13 二段ジャンプを制する者は魔者を制す

 ヴィナンさんとティンを乗せたまま上空高く飛び上がったワイバーン。

 その背から、突然黒い煙と火花が飛び散った。


 爆発したように見えた場所から、ひとつの人影が落ちてくるーーティンだ。

 高層ビル並みの高さから落下してきたティンは、舌打ちと同時に手にした槍を地面に突き立て、反動で跳躍、華麗に着地を決めた。


「何があったの!?」

「……刺したら爆発した。ワイバーンやつの鱗と血は燃える」


 素肌にまとった革のジャケットには、赤黒い返り血のしぶきが付いている。

 点々と付着した血の染みは、黒革の表面をわずかに焦がしていた。


「……いま、団長が絞めチョークで落としにかかっている」


 僕たちが見上げた矢先に、ワイバーンが再び爆発。

 落ちてきたヴィナンさんは、ティンの時よりも高い場所から事もなげに着地した。


 頰にかかった銀髪を掻き上げて、美女はフム、と一息つく。


「以前、あれくらいの太さの大蛇ものを相手にしたことがあるのだが……やはり女の体では筋力ちからが足りないようだ。ダメ元で手刀を見舞ってみたが、ご覧の通りだ」


 ススのついた銀の籠手を掲げてみせるヴィナンさん。

 やけに余裕のある佇まいだが、そうこうしているうちにもワイバーンは空の彼方へ飛び去っていくフライアウェイ


「さてミサオ、どうする?」


 艶っぽい唇で問われたのが呼び水か――僕の脳裏に、不意にハッキリとした“解決策”が思い浮かんだ。



 いや、が完了した、とでも言う方がしっくりくる。どうしてだか、そう思える――



 意識をティンが身につけたブーツ型シングメイルに集中し、固有機能を起動する。



 < <星光粒子エネルギーマテリアル生成――成形形態モード障壁バリア、低密度> >


 白銀のブーツは、靴底から虹色の燐光を放ち始めた。


「ティン、跳んでみて」

「……何を言っている?」

「いいから、言う通りにするのっ!」


 今回ばかりは僕が迫力で勝てたみたいだ。


 言われるがままにジャンプしたティンの足先に光が集う。その光を“足場”にして、ティンは空中でもう一度ジャンプした。


「……なるほど」


 得心したティンの口端が、不敵な笑みを作った。

 彼が笑うのを、僕はその時初めて見たかもしれない。


 ティンは、槍をビュゥンとプロペラみたいに回転させてから脇に構え。


「……見ていろ、ミサオ。我が槍戟やり乱舞まい――“蒼の継承 −THE BLUE DESTINY Ⅱ−”!」


「通し番号なんだ、それ――!」


 地面に虹光の残滓を残し、彼は大きく跳んだ。


 空中で更に跳んで、跳んで、跳んで――更に更に跳んで。


 蒼髪の槍使いは、一歩ごとに踵から虹色の光を弾けさせ、大空を駆け上がっていく。


 姿が小さな影のようになったところで、空飛ぶ飛竜に追いついた。

 翼広げた魔者の影が、槍の閃きと共に火を吹いた。


 虹色の星光エネルギー粒子と槍の穂先が、青空に幾条もの線を刻んでゆく。

 ティンは空中で鋭い跳躍を繰り返している。上下左右の区別なく、あらゆる角度からワイバーンを貫いている。


 翼が燃えた。ワイバーンは姿勢を崩す。


 尾の根元が火を噴いた。ワイバーンは鉤爪を振り回すが、ティンの光は素早くかわす。


 脇腹が煙を吹いた。ワイバーンは大蛇のような身をよじる。


 首が爆ぜた。ギュアア、と苦悶する鳴き声がここまで届いてくる。



 みるみるうちに、全身から黒煙を燻らせる竜の姿が大きく見えてきた。

 高度を落としているのだ。弱ってきているのが明らかにわかる。


 その時ひときわ大きな虹光が空中で弾け、長髪をなびかせたティンがワイバーンの頭上うえをとり。



「……終わりだ。“別格/零の頂点 −THE BLUE DESTINY 0−”――――!!」


 トドメの一撃。


 槍が脳天に突立つと、ワイバーンはいよいよ力を失い、墜落。

 森の木々が巨体を受け止め、生い茂る葉はヂリヂリと騒がしい音を立てた。



 *



「……よせ。本当によせ」

「うるせえな。黙ってじっとしてろって」


 ヴィナンさんが音のしない笛を吹いて呼び出したレッドが、ティンをお姫様抱っこでつれていく。


 例によってシングメイルをフルパワーで使った反動で、ティンの脚は動かなくなったのだ。

 なぜか「……覚えてろよミサオ」とか言いながら睨んでくるティンを薄笑いで見送ってから、僕とヴィナンさんは森の奥を目指した。



「――思った通りだな」



 たどり着いた岩場で、ヴィナンさんは腕組みして言った。


 大きな木の枝をたくみに組み合わせて、岩の間にすり鉢状の“巣”が作られていた。

 人間が横になれるほどのサイズだ。鳥の巣にしてはあまりにも大き過ぎるは、間違いなくワイバーンの巣だ。


 ワイバーンがエサをその場で食べきらず持ち去ろうとした時点で、ヴィナンさんは気づいていたのだ。


 手まねきされて巣を覗き込む。



「見なさい、ミサオ――――ワイバーンの“ヒナ”だ」


 巣の中には、ニワトリくらいの大きさの生き物が一匹いた。


 発達しきっていない翼をパタパタさせながらピャーピャーと鳴く。

 寸詰まりの胴体に、大きな頭。黒くてまん丸な両眼には、僕とヴィナンさんの顔が映っている。



「……これ、かわいいですね」


「ああ――困ったな」


 性別が反転したことも影響しているのだろうか。



 ――僕たちはワイバーンの“赤ちゃん”を前にして、テンションが上がっていた――

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