16 亜空超えた大作戦
精悍な顔立ちのゴリラは、さっきのもみ合いで傷ついた片腕の傷口に指をひっかけて一気に毛皮をはがした。
――ゴリラは、身体がメカだった。
剥がれた黒い毛皮の下には、鉛色の機械装甲がメカニカルに光っている。
彼は。シャバーニと名乗った精悍なゴリラは、肉体を機械に置き換えたサイバーゴリラとでも言うべき存在だ。
「……ゥホ(その身体、
「ウホウホ(ハオコ長老は、相変わらず鋭いですね)
「…………ゥゥホ(他の者より幾分か長く生きているが、お前のような者は見た事がない)」
*ゴリラ言語はレッドが同時通訳している。
「ウホッホホ(――僕は、今から50年後の未来から来ました。この里を、滅亡から救う為に!)」
こうなってくると続きが気になるので、余計な口を挟まず聞きに徹しよう。
ヴィナンさんも同じ気持ちだったようで、二人で目を合わせて頷きあう。
「ウホウホウッホ(僕の時代に、強力な
彫りの深い精悍なゴリラ
時々、僕の方を険しい目つきで見てくる。
いや、僕ではなく、彼はチャマメを睨みつけていることに気がついた。
「ウッホ(そいつは、大蛇のような胴体に大きな翼を持ち、太い四肢の先には鉤爪を持っていたんです。僕は、奴の爪に体を切り裂かれた。その時、空から虹色の光が僕に降り注いで、声が聴こえてきた――時空を越え、邪竜の幼生体を討て。滅亡を未然に防げ、と――!)」
「ウホ(にわかには信じられない話だわ……)」
「ウッホ(まったくだ。お前、痛んだバナナでも食べたんじゃないのか?)」
「……ゥホ(
ハオコ長老の言葉に、キヨマサは黙った。
一方でアイは、シャバーニがまっすぐ自分の方を見つめているのに気づき、もじもじと目を逸らしている。あ、キヨマサが間に入って視線を遮った。
ちょっとした人間模様、もといゴリラ模様ができあがっていた。
「……そういうことか。シャバーニ。君は、このチャマメが未来において脅威となる前に始末しに来たのか」
「え、何、て……?」
ヴィナンさんの問いかけを、シャバーニがうなずきで肯定する。
ゴリラ達と、レッド、ヴィナンさんの視線が、胸に抱いたチャマメに集まる。
ぎゅ、と抱きしめられたチャマメが、ピィ、と心細そうに鳴いた。
「ゴッホゴッホ(あの邪悪な竜はこいつにちがいない!」」
「確かに、君の言う
「まだチャマメが悪い
ヴィナンさんは、僕とシャバーニ、それに周囲のゴリラたちを見回してから、言葉を次ぐ。
凛とした声が、静かな森ではいっそう美しい響きに聞こえる。
「そうだな。それに、仮にチャマメが“そう”だったとしても、これほど幼く力無き者を敵として討つなどというやり方は――美しくない」
「ウホウホ(俺も同感だ。いずれ強大な敵がやって来ることが分かっているなら、勝てるだけの力をつけて迎え撃つ。それが、俺たちのやり方だ)」
キヨマサの言葉を通訳しながら、レッドも「そうだよな」と同意する。
シャバーニを見る。
彼の目元には、ゴリラ表情を見慣れていない僕にもわかるほど、悔しさと悲しみが入り混じった苦悩がにじんでいた。
「ウホ(あなたは……! あなたは、あの時もそう言って真っ先に命を失って……!)」
「……ゥホ(子孫よ。我らが未だ知り得ぬことを、みだりに口にしてはならぬ。それが、耐え難き結末であったとしても、な)」
ハオコ老は、杖のように地面についていた右腕をゆっくりと持ち上げ、シャバーニの肩に優しく置いた。
若く精悍なゴリラはうつむく。悔しさを顔のくぼみに湛えたままで。
「……ゥホ(明日、里のゴリラを皆集め、話し合おう。今を生きるゴリラと、未来から警鐘を鳴らすゴリラと、そして――
「私たちはもとより、チャマメの処遇を決める為に此処へ参りました。願ってもないことです」
ヴィナンさんは、改めて老ゴリラにお辞儀をする。
