第4話
私は道を『まっすぐ』歩きながら考える。
帰ったらまずお掃除してっと……こう言う時私もお料理が出来ればいいんだけどなー。
チャレンジ? う~ん迷惑……かかるよね、やっぱり。
ちょっとため息が出るが、仕方ない。私は道沿いに進む。
特に風景としては目立った感じの無い普通の道だ。私は歩く。
歩く、歩く、歩く。
気のせいか結構歩いたと思うのに、山田君のアパートが見えない。
山田君は『まっすぐ行ったら右に見えるから』と言った。
辺りを見回すが、見知った風景ではない、と言うかよく考えると余り覚えてない……あう。
とりあえず歩く、きっと私だと歩幅の関係でちまちまなので遠く感じるのだろう。
気を取り直してまた私は歩く。今度はよく右を見るのも忘れない。
歩く、歩く、歩く。
――気がつくと日が大分落ちてきている。
時間的にも大分歩いている。流石にちょっとおかしい。
私、まっすぐ歩いたよね? うん、別に曲がったとか無いはず。
急に不安になった。しかしよく考えると『通り過ぎた』と言う事もあるので、私は来た道をそのまま戻る事にした。
今度は道を戻りながら、左側に注意して進む。
道はやっぱり同じような風景が続いている。
うーん、山田君のアパートが見えない……まさか迷子!?
一瞬心によぎる不安。
いやいや、まっすぐな道で迷子なんて――と断言できない自分がいるのが悲しい。
とりあえずもし迷ったとしてもこのまま戻ればスタート地点には到着できる!
私はそう思うと少しだけほっとして
誰かから迷子の鉄則として『迷ったらその場を動くな』と聞いた事があるけど、今度は一本道だから大丈夫――のはず。
それにしても、まっすぐな道を歩いているのにアパートが見つからないのは本当に不思議。どこで見落としたんだろう?
そう思いながらも結構な距離を歩く。そろそろ山田君と別れた場所についてもおかしくない。
あれ?
私は違和感に気づく。
微妙だが、道が斜めに降りている。
あれ? あれれ?
どう歩いても道が傾斜するような所は歩いてない。
私は初めて明確な不安に襲われる。
まっすぐな道を往復しだだけ。それなのに迷った?!
流石に信じられなかったが、事実私は道に迷っていた。
既に日は大分落ち始め、夕日と呼んでもいいぐらいだ。
私はとりあえずその場で止まる。
本当はまた道を戻りたいのだが、自分の居場所が分からない以上、余計に迷う。
それにここに居れば誰か通って、商店街までの道を尋ねる事が出来るかもしれない。
私はそう考えて、その場で待つ事にした。
待つことしばし……。誰も通らないまま時間だけが過ぎる。夕日がその色を濃くしていく。
私は漫然とした不安と共に、山田君が心配してるんじゃないかと言う考えに至る。
あうぅ、山田君心配してるよね。ただでさえ迷惑かけてるのに……。
しかし、まっすぐな道で迷うなんて……。
私は恥ずかしいやら情けないやら、居たたまれない気持ちで一杯だった。
早く誰か通りますよーに。と願うが、誰も通らない。
夕日だけがどんどん沈んで、時間が経過するのが分かる。
どうしよう……。
夕日を見ながら本格的に焦りが出てくる。
そんな時、不意に足元で何かが当たる。
フニャっと柔らかくて暖かい感触が足に伝わってくる。
「ひゃっ!」
びっくりして足元を見ると、何やら白くてちっちゃいのがモコモコしてる。
あ……。
「ミャ~~」
猫だ。真っ白い子猫が私の足にすりすりしてる。
可愛いー。
私は子猫の余りの可愛さに不安も忘れ、しゃがみ込んで子猫をなでる。
子猫は嬉しそうに目を細めると喉を鳴らした。
「お母さん猫は一緒じゃないのかな~?」
私はそう言いながら子猫をなでる。
子猫は一瞬こちらを見ると、頭をくるっと傾げてまた私の足にすりすりする。
か、可愛いぃー!
私は夢中になって子猫をなでる。
「何かあげられたらいいんだけど……ごめんね、私も迷子なんだ」
子猫に向かって私はポツリと呟いた。
すると、子猫がふっと私から離れて走り出した。
危ない!
