15 危険な飛来物
「紹介するぜ。俺を育ててくれたじっちゃん――長老ハオコだ」
「…………ゥホ…………」
周囲に若いゴリラを従えたハオコなる老ゴリラ。
彼が口もとをモゴモゴと動かすのに合わせて、レッドもフムフム頷く。
「美しいご婦人と可憐なお嬢さん、このようなゴリラ所帯へよくぞいらっしゃった――だってさ。じっちゃん、カレンってなに? あ、かわいいって意味? よかったなミサオ。かわいいってよ!」
「ああ、はい、ありがとうございます。レッド、ゴリラ語わかるんだね」
「そりゃそうさ。特にじっちゃんの言葉が聞き取れる奴はそんなに居ないんだぜ」
胸をはるレッドの頭に、ハオコ長老のゲンコツが落ちる。調子に乗るな、という意味らしい。
「ハオコ老も息災でなにより。こちらは新入りのミサオ。私は、理由あって今はこのような風貌をしておりますが――」
「……ゥホ」
「団長、じっちゃんはちゃんとわかってるよ」
「さすがは森の賢者。慧眼、恐れ入ります」
「…………ゥホゥ……」
ハオコ長老の垂れた瞼の奥、深淵のような眼差しが僕に向けられた。伸びきらない指で僕をさし、口もとをモゴモゴ動かす。
「やっぱすげぇよじっちゃんは。団長が女になったのもミサオの仕業だろ、って。ミサオには、人智を超えた力の片鱗を感じる、だって」
「……何て?」
「ハオコ老――! ミサオに関して、彼女の
レッドはおそらく自分自身は理解できない言葉もそっくりそのまま翻訳してくれた。
このゴリラ、いやゴリラ様はどこまで分かっているんだろう。
――もしかして、僕の欠けた記憶や女の子になってしまったことについても、何かわかるのだろうか。
「ピィ」
「あ……ごめん、チャマメ。ヴィナンさん、僕のことは後で良いですから」
胸元から聞こえてきた心細そうな鳴き声で、我にかえった。
僕自身のことも気になるけど、今はまずチャマメについて尋ねなきゃ。命がかかってるんだもの。
「ミサオがそう言うならば。老、実は今日ここへ来たのは、この魔者の幼生のことで――」
「ウォォォォォー!!」
突然、木々を揺さぶる咆哮が響き、僕たちの話は中断された。
ヴィナンさんもレッドも、周囲の若ゴリラたちも皆、身構える。
「ミサオ、危ねェ!」
レッドが、鞘から抜いた剣を一閃。
僕の目の前に飛んで来た茶色い塊――不吉な気配のする何かが、真っ二つに割れて地面に落ちた。
続いて、木の枝を揺さぶって降りてくる巨体。ゴリラだ!
となると、いま飛んできたものって……!
「見ねぇ顔だな。今、ウンコ投げたのはテメェか」
「や、やっぱりウンコだったんだ……! 古今東西“投げるもの”と言えば、忍者は手裏剣、ゴリラはウンコと相場が決まっているとはいえ――」
「落ち着きなさいミサオ。女の子が連呼していい単語ではない」
「どういうつもりだ? 事と次第によっちゃ、タダじゃおかねえぞ」
険しい顔で見知らぬ(らしい)ゴリラを睨むレッド。
対するゴリラの両手には、直径二十センチほどの石が握られている。
もしゴリラ力であんなものを投擲されたら、ひとたまりもないだろう。
ヴィナンさんとレッドが、僕を庇うように前に立つ。
戦闘能力のない僕を守るため、身動きがとれないでいることが嫌でもわかった。
「ウォォォォォーォォォ!」
「オオオオオ!」
咆哮が二つ、重なった。
一つは襲撃者のゴリラのもの。
もう一つは、襲撃ゴリラの頭上から降って来た新たなゴリラの叫びだ!
「キヨマサか!」
レッドが“キヨマサ”と呼んだゴリラはそのまま襲撃ゴリラにのし掛かり、腕を後ろに捻り
僕の知っている現代ゴリラ知識にはない、柔術じみたテクニカルな動きだった。
「ウゴホッホ!(何者か知らないが、森のオキテを犯せばどうなるか分かっているだろうな!?)」
「ウォーホ! ゴホゴホ!(やっちまえキヨマサ!)」
「ウッホウッホ!(思い知らせてやれ!)」
周囲の若ゴリラ達が興奮して胸をポコポコ叩き始める。
ゴリラ語だから何を言っているかは分からないけど、とにかく物騒な雰囲気になっていることだけは感じ取れた。
チャマメも敏感に空気を察知し、ピヨピヨと怯えた声で鳴く。
そして襲撃ゴリラはといえば、身体を地面に押し付けられながらも必死に顔を上げようとしていた。
「ウホ!(待って!)」
一頭のゴリラが一声発すると、いきり立っていた若ゴリラ衆が静まる。
「アイ」
名を呼んだレッドを一瞥してから、アイというゴリラ(たぶんメス)はキヨマサと組み敷かれた襲撃ゴリラを交互に見比べて、口を開いた。
「ウホウホ(彼の目、すごく真剣よ。なにか理由がある筈。お願い、話を聞いてあげて)」
アイが何か言ったのをキッカケに、キヨマサは襲撃ゴリラの拘束を解いた。
襲撃ゴリラの方も、さっきまでとは打って変わって冷静な様子で立ち上がる。
「――レッド、通訳をしてくれないか」
僕とヴィナンさんは、かなり置いてけぼりにされていた。
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