第3話

「さて、まずは話を整理しよう」

 夕食が終わってからお片付けした後、山田君はそう言った。

 因みに今日の夕食は鳥のから揚げ。

 美味しかったー。

 山田君から持たせられた袋には各種食材がみっちり詰まってました。

 山田君曰く『腹いせにガメてきた』そうです。

 私の『大田さんに悪いんじゃ?』に対して、『これぐらいじゃ懲りないからいい』との山田君。

 良く分からないけど、とりあえず大田さんに感謝。今度会ったらお礼を言おう。

 私がそう思っていると、山田君がちょっとバツが悪そうな顔をして、


「まず最初に倉敷さん、ごめん」


「へ?」


 いきなりの山田君の謝罪の言葉。私は意味が分からず聞き返す。


「住む所、結局ここになっちまった……」


 すまなそうに話す山田君。

 私はびっくりして、


「そんな事ないよ! むしろ私こそ山田君に迷惑かけて……」


 言いながら私は落ち込んでしまう。

 これまでを考えても山田君には迷惑かけっ放しだ。

 自己嫌悪になる私に山田君は慌てて、


「いやいや、ほとんどおやっさんの嫌がらせだから、倉敷さんは悪くないって」


「嫌がらせ?」


「そう、あの人後先考えずに面白ければ何でもいいと思ってる節があってね……」


 山田君が何か思い出があるのか珍しく苦い顔をする。

 私が『?』としてると、


「う、いや、とりあえずこの話は置いといて。まず仕事なんだけど……」


 そう言って山田君が説明をしてくれる。

 簡単に言うと、山田君はこの町で色んな事をお手伝いしてる『何でも屋』と

言うのを仕事にしてるらしい。

 で、最近商店街でちょっとした人手不足らしく、それを私にして欲しいとの事だ。

 山田君は後ろのポッケからメモ帳を取り出すと、


「んー、とりあえず明後日の月曜日から行ってみようか。後、倉敷さん」


「は、はい」


「出来ない事ある?」


 あう……。

 自分でもある程度は何でも出来るとは思う……。 

 この質問は多分電気屋さんみたいな専門的な事が出来るか? と言うよりも

女の子としての一般的な事だと思う。

 ついに、ついに言わないといけない時が。

 私は申し訳ないやら恥ずかしいやらで、畳みに『の』の字を書きながら、


「や、あの、ですね。大体は、大体はー出来るんですよ?」


「ふんふん」


「ずっとやってたので家事やお掃除、裁縫まで大体は――出来ます」


「おー」


 山田君はぱちぱちと拍手してくれる。


「今時そこまで出来ればすごいと思うけどね。

 ……で、なんで落ち込んでんの?」


 あうあ……。


「実は……私、お料理だけは……だめなんです」


 そう、今日の夕食も後片付けはさせてもらったけど、夕食自体は山田君が

作ってくれた。

 私は昔からお料理が苦手で、料理するのは好きだし嫌いじゃないんだけど、

出来る『モノ』が酷くて……あうあ。


「なんだ、そう言う事か」


 山田君は事も無げに言うと、


「大丈夫、出来ない事をさせる訳じゃないし、それに倉敷さんどう考えても

出来る事の方が多いんだから落ち込む必要無い無い」


 言って山田君が軽く手を振る。

 私は『本当に?』と視線を送る。

 山田君は大きく頷き、メモ帳に視線を落とす。


「とりあえず月曜日9時~12時は木村さんの本屋でお店番、14時~17時は

加藤さんの花屋で手伝いとこんな所かな?」


 おー、だ、大丈夫と思う!


「お給料はその場で貰えるし、仕事前に案内がてらこちらも同行するから」


 山田君が一緒だと安心……っていけない。もう1つ言わないといけない事が。


「山田君、実は私結構方向音痴で……」


「ん? どれぐらいの?」


「結構酷いと思います、はい」


 ふんふんと山田君はメモ帳に何かを書き記す。


「地図書いて案内すれば行ける?」


「な、慣れれば!」


「了解」


 山田君は更にメモ帳に何かを書き記してから、メモ帳を閉じる。


「よし、とりあえず仕事の件は追々詰めるとして、明日は買い物に行こうか倉敷さん」


「お、お買い物ですか」


「うん、暫くここに住むにしてもこのままじゃ、ね。色々必要な物を揃えないと」


 私はリュックにあるサイフを取り出して中のお金を確認する。

 あう……足りるかな?


