10 海賊退治(後)
船室の扉を破った突撃隊の一同は、絶句した。
――あらかじめ、その有り様を見ていたキーロを除いて。
薄暗い倉庫のような場所の片隅に、数人の女性がうずくまるようにして座っていた。
元々は上等なものであったろう衣服は所々が破り裂かれ無惨な有り様。白い肌や顔には傷や痣があり、床にできた血やその他のものによる染みから、彼女らがどんな仕打ちを受けていたのかは想像に難くない。
中でも歳若い少女と妙齢の婦人は悲惨だった。
勢いよく突入してきたレッドたちを見ることもなく、虚ろな目で中空を眺めている。
「ズィミ島のヴィナン軍団だ。アンタらを助けに来た」
レッドが短く告げると、女たちの顔に安堵が浮かぶ。
「念のため訊いておこうかな。男の人って、一人も居ないの?」
「……男は皆、最初に連れて行かれました……私達はここへ閉じ込められて――」
「キーロ、分かりきったこと訊くなよ」
僕がシングメイル越しに覗いているキーロの視界が、レッドの方に向く。
いつも能天気なほど明るいレッドの顔が、今は悲しみと怒りの入り混じったカタチに歪んでいた。
泣きそうな顔で無理に微笑んで、レッドは女達に優しく声をかける。
「……何も言わなくてもいい。辛かったろ? だから、何も言わなくていいんだ」
レッドが部下に保護した女達を連れての脱出を指示し始めるのと同時に、背後から喧しい怒声が響いてきた。
「お前ら。その
銀の篭手をはめた両拳を突き合わせると、レッドの気迫がこちらにまで伝わってくる。
突撃隊の「オス!」という返事がユニゾンで聴こえたのを合図に、赤髪の突撃隊長レッドは、単身で怒声がする方へ猛然と駆け出した。
*
最初に鉢合わせた二人の海賊は、強烈な左右のフックで通路の壁に叩きつけられ気を失った。
続いてやってきた海賊が手にした短剣を投擲。
レッドは腰の剣を鞘から抜くと同時に、飛んできた短剣を切り払う。
「キェェェェェェアァァァァァァ!!」
海賊が防御に構えた刀身ごと、力任せに刃を脳天にめり込ませ、一人を屠る。
続いて横薙ぎに払った剣先が、もう一人の側頭部を切り裂いた。
悲鳴と
殺到する海賊達を切り伏せ、打ち屠り、叩き潰し、進む。進む――!
「あ……あいつ、“血祭りのレッド”じゃねぇか!?」
どよめきが一気に広がり、海賊達は一気に浮き足立った。
「血祭りのレッドがどうしてこんな所に……勝てっこねえ!降参だ!」
「な、なに言ってやがるてめぇら。さっさと前へ出ろ! たった一人、一斉にかかればよォ!」
吠える海賊も、自分からは前へ出ようとしない。
「さっさと来い。ちまちましたのはめんどくせーから、まとめてだ」
見掛け倒しの荒くれ者達を睨みつけ、レッドがドスをきかせる。
怯む海賊達の中から、一人だけ前へ踏み出す者がいた。
「お
いかにもな船長コートと扇形の帽子を被った無精ひげの男が、隻眼の陰鬱な眼でレッドをにらみ返す。
「……血祭りになるのはテメエだぜ」
海賊の頭が、腰に提げた剣を無造作に抜き、切っ先をレッドに向けた。
「上等だ」
両者は同時に甲板を蹴り、切り結んだ。打ち合わせた剣と剣が火花を散らす。
数合の剣戟を経て、海賊頭の頬に冷や汗が伝った。
気迫の分だけ、レッドが優勢のようだった。
「ちっ!」
焦れた海賊頭が、喉を狙って突きを放つ。
ギィン、と、金属のすごい音がした。
喉を狙った剣の刀身が、中ほどでへし折れて宙を舞った。
レッドはその隙を逃さない。突きを払った剣を返し、海賊頭の額に必殺の打ち込み。
もう一度、ギィン、と刃が鳴いた。
