25 バーチャルリアリティー中年男性

 <<ミサオ君、気をつけて。そこに居るのは中枢機関の防衛プログラムよ>>


 頭の中に響くミネル博士の声が、ショッキングな事実を伝えてくる。


 どう見てもその辺のオッサンなんだけど。

 場所も作業場だし。

 さっきまでのダンジョンの方がよっぽどサイバー空間だったなあ。


「勝手に入って来たんか。人ん、断りなく入ったて」


「えっと、すみません」


 <<まともに会話しなくていいのよ。早くアクセス権限キーを見つけ出して帰ってきなさい >>


 博士の指示に従い、オッサンの横をすり抜けようとするが、肩をぐいっと掴まれてしまった。


「待ちんせぇ。何しにきたんや、お嬢ちゃん」


 振りほどけない。

 こっちは女の子で、向こうは大人の男。

 力の差は、どうやら見た目通りのようだ。


「お、近くで見ると可愛えな」

「……えっ」


「おじさんな、か一人やったでな。寂しいて、一人は」

「そ、そうですか。それは気の毒に」



「ほうやろ? やでな、お嬢ちゃん。まー我慢できへんのやて」




 ――“勃起”――!



「ちょ、ま、待って! やだ!」

「初めてか、嬢ちゃん。ええて、ええて。按配あんばようやったるに」


 良くない!


「おじさんのデータ、ようけ流し込んだる」


 <<相手は君のデータを書き換えようとしているわ! 阻止しないと現実こっちに帰ってこられなくなるわよ >>


 そんなこと言われても、覆い被さられちゃって……!


「ほんなら、強制侵入スケベするで、えか」


「いやだ……いやーっ!」


 <<頑張って抵抗して、時間を稼いで! もう少しで送り込めるから >>


 どれだけもがいても、無骨な男の体はどかせない。


 ついにオッサンはベルトを緩め、チャックを下ろし――




 がちゃり、と作業場の壁が扉のように開いた。



 音もなく入ってきたのは、女の子。

 サファイアブルーの長い髪、耳にあたる部分からは銀色のアンテナ? のようなものが伸びている。

 まるで作り物のように整った顔立ちは、機械的とすら言える。

 ただの女の子ではない。とびきりの“美少女”だ。


 そのは、外見通りの冷たい表情でツカツカと、僕とオッサンの方へ近づいて。


 覆い被さり尻を出したオッサンの股間を、思いっきり蹴り上げた!



「……君が、“助っ人”?」



 気を失って崩れ落ちたオッサンを傍らにどかす。


 謎のメカニカル美少女は、僕の質問には答えず仮想現実作業場サイバーフィールドの片隅で事務机の引き出しをまさぐり始めた。



「どうぞ、アクセス権限キーです」


「あ……ありがと……」


 ずい、と手渡されたディスクシリンダー錠(普通の家の扉に使われてるやつだ)を受け取る。

 目の前の美少女は相変わらず機械的無表情だが、口もとだけは僅かに微笑んでいるようにも見える。



 <<ご苦労様、“ルア”。ミサオ君もね。あとはそのアクセス権限キーを使って、収蔵されているパーツを回収するだけよ>>



 ミネル博士の労いが頭の中に響く。

 ルアと呼ばれた助っ人の少女は僕に向かってサムズアップして、電脳空間サイバーフィールドから姿を消した。



 *

 *

 *



 遺跡島クメイからズィミへと帰還する船内。

 テレパス・コントローラーの力を終日にわたり使い続けたミサオは、船室の簡素なベッドで泥のように眠っている。


 同じ部屋のテーブルには、ミネルとキーロの姿があった。


「キーロ君。これ、ルツィノ様から預かってきたのだけど」

「……また縁談?」


 キーロは、渡された書面を一読してテーブルに放り落とした。



「パスで」



 自由気ままな王子を見るミネルは少し困ったように眉を下げ、眼鏡のブリッジに指を添える。


「またいつもの返事を伝えておけばいい? “好きな子がいる”、って」


 可憐な少女の姿をしたモア王国の末っ子は「うん」と一言の後、付け加えた。




「――今度は嘘じゃないよ。本当に、好きな娘ができたんだ」

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