私は反射的に子猫を追った。
子猫は私が歩いてきた道の方へとテテテと走る。
道の中央を走るものだから、私は慌てて追う。
「危ないよー」
子猫は私の声に一瞬立ち止まるが、こちらが追いつくかどうかの所でまたテテテと走る。
「ま、待って~」
数度、同じようなやり取りがあった。
子猫が止まらずにそのまま走り去れば、私も追う事はなかったと思う。
でも、白い子猫は微妙な距離で止まるのだ。
その度にこちらが追いかけてを繰り返す。
やっとの事で子猫に追いついた。
乱れた呼吸を整えつつ、とりあえず危ないから子猫を抱き上げる。
子猫は目を細め『ミャ~』と何だか満足げだ。
遊ばれたのかな? と私が思ったのと同時に、自分が迷子だったのを思い出す。
私の脳内に『ズガーン』とショック音が鳴り響いた。
あ、ああ、どどどうしよう、余計に迷ったかも。
あわあわする私と対照的に子猫はのんびり『ミャ~』と鳴いている。
そんな私の背後から『シャーー!』って音と、自転車の急ブレーキがかかる音が同時に聞こえる。
「倉敷さん!」
振り返ると自転車に乗った山田君がいた。
私はその姿を見ると嬉しさの余り、涙が滲んでしまった。
同時に私は山田君が汗びっしょりなのに気づく。
息も乱れているし、間違いなく私を探してくれてたんだ。
私はその姿を見て、余計に申し訳なくなってうな垂れてしまう。
なんと言って山田君にお詫びしたら良いのか分からなかった。
そんな私に山田君が近寄ってくる。
『怒られる』――私は反射的にそう思った。でも、当然だと思う。心配かけて探してもらって……私でも怒るかもしれない。
うな垂れていた私だけど、まず最初に山田君に謝ろう。
私はそう決めて、近づいてきた山田君に謝った。
「ごめん!」
「ごめんなさい!」
二つの『ごめん』が重なった。
ふぇ?
私も山田君も理解出来ずに、お互いの顔を見る。
山田君がバツが悪そうにぽりぽりと頬をかきながら、
「いや、その……ごめん。方向音痴って聞いてたのに一人で帰して」
謝る山田君に私は慌てて、
「あ、や、その私が一本道なのに迷っちゃったのが悪くて、ごめんなさい! 山田君に心配かけて……」
言いながら私は本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
「……その上そんなになるまで探してもらって」
涙が
山田君はそんな私に優しい口調で、
「良いって。俺も甘かったし、倉敷さんも大変だったろ? それに――」
山田君は笑いながら、
「結局何事も無かったんだし、次からお互い注意って事で終わり。
――ところでそのチビは?」
私は『うん』と頷きながらも、子猫を抱きかかえたままなのを思い出す。
「あ、この子迷子みたいで迷子の私の所にま……あれ?」
自分で言ってて途中で何を言っているか分からなくなってきた。
私は要点だけ伝えようと、子猫を山田君の前に持ってきて、
「と、とりあえずこの子を追いかけていたら、山田君に会えた次第です!」
「ほほう」
山田君は感心したように子猫を見ると、子猫の顔の前に人差し指をぷらぷらさせながら、
「と、なるとお前が倉敷さんを見つけてくれたって訳か。
チビのくせにやるな~」
「……ミャッ!」
子猫はカッと目を開くと、ぷらぷらさせている山田君の人差し指をぱしっと叩いた。
「あいたっ!」
子猫は山田君の指を引っかいたようだ。
私はびっくりして思わず子猫を離してしまう。
「ミャー」
地面に降りた子猫はその白い体を
「あ……」
余りにも一瞬の出来事だった。
子猫の消えた藪から山田君へと視線を移すと、
「痛ってー! あのチビ、思いっきり引っかきやがった!」
山田君は右手の人差し指を痛そうにぶんぶんと振る。
結構深く切ったのか人差し指からは血が垂れていた。
わ! わ! わ!
「や、山田君! 血、血が!」
「痛てて……大丈夫大丈夫」
そう言うけど指からは血がたらたら流れている。
えっと、えーっと、ハンカチで止血して。あ、その前に消毒!