宙を舞った切っ先は、船外に飛び出て海面に飛沫を上げる。
飛沫は、二つ。
海賊頭の刃と――レッドの刃とが、ともに海中へ沈んでいった。
「……仕込み義手か」
レッドは舌打ちをして飛び退き、へし折られた剣の柄を捨てて海賊頭と距離をとる。
不敵に笑う海賊頭。
奴の左腕を見ると、肘から先の皮膚が破れ、中からにび色の“銃口”が光っていた。
「クルールー島で腕一本と引き換えに手に入れた、
銃口が閃光を放つ。
咄嗟に身を翻したレッドの背後、船体の壁にゴルフボール大の穴が開いた。
「いつまでかわせるかな?」
形勢逆転をさとった海賊たちの下衆な歓声があがる。
二度、三度と海賊頭の左腕が“光弾”を発射し、レッドはそれをどうにか避ける。
海賊は、わざと狙いを甘くして、丸腰になったレッドをいたぶって遊ぶつもりらしかった。
――許せない。
殺された商船の男の人。監禁されていた女の人。そして、レッド。
どこまでも人の命を弄ぼうとする、その醜い心は許しておけない!
<<
レッドの前腕を覆う
以前、グッドルッキング邸の大広間で見せた時とは比べ物にならない輝きが、
それだけで、レッドは僕の想いを受け取ってくれた。
「ビカビカするのがテメーだけだと思うなよ、クソ外道!」
――やっちゃえ、レッド!
海賊頭が左腕の銃口をレッドに向ける。狙いは眉間だ。
レッドが輝く両手を真正面に向ける。
そして、閃光。
レッドのガントレット型シングメイルが発した光の
光の奔流が過ぎ去った後、残されたのは海賊頭の足首だけだった。
*
「はい口あけて」
「あー」
フォークを持っていくと、レッドは一口で大きな魚の切り身をほおばった。
「ン、うまい。これ、今日釣ったやつだろ」
「そうだよ」
「味付けはいつも通りだけど、うまいなぁ。アレかな。ミサオに食べさせてもらってるからかな?」
「な、何て?」
思わずどぎまぎする僕を見て、彼は笑う。
「もう、からかうなら食べさせてやんないよ?」
「悪い悪い。つい調子に乗っちまった」
どうやら、シングメイルをフルパワーで使うと、装着者に何らかの反動が出るらしい。
海賊をビームで消し炭にした後、レッドは両手の力が入らなくなっていた。
勢いで最大出力にしてしまった手前、せめてもの罪滅ぼしに食事の手伝いをしているのだ。
「ごめんね……腕、治らなかったらどうしよう」
「そのうちどうにかなるだろ。気にすんなよ、ミサオ。それよりも、今度はそっちのサラダ食べさせてくれよ」
「うん」
夕刻、人もまばらになった集会所で、レッドの口に食事を運び続ける。
傍から見れば、かなりのバカップル振りだろうな。いや、別に付き合ってないけど。
いやいや、そんなこと考えると意識しちゃうからマズイんだけど。
そんな風に内心悶絶していると、集会所の扉が開く音がした。
「あ、団長。お疲れ様ッス」
ヴィナンさんだ。
真っ先に挨拶したレッドの方を見て、当然、隣で「はい、アーン」している僕を見て、一瞬固まった。
「邪魔をしたかな」
踵を返そうとするヴィナンさん。明らかに勘違いしている。
「あのね、ヴィナンさん。違う。違うの。ちょっと説明させて、ください」
「ミサオー、早く次―。冷めちまうだろ」
「レッドは黙って待ってて!」
「……甘やかし過ぎはいかんぞ、ミサオ」
一言だけ残し、ヴィナンさんは足早に集会所を後にして。
途方に暮れる僕の隣では、レッドが鳥の雛のように口をあけて待っていた。
なお、彼の腕は一晩で治った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます