孤児院にて


 ――翌日。


「行って来るねー! あんちゃーん!」


「行って来るー!」


「主様、言って参ります」


 元気良くブンブンと手を振る燐華とファームに、控えめながらもこちらに小さく手を振る玲。


「おーう、行って来いお前らー」


 その三人に、俺もまた手を振り返しながらそう声を掛けると、彼女らはトテトテと駆けて行き、目の前の建物――孤児院の扉を開く。


 瞬間、扉の向こう側から元気な子供達のはしゃぎ声が聞こえ、やがてそこに我が家の元気っ子達の声が加わり、そして扉が閉まると同時その喧噪は小さくなっていった。


 彼女らが冒険者ギルドで受けた依頼とは、『子供達の遊び相手』であったが……まあ、この調子だとしっかり依頼を果たせていそうだな。


「フフ、仲がよろしいようで」


 そう、ニコニコしながら話し掛けて来たのは、老いたシスター服の女性。


 孤児院の、院長である。


「えぇ、いつも元気を貰ってばかりですよ。これ、差し入れです。子供達と一緒にどうぞ」


「あら、ありがとうございます。流石、あの子達のお兄さんですね。彼女らもとてもしっかりしていて、今回来ていただけて本当に助かっていますわ」


「そう言っていただけると、兄の俺としては鼻が高い限りですよ。まあ、実際のところ、あの子らの方が俺よりしっかりしているんですがね。――それでは、三人をお願いします」


「はい、お子さんはお預かりさせていただきますね」


 俺は、シスターに小さく会釈をしてから、近くの人のいない曲がり角に入り――そしてスッと仮面を身に付け、コートに付いているフードを被る。


「『ハイド』」


 その呪文を唱えた俺は、すぐに曲がり角から出ると、先程の老シスターと別れたところへ向かう。


 すると、一人の男――俺と老シスターが話していた際に、路地裏の暗がりからずっとこちらの様子を窺っていた男が彼女の下へと向かって行き、周囲をさり気なく警戒しながら言葉を放った。


「――先生、先程の男は?」


「昨日からここに、依頼で来てくださっているお嬢さん達のお兄さんです。若いながらも、しっかりとした良い方でしたねぇ」


「……気を付けてくださいよ、先生。今はどこも荒れていて、誰が敵かわかんねぇんだ。先生やガキどもに何かあったら、俺達ぁ……」


「フフ、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。何かあっても、この孤児院は貴方達が守ってくださいますでしょう?」


「そ、そりゃ勿論、俺達の古巣のここは絶対に守りやすが!」


「でしたら、何も問題ありませんね。――それより、本日はどうしたのでしょうか?」


 老シスターの言葉に、顔に傷のあるあまりカタギには見えない男は、その表情を引き締めると、重い調子で彼女へと答える。


「……例の話、少し進展がありやしたので、先生にもお伝えに」


「……わかりました。とりあえず、中でお茶でも飲みながら話しましょうか」


「恐れ入りやす」


 二人はそう会話を交わしながら、近くで聞き耳を立てている俺の存在には全く気が付かず、孤児院の裏の方から中へと入って行く。


 俺は、特に身を隠すこともなく、堂々と身を晒したまま彼女らの後ろを付いて歩く。


 ――スキル、『ハイド』。


 このスキルを使用すると、そのキャラを空間に溶け込ませ、他人から姿をくらますことが出来る。


 スキルレベルや、暗闇などの特殊環境、装備によってその隠蔽率は上昇。

 俺は『ハイド』スキルのスキルレベルが上限に達している上、今身に付けているこの装備に隠蔽率上昇効果『大』が付いているため、ゲーム時代では一度姿をくらませば、ほぼ他人から見つかることなく攻撃を仕掛けることが可能であった。


 その効果の程はこの世界においても同じらしく、というかむしろ、現実となったためにゲームの頃以上の隠密効果を発揮しているようで、一度試してみた際、目の前で発動させたのにセイハがこちらを見失ってしまう程の効果となっていた。


 看破系スキルを揃えている彼女ですらそうなのだ。


 恐らくこの世界の住人が相手でも、何か俺の知らない魔法や魔導具を使われない限り、看破されることはまず無いだろう。


 しかも、今俺は消音の効果を持つブーツも履いているしな。

 全くの無音歩行で進むことが可能なので、ハイドスキルを併用すれば、むしろバレることの方が難しいと言える。


 と、その後、彼女らは孤児院の中の一室、物が多いながらもしっかりと整理されている、老シスターの仕事部屋だろうと思われる部屋で、男はソファへと腰掛け、老シスターはポットの準備をしてからその対面へと座る。