「おっと、明日の分はこちらが立て替えておくから大丈夫。

 給料出たら返してくれればいいから」


 山田君のありがたい申し出に私は頷く。


「さて、こっからは安心と安全な生活の為のルールっつーか、細かい事を決めようか」


 山田君は棚からノートを取り出して、いくつか書き出していく。

 内容は週間での家事色々の分担やお風呂の順番、各種ルール設定だ。

 そんなの山田君優先でいいよと私が言っても、『曖昧だと気持ち悪いからやだ』って

言われて、私達は夜遅くまで色々話し合った。

 山田君って学校の時はかなり大雑把な印象だったけど、こんなに細かく気遣いする人

なんだなと思うと不謹慎だけど可愛く思えてしまった。

 あ、山田君=ハムの理由を聞きそびれたな。また今度聞いてみようっと。



 一夜明けて、私は朝から山田君に連れられてお買い物に向かった。

 まずは私が必要な日用品の購入の為、雑貨屋さんに寄る。

 ここは田中さんが経営していて、倉敷さんも手伝いに入る予定のお店と山田君が

教えてくれる。

 失礼の無いようにしなければ……。

 私が気を引き締めていると、山田君が先にお店に入る。

 お店に入った瞬間、ちっちゃいメガネをかけた人の良さそうなおじさんが笑顔で

迎えてくれる。


「ハム君いらっしゃい。聞いたよ~、君も中々やるじゃないか」


 にこにこと笑顔で田中さんは山田君にそう言う。

 流石山田君、親しくお付き合いしてるんだなーと私が思っていたら、山田君の顔が

ひくひくと強張る。あれれ?


「田中さん……、『誰から』聞きました?」


「うん? 昨日善ちゃんから電話きたよ? ハム君が犯罪すれす……」


「ちょ~~っとこっちっすか!」


 山田君は田中さんの肩を豪快に掴むと店の奥へと行く。

 私も行くべきかな? と思っていたら山田君が一瞬こっちを向いて『そのままで』と

短く言う。

 距離が離れたので二人の会話は良く聞こえないが、ほんの少しだけ会話が聞こえてくる。


「――だから……で、……なんですよ」


「あれ~? そうなの? てっきり……だと、善ちゃん……連絡……手遅れだねぇ」


「――あのくっそじじい!」


 山田君の最後の言葉は離れててもはっきり聞こえた。

 山田君の怒った声は珍しい、よほど何かあったんだろうか?

 私が心配してると、ちょっとだけ強張った表情の山田君とにこにこ笑顔の田中さんが

こちらに戻ってくる。


「いや~、ごめんね。おじさん何か勘違いしてたみたいで。えっと、望ちゃんだったよね。

 うちを手伝ってくれる時は宜しくね」


「は、はい。倉敷くらしき のぞみです。どうぞ宜しくお願いします」


 私はぺこりと頭を下げる。


「いやー、良い子じゃないか。ハム君別にあの話、そのままでも……」


「お じ さ ん」


 振り返って言う田中さんを後ろから山田君がわっしと肩を掴む。

 田中さんは『あいててて、ごめんごめん』と謝ると色々お店を案内してくれた。

 品物は結構多く、色々おまけもしてくれた。

 『山田価格』と言って田中さんは笑っていた。

 購入が終わって、私はお礼を言って雑貨屋さんを後にする。

 お店を出てからも山田君が何か独り言を言いながら考え込んでたので『大丈夫?』と

聞くと、


「大丈夫……だけど、色々手間が増えそうだ」


 よく分からないけど、山田君が大変でなければいいなー。

 私が思っていると、次のお店に到着する。

 『藤田洋品店』と看板があり、今度も先に山田君がお店に入る。

 ただ、さっきと違って若干恐る恐ると言う感じで。

 お店に入ると『いらっしゃ~い』と年配の女性が声をかけてくる。

 年配の女性は山田君を見ると、慌ててこちらに向かってきて、


「まぁまぁまぁ! ハムちゃん、善ちゃんから聞いたわよ!」


「……すんません、ちょっといっすか」


 山田君がため息混じりにそう言うと、女性を連れてお店の奥に行く。


「えー! そうなの? 善ちゃんの話だとてっきり……」


「藤田さんもっと小さく!」


 離れたはずなのによく聞こえる声に山田君が制止してる。

 藤田さんは『あら~、やだわぁ』と楽しそうに笑っていたが、すぐに二人とも戻ってきた。


「ごめんね~。お待たせして、えっと……?」


「あ、倉敷 望です。どうぞ宜しくお願いします」


 ぺこりと私が挨拶をすると、藤田さんはパァっと笑顔になり、


「あらまぁ~、良い子じゃないの。ハムちゃん、善ちゃんの電話あながち間違いに

しなくても……」


「藤田さ~ん」


 ちょっと泣くようなトーンの声の山田君に藤田さんは『おほほ』と笑っている。

 何だかその光景を見て、思わず微笑ましく思ってしまった。

 ――山田君が苦労してるのに……ちょっと反省。


「で、今日はなんの御用なの?」


「あ~、えーと、倉敷さん、パス」


「え? あ、はい、今日は替えの下着とか買いに」


 私が今日の用向きを伝えると、藤田さんは腕組みしながら暫し考えて、


「あら~、じゃ、ハムちゃん邪魔ね。あ、そうそう階段の板が抜けそうなんだけど、

見てくれない?」


 『へいへい』と山田君は店の奥へと向かう。

 藤田さんは山田君が奥へと行ったのを確認してから、


「さて、こっちにおいでなさい。どんなのが良いかしらね~?

