18 いつか、やって来た君へ

「ウホ(僕が……消える……そうか、歴史は間違いなく変わる。森は、みんなは救われるんですね)」


「なに、言ってるの?」


 天資シングの義体と接続した影響なのか、シャバーニの言葉が理解できる。

 せっかく言葉がわかるようになったというのに、今度は彼が何を言おうとしているのかがわからない。


「ウホホウホ(僕は、アイさんの息子なんです。だけど、父ゴリラはキヨマサさんじゃない――僕の生きた歴史では、キヨマサさんは先陣をきって邪竜に挑み、命を落としました。母はキヨマサさんを喪った後、別のゴリラとつがいになり僕を産みました)」

「キヨマサが死なずに済んだ未来では、シャバーニは生まれないってこと?」

「ウホ(その通り、のようです)」


「お前! そんなの割に合わねぇだろ! どうして過去にまで来て頑張ったお前が消えちまうんだ! どうして――お前は、消えちまうってのに! そんな、そんな“顔”してられるんだよ……!」


 もう下半身まで透けてしまったシャバーニの胸ぐら(のフェイク毛皮)をレッドが掴む。


 シャバーニの精悍な顔は、安らかだった。



「ウッホ(最初はじめから、わかっていましたから)」



 息を呑むレッド。 握りしめた手からシャバーニが離れる。

 実体の消滅が進行して、彼に触れることができなくなったのだ。


「ウホ(皆さん、力を貸してくれてありがとう。ミサオさん――あなたが居なければ、邪竜は倒せなかったかもしれない。あなたには……転生者エクスポーテッドには、感謝したい――)

「え……何て?」


転生者エクスポーテッド”。


 聞いたことのない言葉で僕を呼ぶシャバーニは、もう殆ど姿が見えない。


「ウ……ホ(僕に天資シング義体からだを授け、時空を超えるチャンスをくれたのも、転生者エクスポーテッド――空飛ぶ船に乗った、人間の――)」


「待って! まだ聞きたいことが――」


 何もない空間に、ただ僕の声だけが通り過ぎて。


 未来から来たゴリラは、もう、そこには居なかった。



 最初からことに、なったのだ。



 *


「チャマメ、ご飯だよー」

「ピィヨ!」


 カゴに盛った果物を床に置く。チャマメは嬉しそうに、大好きなリンゴからついばみ始めた。


「お、チャマメ、今からメシか。俺も腹ごしらえしていくかな」


 集会所にやってきたレッドが、手近な椅子を持ってきてチャマメの近くに腰掛ける。

 いつもよりちょっと遅めの“ご出勤”。毛先がアソんでるのは、半分くらい寝癖だろう。


「ピ!」

「お、くれるのか? ありがとよ」


 チャマメがカゴのバナナを咥えてレッドに渡し、レッドもそれを受け取って皮を剥く。

 レッドとチャマメは、森の一件以来とても仲良しになった。

 僕の次になついているのがレッド、という感じなので、キーロが悔しがっている今日この頃だ。


「そういえばさ、ミサオ。聞いたか? アイ、妊娠したらしいぜ」

「えっ。お父さんは……」

「もちろん、キヨマサだよ。あいつ嬉しそうに惚気のろけてやがったよ」


 バナナを頬張るレッドも、我が事のように幸せそうにしている。


「そっか、赤ちゃん、できたんだ。元気な子が生まれるといいね」

「だな。もう名前も決めてあるらしいぜ」


「……もしかして、それって」



 ごくん、とバナナを飲み込んでから、彼は頷き微笑んだ。



「子供の名前は、シャバーニ、だってよ」

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