「どうぞ、お熱い内にお飲みなさい。それで、あの子は何て?」


「ありがとうございやす。……ボスは、今回の話を受けるつもりです」


「……そう」


「ボスは、こんなクソみてぇな話、本来なら蹴り飛ばして鼻で笑うんすが……ヤツら、従わない場合、俺達のみならずここら一帯を本気で締め付けるつもりなんです」


 ギリ、と歯を軋ませ、男は言葉を続ける。


「そうなったら、皆生活が出来なくなっちまうからって、ボスは皆を守るため傘下に下ることを受け入れて……俺達は、いつもボスに守られるばかりで……っ!」


 悔しそうな表情で言葉を吐き出す男に――老シスターは慈愛の表情を浮かべると、まるで子供をあやすようにして彼の頭を撫でる。


「大丈夫です。あの子もまた、貴方達のことを、必要としています」


「……先生」


「あの子は、一人では何も出来ない弱い子です。貴方達が支えてあげているからこそ、あの子は強いあの子でいられる。……これから、辛いこともいっぱいあるでしょう。悔しいこともあるでしょう。ですが、共に歩む者がいる。それだけで、貴方達は立つことが出来るはず。そう、私が育てましたから」


「……ウ、ウゥ」


 嗚咽を漏らす男の頭を、優しく撫で続ける、老シスター。

 

 ――ふーん……なるほど。


 彼らは大分、切羽詰まっているらしい。


 こう言っちゃアレだが……今の状況は、俺にとって付け込むチャンスだな。 


 その後は特に、俺に取って有益になりそうな情報は出て来なかったが……やがて会話が一段落したところで、幾分とスッキリした顔で老シスターへと口を開く男。


「先生、ありがとうございやした。俺、今日ここに来れて、本当に良かった」


「フフ、お力になれたのなら良かったです。今日は子供達と会っていかないんですか?」


「今のこんな顔、ガキどもにはとても見せられませんから」


 少し照れ臭そうに笑ってから、「それでは」と言葉を言い残し、彼は孤児院を出て行った。


 俺は、ハイドはまだ解かず、今度はその男の後ろを付いて進む。


 ――孤児院を出て、周囲に広がるのは、下町の光景。


 この王都に来た際に通った大通りからは少し外れており、左右に建物が密集しているため、道はあまり広くなく、少し薄暗い。


 道行く者達に小綺麗な格好をした者は少ないが……しかしスラムなどにありがちな悲愴に暮れた表情はそこに浮かんでおらず、皆活力に溢れた様子で通りを行き交い、にぎやかな喧噪が辺りを包んでいる。


 物凄く、生活臭のする通りだ。


 その活気の中をしばらく進んで行くと、やがて男は一軒の少し大きめの建物の前で足を止め、扉を開いて中へと入って行った。


 ここが、彼らの拠点なのだろう。


 見た目は……うーん、普通だ。

 普通の事務所だ。


 俺は、『ハイド』を発動させたままその建物の前で立ち止まると――次に、スキル『索敵』を発動する。


 その瞬間、俺の立つ場所を中心に、円が広がるようなイメージで空間にある物体の情報が脳内に流れ込み始め、周囲の状況が目で見ずとも・・・・・・把握出来るようになる。


 索敵スキルには、パッシブスキルとアクティブスキルの二つが存在し、パッシブの方が常時発動で周囲の敵性存在を識別するのに対し、アクティブの方はより精度の高い索敵を行うことが出来るようになる。


 今使ったのは、後者だ。


 パッシブスキルの方だと、俺はセイハの索敵範囲に到底敵わないが、しかし狭い空間におけるその精度においては、彼女を遥かに超す索敵性能を持っている。


 まあ、彼女は元NPCで、俺は元プレイヤーキャラクターだからな。

 ある程度性能に開きが出るのは、正直当たり前と言えば当たり前のことである。


 ――さて、組長さんは……。


 頭に流れ込む情報を取捨選択し、目の前の建物、その内部の把握のみに全神経を傾け――いた。


 建物の二階、奥まった部屋で一人、椅子に座っている男。


 他と比べてのその部屋の作りの良さや、広い部屋に一人で座っている様子から見て、この男が組長で間違いないだろう。


 目星を付けた俺は、キィ、と扉を開き、内部へと侵入する。


「……? 何だ?」


 見張りだったらしい事務所の構成員の男が、独りでに開いた扉を不審そうに閉める横をすり抜けると、奥の二階への階段を昇り、組長らしい男がいる部屋の前で立ち止まる。


 ここからさらに忍び込む必要は……無いな。


 別に、殺しに来た訳じゃないし。


 そう考えた俺は、わざとコンコンと扉をノックし、内側から「入れ」とくぐもった声を掛けられたところで、ガチャリと開いてその中へと入る。


「…………?」


 開かれた扉のその先に、誰もいないことに怪訝そうな表情を浮かべる組長の前で――俺はスキルを・・・・・・解き・・姿を現・・・した・・


 


「――どうもこんにちは。しがないギルドマスターです」



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