20 ミネル博士の転生講座
いつか軍団の皆が勢ぞろいしていた応接間に、今はたった三人が座っている。
僕とヴィナンさん、そしてミネル博士(女史じゃなくて博士って呼べと言われた)だ。
「それで? 何から知りたいのかしら」
「え、えっと……
「――なるほど。あなたも、自分が何者なのか自覚がないタイプなのね」
お茶の入ったカップを一口だけ傾けてから、ミネル博士は勿体ぶりもせず話し始めた。
「
「人造人間!? もしかして、僕もシャバーニみたく機械の体なんですか!?」
「安心して。あなたも私もれっきとした人間。
「……ミサオは、例外なのか」
「そういう事」
面食らう僕に代わってヴィナンさんが尋ねる。
て言うかヴィナンさん、いつもの事ながら妙に落ち着いてるな。
「先日、
「それが僕……?」
ミネル博士は黙って頷き、メガネのブリッジに指をやる。
なんとなく思い出してきた。
僕はあの時、妙な声を聴いて、そしたらトラックが突っ込んできて――
「それで僕、どうなったんですか」
「即死だったそうよ」
「え……何て?」
「
「チキュウ。そこがミサオの故郷なのか」
「ええ。地球という
「そう、です……」
「ちなみに、データスキャンが不十分だったから、生体情報を部分的に既存データで補ったらしいわ。君、もともと男の子だったのでしょう? 性別が変わってしまったのもその影響ね」
淡々と語り終えて、ミネル博士はもう一度お茶を口にした。
僕はといえば、口の中はカラカラに乾いていたけれど、何か口にする気にはなれなかった。
「ショックを受ける気持ちは理解できるわ。それとも信じられないかしら?」
「いえ……僕、記憶も曖昧なんで……」
記憶がない。
僕がぼんやりとしたまま言ったのを聞いて、ミネル博士は少し思案して。
「元の世界、見てみる? きっかけがあれば記憶もはっきりするんじゃない?」
「戻れるんですか!?」
「まあ、できなくはないわ。だけど、過去に戻す事はしない。君が死んでしまった後の世界を観ることになるわ。それでも良いなら――」
「お願いします」
自分でもびっくりするほど、即答だった。
元の世界へ帰りたいとか、そういうのじゃない。
ただ、少しでも、なんでもいいから、確かめたいと思った。
僕は一体、どこに居るべき存在なのか、って。
「決まりね。それじゃあ、“装置”を作らなきゃね」
「今から作るんですか!?」
作れること自体には疑問はない。
この人なんでも出来そうだからだ。
「こんなこともあろうかと設計図と工作機械は用意してきたから、資材さえあれば三日で準備できるわ」
「さすが
「ヴィナン君、本来の作業も並行してやるから安心してね」
「ええ、気にしないで下さい。私もミサオの意思を尊重したい」
「それでね、問題がひとつだけあるの。装置の中核に用いるパーツなんだけど……」
「ピィヨ!」
「わわ、チャマメ、ちょっと向こう行ってて!」
応接間の扉がガサガサバタバタと音を立てる。
チャマメがドアを開けて欲しくて翼でノックする時の音だ。
すかさずヴィナンさんが扉を開けると、足元をすり抜けたチャマメがまっすぐ僕の方へ駆け寄ってくる。
そして、逃げようとしたキーロはヴィナンさんに首根っこを掴まれた。
「立ち聞きは感心しないな? キーロ」
「えへへ……
「職務熱心で結構だ。ミネル女史、どうする?」
ミネル博士の口元がわずかに釣り上がる。
キーロは、それまで浮かべていた愛想笑いをひきつらせた。
「悪い生徒にはペナルティね」
「ミネル先生、お手柔らかにぃ……」
博士とキーロのやりとりは、なんだかお互い馴染みのものって感じがする。
もしかして、毎年こんなことをやっているんだろうか 。
「はい、これ持って鏡の前に立って」
ミネル博士がキーロに長方形の板っぽい“機械”を持たせる。
――それは、どう見ても
「異世界で! スマートフォンを使うんですか! ミネル博士!?」
「大丈夫よ」
思わず問いかける僕に、ミネル博士は相変わらず涼やかだ。
何が大丈夫なのかは、よくわからなかった。
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