私はパニくりながらも対処法をあれこれ考え、山田君の人差し指を掴む。
「山田君、ごめんね!」
「い?」
先に謝ってから、山田君の人差し指を口に咥える。
それから口の中で傷口部分を舐める。
「く、倉敷さん?」
「唾液には消毒成分があるから、嫌だろうけど帰るまでこれで」
私はそのまま山田君の人差し指をハンカチで包むように結ぶ。
ふぅ、これで何とか。
私が安堵していると、山田君がぽかーんとした顔で見ていた。
「ご、ごめんなさい。傷口そのままだと化膿するかもだし、猫の爪は意外と危なくて……」
「――いや、その、う、うーーん……あ、ありがとう」
山田君が微妙な表情でお礼を言ってくれる。
うう、確かにツバつけられるのは嫌だろうけど、緊急だったんだよー、化膿怖いんだよ?
再び居たたまれない気持ちになった私を山田君が先導してアパートへと戻る。
自転車は商店街の人に借りたので、今度返すとの事。
しかし、どこで迷ったんだろうと気になっていたら、どうやら最初の一本道にY字の部分があって、普通に歩けば『まっすぐ』で問題ないみたいだけど、私がぼーっとしてて違う方の道
を選択した模様。
あうあ……改めて自分の方向音痴が酷い事を知る。
アパートに帰り着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
部屋に帰ってからまずはお風呂。
山田君に先に入ってもらって、私は簡単に部屋のお片づけ。
山田君がお風呂から上がったら傷口の治療。
その後、こちらもお風呂に入った。
お風呂から上がったら、山田君が料理をしていたので丁重にお止めした。
本人は『大丈夫大丈夫』と言うが、なんの拍子にばい菌が入るか分からない。ここは用心するべきだと思う。
私と山田君の意見交換後、
――とは言ってもおにぎりを握って、山田君が作っておいたお味噌汁を温めただけです、はい。
タクアンも出して今日の夕食の完成。
夕食を食べながら、私は自分が迷子になった経緯を山田君に話す。
山田君は相槌を打ちながら聞いてくれる。
『山田君の方はどうだったの?』と聞くと、山田君は『う~ん』と唸りながら一言、『大変だった』とだけ教えてくれた。
何が大変だったんだろう……?
気にはなるが、山田君が余り話したく無さそうなのでそれ以上は聞かなかった。
「それより倉敷さん、藤田さんからもらったその袋見た?」
「あ、そう言えば――」
ドタバタしていたのですっかり忘れていた。
私は藤田さんから頂いた袋を開けてみる。
「わぁ……」
袋の中にはいくつかのお洋服が入っていた。
それとメモが入っていて『お古だけど良かったら着てね』と。
私は袋の中身を広げてから山田君に向き直って、
「こ、これ? 本当に貰って良いのかな?」
私の言葉に山田君は『ふむふむ』と広げた洋服を見ながら、
「いいと思うよ。しかし藤田さん流石に良いセンスしてるなぁ」
山田君は洋服の1つを手に取ると、
「今度藤田さんとこ行く時、これとか着ていくと良いよ。
ま、倉敷さんならどれ着ても似合うだろうけど、藤田さんも喜ぶよ」
「え、そ、そっかなー? エヘヘ~」
山田君に褒められて、私は思わず顔が綻んでしまう。
あ、そう言えば……。
「山田君、山田君って何でみんなから『ハム』って呼ばれてるの?」
私は前々からの疑問を聞いてみる。
山田君は『あー』と言いながら、
「俺の名前、『山田
ふんふん
「『公』の字から『ハム』って昔から言われてるんだ」
なるほどー。
疑問が解けた。山田君、下の名前は
今更ながらに山田君の名前を知った。
「――因みに言い始めたのはおやっさんだけどね」
山田君はそう言って若干苦い顔をする。
大田さんとやっぱり仲が良いんだなー。私もそう呼んだ方が良いのかな?
私がそう思っていると、まるで見透かされたかのように山田君が、
「倉敷さんは今まで通りでいいから」
念を押すように言われた。あれー?
確かに山田君を『ハム』とは呼べないし、『ハム君』? 『ハムさん』? うーん、やはり山田君の方が良いかな。
「さて、明日は木村さんと加藤さんの手伝いだから」
「うん、9~12時と14~17時だね」
「そうそう、送り迎えはちゃんとするから安心して」
「あうぅ、本当にスイマセン……」
私は今日の事を思い出して思わず謝る。
山田君は慌てて、
「あー、気にしなくていいから! 慣れるまでちゃんと付き合うよ」
「――うん、ありがとう山田君!」
山田君に感謝しつつ、夕飯のお片づけ。
藤田さんから頂いたお洋服はとりあえず壁に掛けさせてもらった。
明日からいよいよ初お仕事、頑張らねば!
私は今日 うぃーど君 @samurai-busi
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