 望ちゃん可愛いからおばちゃん楽しみだわ~」


「あ、いえその、持ち合わせはそんなに無いので、出来れば安いのが~」


 私が恐縮しながらそう言うと、藤田さんはにかっと笑うと、


「大丈夫よ~、全部ハムちゃんにツケとくわよ」


「ややや、そ、それは」


 私が慌てると、藤田さんは豪快に笑って、


「望ちゃん良い子ね~。今日は下着だけなの?」


「は、はい、すいません」


 私が恐縮してそう返事をしてると、山田君が戻ってくる。


「藤田さん階段の釘完全に抜けてるよ。工具箱どこ?」


「あら、ハムちゃん工具箱は箪笥の奥よ。あ、ついでに箪笥の引き出しも

おかしいから見て頂戴」


「あいよ」


「そうそう、望ちゃんちょっと奥でおばちゃんのお手伝いしない?」


「は、はい」


 突然振られたので、反射的に答える私。

 藤田さんは満足そうに微笑むと、


「二人とも折角だからお昼ご飯うちで食べていきなさいよ。

 ――ハムちゃんお手製で。」


「俺すか?」


「ハムちゃんのご飯美味しいんですもの~、今日はチャーハンが良いわね」


 山田君は『へーいへい』と言いながら、また奥へと消える。

 私は藤田さんに連れられて、店内の一角にある作業場へと来る。


「ちょっとしたすそ上げ作業なんだけど、数が多くて。出来るかしら?」


「あ、大丈夫です!」


 これぐらいなら良くやってたので得意!

 私は藤田さんに作業の詳しい内容を聞いてすぐに取り掛かる。

 作業は順調に進み、小一時間ほど過ぎた所で店内に美味しそうな匂いが漂ってくる。


「出来ましたよ~っと」


 山田君が奥から顔を覗かせて言う。


「あら、それじゃお昼にしましょ」


 藤田さんがそう言ってお店の奥に案内してくれる。

 居間のテーブルにはチャーハンとスープとサラダが盛り付けられていた。


「いや~、今日は助かったわ~。今度望ちゃんに正式に頼まなきゃね」


 私は褒められて思わずテレてしまう。

 そんな様子を『おほほ』と笑いながら、藤田さんはスープを一口、


「んまぁ、相変わらず美味しいわね~。ハムちゃん飲食屋すればいいのに」


「ん~? 今の仕事が性に合ってますから」


 もぐもぐと食べながら、山田君が答える。


「あ、階段と箪笥は直しときました。箪笥は重い物の入れすぎなんで

今後は注意して下さい」


 藤田さんは『あらそう?』と言いながら、食事を続ける。

 色々お話を聞かせてもらいながら、楽しくお食事をご馳走になる。

 帰る時に藤田さんからビニールの袋に入った品物を頂いた。

 今日のお手伝い賃との事だ。

 ご飯をご馳走になった上に貰うのは申し訳ないようなと山田君を見たが、

『大丈夫』って顔で頷かれたので私はお礼を言って受け取る事にした。



 藤田洋品店を出て、この間通った商店街付近へと来た。


「うーーーむ」


 山田君が不思議と難しそうな顔で唸る。


「どうしたの? 山田君?」


「いや、本当ならちょっと商店街で買い物して帰ろうかと思ったんだが……。

 嫌ーな予感が、ね」


 嫌な予感? 何だろう?

 と、思っていたら後ろの方から誰かが声をかけてくる。


「お、ハムやん、聞ーたよー。大丈――」


 山田君はさっと振り向くと声をかけた人に向かってツカツカと一気に歩く。


「大さん、それおやっさんから?」


「う、うん、そうよ? 昨日電話きたで」


「くっ!」


 山田君は歯がゆい感じで奥歯をかみ締めると、


「倉敷さん、ごめん俺ちょっと寄るとこ出来たから先に帰っといて、

この道まっすぐ行ったら右に見えるから」


「う、うん」


 私は山田君から鍵を受け取って、その場を離れる。

 離れながら見ると、山田君が大さんと一緒に、いや引きずるように? 商店街へ

と消えていく。

 うーん、『善ちゃん』って大田 善吉さんの事だよね?

 今日会った人みんな電話でって言ってたけど、一体昨日何したんだろう?

 私は疑問に思うのと同時に、今日の山田君とみんなとの触れ合いを思い出して、

思わずクスっと笑ってしまう。

 純粋に『みんな』と『山田君』の付き合いが羨ましいと思った。

 私も山田君の役に立つように帰ったら色々やろーっと。

 私は頭の中で帰った後やる事を考えながら、帰途につく。

 後で思い返すと、これがいけなかったんだろうと思います……。

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