僕も、それに倣って頭を下げる。
「ウホ。ウホウッホ、ウホ」
レッドはゴリラ返事。
どうやら難しい言葉が飛び交う同時通訳で、いっぱいいっぱいになっているようだった。
*
森の果物でもてなしを受けた夜。
葉っぱを敷き詰めた寝床がどうも落ち着かず目が覚めた。
木々の間から、月明かりが差し込む。
空には七色の星が賑やかに輝いている。
寝床から立ち上がると、横で眠っていたチャマメも眼を覚ます。
すっかりなついてくれたチャマメは、僕の姿が見えないとピヨピヨと寂しがるようになっていた。
「ちょっと散歩しよっか」
チャマメを抱いて、ゴリラたちの水場になっている泉まで足を運ぶ。
夜空の光を反射する泉のほとりには、先客が居た。
ナックルウォークで悠々と歩く、二つのゴリラ影。見知ったゴリラだ。
「あ、キヨマサと、アイ」
時折顔を見合わせて何かを言っているようだが、距離が遠くて聞き取れないし、そもそもゴリラ語はわからない。
ただ、“いい雰囲気”だということはわかった。
本能的な好奇心がわいてきて、もう少しだけ近づいて観察しようと足を踏み出した時。
「ヤボはよせよ、ミサオ」
向こうからやってきたレッドが、声をひそめて言った。
「わかんだろ? あいつら、
月明かりがレッドの顔をなでる。
昼間は陽射しに映える爽やかな顔立ちが、いっそう柔らかで穏やかに見える。
「レッドは、キヨマサとアイのことよく知ってるの?」
「ああ。親なしの俺たちは、三人揃ってハオコのじっちゃんに育てられたからな。幼なじみっつーか、兄弟同然さ」
「そう、だったんだ」
相槌をうちながら、レッドを見つめる。
どうしても、気になったんだ。
レッドの穏やかな顔は、どこか少し、寂しそうに見えたから。
「なんだよ、じっと見て。俺の顔になんかついてるか?」
「ううん。そういうことじゃないんだけど」
彼は、僕の気持ちを感じ取ってくれたらしい。
「……アイはさ、俺にとっても初恋だったんだ」
にこりと笑って、自分から続きを話してくれた。
内容は微妙に引くものだったが、それ以上に、照れ臭そうに片思いの失恋を語る彼に、なんだか胸がドキドキして。
正直言って、僕はこの時、レッドに魅力を感じていた。
訳もなく湧き上がって来た気持ちは、なんとも居心地が悪くって。
この場に誰も居なかったら、転げ回って身悶えしたいくらいで。
「ピィヨ?」
僕の気持ちが伝わったんだろうか?
チャマメも落ち着きがなくなってきた。
いや、待って。明らかに落ち着きがない。
て言うか、腕の中で小さな翼をばたつかせて暴れ始めた。
ピギィ、ピギィ、という鳴き声は普段よりも甲高い。
「どうしたのチャマメ!?」
「……ミサオ、こいつ怯えてるぞ。動物がこういう声を出す時はな、敵が近くに居るときなんだ!」
チャマメの反応、レッドの警告。
――その通り、と言わんばかりに、泉の水面が泡立って、弾けた!
里の泉は学校のプールくらいある。
出てきたソレは、最初から泉の底に潜んでいたとは思えないほど、大きかった。
深緑色の鱗に覆われた胴体と、同じ太さの 大きな
岸に腹ばいになった寸胴の端から、にょろりと太い尻尾が水面を叩く。
体格と比較して小さい前肢と、逆にやたらと発達した後肢には、いずれも黒い鉤爪がついている。
そして、胴体の背側にはトビウオのヒレのようなものが生えていた。
一言で言えば“ドラゴンのできそこない”だ。
「ゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
喉奥から呻くような音を吐き出し、眼球を覆っていた白い膜が開き。
縦長の瞳孔が、キヨマサとアイに向けられた。
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