつかは、彼女よりも美味しい料理を、貴方に振る舞いますから」


「ハハ、そうか。期待しとくよ」


 グ、と小さく拳を握るセイハに、俺は笑ってそう答えた。


 ――その後、しばし流れる無言の時間。


 どちらもが口を噤み、街の風景の一部と化すかのようにして、下町の喧噪の中へと溶け込む。


 その沈黙は、決して退屈なんかではなく、微睡にも似た心地良さのある、おだやかな沈黙だ。


 今になっても思うが……NPCではなく、一個の人格を獲得したセイハとこうして肩を並べ、街の中をゆったりと歩くのは、言葉に出来ない感動がある。


 色々と困惑はあったものの、そのことだけで俺には、この世界に来てよかったと思ってしまうのだ。


「……? マスター、どうかしましたか?」


「いや、何でもないさ。――よし、それじゃあ、ちょっと試してみたいものがある。一旦外に出るつもりだけど、このまま付いて来るか?」


「はい。お供いたします。どこまでも」


 そうして俺は、仮面の少女を伴ったまま、周囲を包む喧噪の中へと消えて行ったのだった――。

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