14 東山の賢者

「丸焼きだ!」

「……何を言っている。煮込みと干し肉にして、骨はスープだ」


「ダメーっ! この子は飼うの!」

「ピィヨ……」


 包丁とオリーブオイルを持ったレッドとティンを威嚇して、怯えるワイバーンの赤ちゃんをかばう。


 いま、ヴィナン軍団は、 連れて帰ったをめぐって「飼う派」と「食う派」の真っ二つに別れて議論をしている。


 僕とキーロは飼う派。レッドとティンは食う派の代表みたいになっていた。

 ヴィナンさんは「こういう時、私がどちらかに肩入れすべきではなかろう」と中立宣言。しかし、僕が抱っこしているヒナをときどきチラチラ見てくるあたり、潜在的には飼う派と見て良いだろう。


「……今は無害でも、あのワイバーンの幼生だ。放っておけば災いをなす。今のうちに始末しておくべきだ」

「チャマメはまだ何もしてないじゃない!」

「ミサオお前、もう名前つけてんのかよ。食いにくくなるぞ」


「食べないの! て言うか、レッドってもっと動物可愛がるかと思ってたのに……!」

「レッドは思考がまさしくだからねー。肉が柔らかいうちに食べたほうが美味い、とか思ってるんでしょ」

「わかってんじゃねーか、キーロ。お前も実は同じことを思ってたのか」

「まさか! ボクは可愛いモノの味方だもーん」


 キーロの言葉にヴィナンさんが頷く。

 美しさを至上とするここの価値観的に、可愛いってのもけっこうポイントを稼げるらしい。


 形勢不利とみたか、ティンはいよいよ切り札を持ち出して来た。


「……だいたい、ワイバーンの飼い方なんて知っているのか。餌は何だ? どうやって眠る? 寿命は? ……何もわからん癖に可愛いから飼う、などと言っているだけじゃ結局死なせるだけだろうが」


(ミサオ、向こうは正論で来たよ。こうなったら……)

(――泣き落とし、だね)

(そうそう。ウソ泣きの特訓、しておいて良かったでしょ?)


 キーロから渡された目薬を後ろ手に受け取るのと同じタイミングで、ヴィナンさんが口を開いた。


「――そうだな。害なす存在になるのか、飼育が可能なのか――分からないことは明らかにしてから、判断しようじゃないか」


 鶴の一声で、喧々諤々としていた集会場は静まった。


 みんな、いまの一言でヴィナンさんの意図を理解したようで、僕だけが何のことやら。

 尋ねてみると、ヴィナンさんはいつも通り、美しく涼しい顏で 微笑んだ。


「“森の賢者”に相談するんだ。ミサオもついてきなさい」


 *


 ヴィナンさん、食う派のレッド、ワイバーンのチャマメと共に、ズィミ島東の山の麓にある森を行く。


 東山の森には昔から亜人が住んでいて、島民に生活の知恵を授けてくれるそうだ。

 亜人で知恵者っていうと、エルフみたいなのかな。いよいよファンタジーでちょっとワクワクする。


「そろそろ里の入り口だぜ」


 なんでか森の地理に詳しいレッドが、周囲より幹の色が濃い大木を見て言った。


「ピィ……ピィ!」

「どうしたの、チャマメ」


 抱っこしているチャマメが突然騒ぎ始める。

 ほどなくして、周囲の木々が、草の茂みが、ガサガサと騒がしくなり。


 気配。そして、姿。


 人のようでいて、人でない。太く長い腕、大きな上半身、全身を黒い体毛で覆われた、類人あじんの姿。



 ――そう。現れたのは、数頭のゴリラだった。



 木の枝にぶら下がる者、茂みから顔をだす者。

 みな一様に、ゴリラ特有の彫りの深い眼窩の奥を光らせて、こちらを観察しているようだ。


「チャマメもミサオも、怖がらなくていい。彼らが、“森の賢者”だよ」

「……何て? え? ゴリラが?」

「なんだ、呼び名を知っているんじゃないか。勤勉だな、ミサオは」


 ええ、はい、こっちの世界でもゴリラはゴリラって言うんですね。


 そうじゃなくて。


 あ、背中が白っぽいゴリラが出てきた。

 シルバーバックって言うんだよね。ボスなのかな。

 なんかヴィナンさんがスカートの裾持ち上げてお辞儀してるし。


「ただいま、じっちゃん」


 で、レッドはそのゴリラと親しげに頷き合ってるし。


 言葉を失い口をぱくぱくしている僕に気がついたレッド。はにかんでアソばせた赤髪をくしゃりと掻いて。



「俺さ、10歳までゴリラに育てられたんだ」





 二度見した。

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