12 一番槍飛竜味勝負

「これは俺の創作料理……名付けて“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”だ」


 返答に困るネーミングだった。


 ズィミ島西の森に入って一時間ほど歩いた泉で休息をとる僕達。

 近くの倒木に腰を下ろすや、ティンは担いでいた木箱から何やら赤っぽいおはぎのようなモノを一つずつ配る。


 粒の残る餅から、なんとも言えない甘い香りがする。香草を生地に練りこんでいるようだ。


「これを使ってワイバーンをおびき寄せる」

「なるほど。味で勝負とは、そういうことか」

「すごく美味しそうだけど、やっぱり毒とか混ぜ込んであるの?」


「……何を言っている。そんなことしたら、俺たちが食えないだろうが」


 切れ長の目が険しく光り、視線が僕を射る。怖い。

 前髪から眼光ぎらつかせたまま、手にしたブルーなんとか(赤い)をかじるティン。僕とヴィナンさんも、彼にならう。



「――おいしい」



 思わず率直な感想が口をついて出た。ヴィナンさんも、うむ、と頷き同意している。


 もちもちした生地をぷつりと噛み切ると、甘い香りはそのまま味に変わった。

 しつこくなく、それでいて余韻を残す絶妙な甘みだ。

 そして、中に包み込んであった果実のジャム。つぶつぶした食感と酸味が、生地のアクセントになっている。

 断面は、生地の赤から中心のジャムにかけて美しいグラデーションを描いていた。

 僕が生粋の女子高生おんなのこであったなら、本能的にありもしない携帯端末スマホを手に取り、SNSへ投稿しようとしただろう。



「……まず、この“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”の味で制し、その後……この槍で仕留める」


 長身のティンが携える槍は、彼の頭上で穂先を輝かせた。


 “機動隊長ティン”の得意とする武器は、槍だ。

 変幻自在の槍術にかけては、軍団で右に出る者はいない。


 ヴィナン軍団の皆は、それぞれ得意とする武器が必ず一つはあるそうだ。


「そういえば。ヴィナンさんの得意な武器って何なんですか? 美しさだ、って理念みたいなのはさておき、実際使うモノで。今日も、なんか素手っぽいですけど」


「……何を言っている。団長は今日もだろうが」

「えっ」

「ティンよ、ミサオは武の心得がないのだから、あまりいじめてやるな」


 腕組みして溜息をつくティンに、ヴィナンさんがなだめるように涼やかな笑みを浮かべた。


「剣術、槍術、弓術。闘法をそう称することになぞらえるなら、私の得手えては――“鎧術がいじゅつ”だ」

「がい、じゅつ? 鎧そのものが武器になる的な?」

「その通りだが、あまりピンときていないね? そうだな、たとえば私が身につけているこの鎧だ。もし、この鎧の肘や膝から巨大な刃が生えていたとする。そんな鎧を身につけて、君は自由に動き回れると思うかい?」


 言われて、でっかい剣を体中にくくりつけた状態を想像する。


「めっちゃ邪魔ですね」

「普通はそうだろうね。だが、私の闘法は鎧が如何なる形であったとしても、障害にはならない。むしろ、腕に刃があるなら剣として使い、踵が棘のように尖っているなら槍とする――装甲よろいであれドレスであれ、身につけたなら肉体の一部とする。それが、グッドルッキング流“美鎧術”だ」


 へぇ――と、感心の声が漏れる。

 そういえば、ヴィナンさんは裾が花びらみたいなドレスを着ていても、裾をまったく踏んずけないで動き回っていた。あれも鎧術の応用なんだろうか。


「さて、わかってくれた所で、そろそろアレを仕留めにいこうか」


 ボディスーツでくっきりとラインの浮かび上がった腰に手を当てながら、ヴィナンさんが上空を見やる。


 青空に大きな翼を広げ、悠々と旋回する影があった。

 それはかつて“もとの世界”でよく目にした、ジェット機が飛んでいく様にも似ていたが。


 ここは異世界クァズーレ。空とぶ者なら、魔者マーラなのだ。


「……ヤツが餌場にしていそうな場所に“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”を仕掛けるぞ」


 *


 にょろりと長い首と尻尾は大蛇のよう。そしてコウモリみたいな翼と後ろあしを持ったワイバーンは、大きさ的にはバスと同じくらいだ。


 ティンが手頃な木のてっぺんに“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”(名前を覚えてしまった)をカゴごと括りつけると、ワイバーンは甘い香りに誘われて降りてきた。

 バッサバッサと翼を動かすたびに、大木の枝が風圧にしなっている。


「おおー、食べてる食べてる。お腹すいてたのかな」

「……何を言っている。俺の“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”の味が勝ったんだ」


 茂みに身を隠してひそひそ声で話す僕。ティンは元々ボソボソと聞き取り辛い声で喋るので普段とあまり変わらない。


「……枝伝いに奇襲をかける!」


 ティンが槍を握り直し体勢を整えたところで、ワイバーンは予想外の行動をとった。



 ――お持ち帰りテイクアウトである!


 括り付けた枝をへし折り、カゴをくわえてはばたき始めたのだ。


「“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”が、思った以上の効果を出してしまったようだな!」


 言うが早いか、ヴィナンさんは大ジャンプ!

 後に続いたティンともども、ワイバーンの背中に飛び乗り成功!


 突然イケメンと美女に乗り込まれたワイバーンが、ギャンギャンと騒々しい鳴き声でわめき始める!


 僕は二人の背中へ向けて、大声を振り絞った!



「“戦慄の蒼 ‐THE BLUE DESTINY Ⅰ‐”って、常にフルネームで呼ばなきゃ駄目ですかね!?」

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