21 困惑きわめる攻略対象

 「もっと微妙な無表情で。そうそう。で、そこをタッチして」


 カシャ、とシャッターを切る効果音がして、キーロは鏡に映った自分自身を撮影した。


 よくSNSで見るやつだ。


「次はその天資スマホをこうやって、顔の斜め上に挙げて。口はアヒルみたいな形に。目線は上よ」


 シャッター音。


 上目遣いかつアヒル口の自撮り写真が出来上がる。

 ミネル博士の指示は細かく、キーロは髪の毛で顔の両側を隠してさえいた。


 よくSNSで見るやつだ。


「……ボクは何やらされてるの?」


 スマホの存在すら知らないキーロは、一連の行動が純粋に理解できないようで首をかしげる。


 いま君は、をやらされているんだよ。


 端末を操作するミネル博士は淡々とした表情だが、よく見ると肩とかが小刻みに震えている。内心大爆笑のご様子だ。


画像を記録したのよ」

「今のやつ、残るの!?」

「しかも母船のネットワークに送るわ」

「広めるの!?」


「ちょ、ミネル博士。この世界ってネット繋がるんですか」

「衛星軌道上に中継艦が配置されているもの。どんな山奥だったオンラインよ」


「ミネル先生、言ってること分かんないんだけど。ミサオはわかるの?」

「うん。とりあえず、かなりの恥ずかしプレイだったねコレ」


 無自覚のまま自撮りをやらされ、ネットにアップされる男の娘。

 その後のあれこれを想像して、こちらも思わず顔が赤くなる。

 僕の顔を見て、キーロは釈然としないながらも、ゔっ、と呻いた。


 その様子に、ミネル博士はようやく満足したようで。


「こんな所で良いでしょう」

「温情に感謝します、ミネル女史。では、キーロ、件の“装置”の資材回収を任せるぞ」


 キーロがうなずく。


「それはボクから申し出ようと思ってたくらいだし。ミサオの記憶を取り戻せるんでしょ?」


「取り戻すと言うより、観るのだけど、似たようなものね。ところでキーロ君、たまにはルツィノ様にお便りしてる?」


 ルツィノなる人物の名前を出されると、キーロは苦笑いして目を逸らした。


「……母上は、いい加減子離れの時期ですよ」

「私からしてみれば、あの子だっていつまで経ってもお姫様だけれど」

「ミネル先生も変わりませんよね。いろんな意味で。秘訣とかあるんですか」


 ん?

 ミネル博士、いくつなの?


 見た目はヴィナンさんとそんなに変わらない感じなんだけど。

 キーロのお母さんを子供扱いしてるってことは……?



亜光速航行しゅっちょうを何回か。それだけよ」



 *


「やっぱりさあ、食料が尽きたら現地調達かな?」


 ズィミ島の近くにある小島、遺跡島クメイへ向かう船の中。

 いまさら不安になってきた。


 出発前にティンが持たせてくれた“戦慄の蒼 −THE BLUE DESTINY Ⅰ−”の折詰が無くなった時のことを想像してしまうのだ。


「ミサオ、心配し過ぎ」

「だって初めてなんだもん!」


 そうなのだ。

 これから向かうのは孤立無援の迷宮ダンジョンなのだから。

 人生初ダンジョンなのだから!



 ミネル博士に依頼されたのは“過去を見る装置”の部品パーツ探し。

 探すと言っても、在り処は分かっている。今向かっているクメイ島だ。


 通称、“遺跡島クメイ”。

 昔、空から落ちてきた大きな天資シングがそのまま小島になったものだそうで。

 島の中心部にすごい力を秘めた天資シングがあるんだけど、ダンジョンに阻まれていて辿り着けた人は居ないらしい。


「アオイタツは遺跡が多いからさ、ボクは何度か“遺跡潜り”やったことあるし、頼ってくれればいいからね」

「うん……本当、頼りにしてる」

「よしよし、素直なことは良いことだね」


 そうこうしているうちに、僕たちを乗せた船は件の島に到着した。


 クメイ島は、思っていたよりも小さな島だ。

 全体が視界に収まる程度の陸地の中心に、直方体で灰色の――明らかに人工の建造物が鎮座している。


「あれがダンジョンよ」


 案内役のミネル博士がさらりと言って、島を先導する。


 入り口は、浜辺から歩いてほどなくの場所にあった。


 一見して継ぎ目のない灰色の壁に、博士が手を添える。

 どこにスイッチがあったのか分からないが、壁は重々しい音を立てて正面から真っ二つに別れ。


 生まれて初めて目にする“迷宮ダンジョン”の入り口に、僕は――首を傾げた。



「これ、ですか?」



 確認するように、目の前のに指をさす。


 クメイ島の迷宮と呼ばれるそこは、大きな体育館とたとえるのが一番しっくりくる。


 


 だだっ広い箱の入り口に、僕たちは立っていた。

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