11 味の探求者

「熱した鍋にリャオッとドドドュミを入れて手早く炒める。チュナは鍋肌に落として香りを出す。仕上げにヌッヘッホゥの油を少し加えて艶を出せばピピンアトマクの完成だ」


 ハスキーボイスで解説しながら、ティンが鮮やかな手つきで鍋を振る。

 その横で、僕は言われた通りにメモをとる。


「昨日教わったスリデォリャルと作り方似てるんだね」

「……あれはどちらかと言えば調味料に近い。1品ものと同列にするな」

「う……は、はい」


 異世界へやってきて一ヶ月ほどが経った。

 集会所の事務仕事に加え、炊事や洗濯などの家事仕事も買って出た僕は、こうして少しずつズィミ島の定番レシピを教わっている。


 ヴィナン軍団の人達は、なんでか基本的に料理が上手い。

 中でもティンはプロの料理人並みの腕前だった。


「あと、調味料はできるだけ高い位置から振りかけろ」

「どうして?」


「それは……カッコいいからだ」


 一瞬リアクションに困る。

 だが、調理のため長髪を後ろに結わえた彼の横顔は真剣だ。どんな風に動くのかも、メモをとっておこう。



 最後の仕上げとして、ティンは腕をZ字形に曲げた無理のある態勢で塩を振り、オリーブオイル的な油を顔の高さからかけ始めた。



 *


 出来上がった郷土料理ピピンアトマクを試食してすぐ、ティンが眉をひそめた。


「……なんだ、この山菜は」

「ドドドュミ」

「……違う。新鮮なドドドュミは噛みしめた時に鼻から香りが抜ける。おいミサオ。これはいつもの所で仕入れたのか?」

「そうだけど――あ、そういえば」


 今日、野菜を受け取った時に行商人のおじさんから依頼書を預かっていたのを思い出した。

 急いでいたからエプロンのポケットに入れたままだったそれをティンに見せる。


「……どうして先にこいつを見せない」

「だって、ティンが早く料理するぞって急かしたから」


 小さく舌打ちして、ティンは依頼書を僕にひろげて見せる。


「……行商人のオヤジが山菜や木の実を採取してる西の森に、新手の魔者マーラが棲みついた。このなピピンアトマクを食い終わったら、すぐに行くぞ」


 え、今すぐ?


「西の森か。私も同行しよう」


 ティンにツッコむ暇もなく、厨房の入り口からヴィナンさんが顔を出した。

 なんか、既に鎧着込んでるし。


「……団長」

「今のと鎧で、どこまでやれるか試してみたいんでな」


 ヴィナンさんが身にまとう鎧は、最初に見につけていた時よりも白銀の装甲部分が少ない状態だ。あの装甲は取り外せるらしく、黒っぽいインナーはウェットスーツみたいに体にぴったりと密着している。

 よく見ると表面は鎖帷子くさりかたびらのようになっている――なぜだか、これもシングメイルの一部なのだと、直観的に理解できた。


 ざっくり言えば、今のヴィナンさんはピッチリボディスーツの肩とか膝とか四肢の先だけを装甲で守っている外見をしていた。


 とても目のやり場に困る。

 こんなの思春期の男子に見せられたら、どこがとは言わないが反応しないハズがないだろう。ああ、女の子の体で良かった。


「西の森の魔者マーラ、別口でも情報が入っていてな。キーロに調べさせたところ、“ワイバーン”だそうだ」

「ワイバーンて……もしかして、あの、空とぶトカゲみたいなやつですか」

「詳しいじゃないかミサオ。その通りだ。力はさほどでもないが、素早く空を飛びまわるらしい。対策しておかなくては、取り逃がしてしまうだろう」


 どうするティン、とヴィナンさんが問う。

 口元は笑っているあたり、彼を試しているのだろうか。


 問われたティンは、立ち上がり。


 結っていた髪をばさりとほどき、紺色のエプロンを脱いでイスの背もたれにかけた。


「空を飛ぶ標的か……問題ない」


 厨房の壁に立て掛けておいた愛用の槍を携え、ヴィナンさんと僕の方へ向き直る。



「……あじで勝負だ」



 ティンは、片方の手で顔を覆い隠すカッコいいポーズをとりながら、そう答えた。

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