20 ミネル博士の転生講座

 いつか軍団の皆が勢ぞろいしていた応接間に、今はたった三人が座っている。

 僕とヴィナンさん、そしてミネル博士(女史じゃなくて博士って呼べと言われた)だ。


「それで? 何から知りたいのかしら」

「え、えっと……転生者エクスポーテッドって何なんですか」

「――なるほど。あなたも、自分が何者なのか自覚がないタイプなのね」


 お茶の入ったカップを一口だけ傾けてから、ミネル博士は勿体ぶりもせず話し始めた。


転生者エクスポーテッドとは、殖種帰化船団サクセッサー――天資シングをこの地に降ろしている者達が生み出した人造生命体よ」

「人造人間!? もしかして、僕もシャバーニみたく機械の体なんですか!?」

「安心して。あなたも私もれっきとした人間。転生者エクスポーテッドは、船団が蓄積した遺伝子データを組み合わせて人為的に“出力”された存在なの。本来はこの惑星クァズーレにおいて何らかの役割を持たされるのだけど……」

「……ミサオは、例外なのか」

「そういう事」


 面食らう僕に代わってヴィナンさんが尋ねる。

 て言うかヴィナンさん、いつもの事ながら妙に落ち着いてるな。


「先日、船団むこうへ出向いた折に報告を受けたわ。遺伝子データを採集するスキャナ艦がトラブルを起こした、って。普通なら存在を察知されない筈の彼らが、次元スキャンを行う際に“気配”を悟られ、スキャン対象者はそれがきっかけで不幸な事故に遭ってしまった、と」

「それが僕……?」


 ミネル博士は黙って頷き、メガネのブリッジに指をやる。


 なんとなく思い出してきた。

 僕はあの時、妙な声を聴いて、そしたらトラックが突っ込んできて――


「それで僕、どうなったんですか」

「即死だったそうよ」

「え……何て?」

殖種帰化船団サクセッサーは、命を落としたあなたを再び蘇らせることにした。罪滅ぼしのつもりなのかしらね。だけど、元居た時空――21世紀の太陽系第三惑星への出力はリスクが大き過ぎたの。だから、縁のあるクァズーレに飛ばした」

「チキュウ。そこがミサオの故郷なのか」

「ええ。地球という惑星せかいの、日本という国よ。そうよね?」

「そう、です……」

「ちなみに、データスキャンが不十分だったから、生体情報を部分的に既存データで補ったらしいわ。君、もともと男の子だったのでしょう? 性別が変わってしまったのもその影響ね」


 淡々と語り終えて、ミネル博士はもう一度お茶を口にした。


 僕はといえば、口の中はカラカラに乾いていたけれど、何か口にする気にはなれなかった。


「ショックを受ける気持ちは理解できるわ。それとも信じられないかしら?」

「いえ……僕、記憶も曖昧なんで……」


 記憶がない。


 僕がぼんやりとしたまま言ったのを聞いて、ミネル博士は少し思案して。


「元の世界、見てみる? きっかけがあれば記憶もはっきりするんじゃない?」

「戻れるんですか!?」

「まあ、できなくはないわ。だけど、過去に戻す事はしない。君が死んでしまった後の世界を観ることになるわ。それでも良いなら――」


「お願いします」


 自分でもびっくりするほど、即答だった。


 元の世界へ帰りたいとか、そういうのじゃない。


 ただ、少しでも、なんでもいいから、確かめたいと思った。


 僕は一体、どこに居るべき存在なのか、って。


「決まりね。それじゃあ、“装置”を作らなきゃね」

「今から作るんですか!?」


 作れること自体には疑問はない。

 この人なんでも出来そうだからだ。


「こんなこともあろうかと設計図と工作機械は用意してきたから、資材さえあれば三日で準備できるわ」

「さすが博士ハカセ!」


「ヴィナン君、本来の作業も並行してやるから安心してね」

「ええ、気にしないで下さい。私もミサオの意思を尊重したい」


「それでね、問題がひとつだけあるの。装置の中核に用いるパーツなんだけど……」



「ピィヨ!」



「わわ、チャマメ、ちょっと向こう行ってて!」



 応接間の扉がガサガサバタバタと音を立てる。

 チャマメがドアを開けて欲しくて翼でノックする時の音だ。


 すかさずヴィナンさんが扉を開けると、足元をすり抜けたチャマメがまっすぐ僕の方へ駆け寄ってくる。

 そして、逃げようとしたキーロはヴィナンさんに首根っこを掴まれた。


「立ち聞きは感心しないな? キーロ」

「えへへ……斥候スカウトの職業病みたいなもので」

「職務熱心で結構だ。ミネル女史、どうする?」


 ミネル博士の口元がわずかに釣り上がる。

 キーロは、それまで浮かべていた愛想笑いをひきつらせた。


「悪いにはペナルティね」

「ミネル、お手柔らかにぃ……」


 博士とキーロのやりとりは、なんだかお互い馴染みのものって感じがする。

 もしかして、毎年こんなことをやっているんだろうか 。


「はい、これ持って鏡の前に立って」


 ミネル博士がキーロに長方形の板っぽい“機械”を持たせる。



 ――それは、どう見ても携帯端末スマホだった。



「異世界で! スマートフォンを使うんですか! ミネル博士!?」


「大丈夫よ」


 思わず問いかける僕に、ミネル博士は相変わらず涼やかだ。


 何が大丈夫なのかは、よくわからなかった。

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