03 トランス!
「ハァッ!」
鋭い蹴りが化け蟹の脚に命中。
頑丈な甲殻は傷ひとつつかず、反撃の大鋏が振り下ろされる。
ヴィナンさんはバックステップでバケモノの攻撃をかわし、また果敢に向かっていく。
でも、駄目だ。
分厚く硬く、しなやかな蟹の殻はちょっとやそっとじゃ砕けない。
ましてや、ヴィナンさんは鎧を身に付けているだけで、何の武器も持っていないのだ。
「無理ですよヴィナンさん! 逃げましょうよ!」
「いいや、下手に背を向ければ餌食になる。打ち倒す他無い!」
「そ、そんな……」
「よし、次は関節を狙ってみよう!」
そう言ってヴィナンさんが素早く蟹の腹下に潜り込んだ時。
蟹が泡を噴いた!
薄緑色の泡はヴィナンさんの白銀鎧にまとわりつくと、たちまちスチロール樹脂みたいに固まってしまった。
「く……! 身動きがとれん!」
「ヴィナンさん、ハサミ! ハサミーッ!」
鈍重な動きの化け蟹が、片方のハサミでヴィナンさんを捕らえる。
「ぐっ……!」
みしり、と嫌な音がして、ヴィナンさんが苦痛をこらえ短く呻く。
化け蟹の真っ黒な眼が、僕の方を見た。
何も掴んでいない方の大鋏が、ゆっくりと動いた。
「いやだ……」
訳も分からないまま、こんな所で死にたくない。
いや、その前に。
「ミサオ、……まだ、私たちは生きている。最後まで諦めるな!」
「ヴィナン、さん……」
――こんなに美しい人が、こんな風に死んでしまうなんて、絶対にダメだ!
<<稼働中の
「え……何て?」
いまの、頭の中に声? じゃない、文字? でもない。
<<
なんだこれ。なんだこれ。
言葉が直接浮かんでくる。
しかも、何を言ってるか分からないのに、どうすれば良いのかがわかってしまう――!
<<
脳裏に
そして、虹の光は鎧と一緒に弾け飛ぶ!
「ヴィナン――さん?」
僕の隣に着地したのは、全身を白銀の鎧にかためた美しい戦士。
だけど、その外見は
爆発で弾けとんだのか、鎧の所々が抉れたように無くなっていて、虹色に輝き続けている。
奇妙なのは、全身のシルエットがまったく変わってしまっていることだ。
さっきまでの姿は逞しい男っぽかったのに、腰がくびれ全体的にしなやかな細身になった今の姿は妙に女性的なのだ。
中身、どうなってんだろう。
「よく分からんが体が軽いな。よし、今度こそ、不覚はとらん!」
戸惑う僕を尻目に、まったく動じた様子もなく、ヴィナンさんは蟹に向かっていく。
だけど今の声、やたらとキーが高かったな。
まるで、早送り再生してるような――
「って、速っ!?」
虹色の光を跡に曳く彼の動きは、早送りなんてものじゃなかった。
さっきまでとは別次元のスピードは、もう僕の目では追えず。
七色の光が縦横無尽に飛び回り、幾度も幾度も化け蟹にぶつかっているようにしか見えない。
動きの鈍い化け蟹がそんな速度に対応できる筈もなく、一方的に攻撃を受ける。
執拗に狙われた脚関節はやがて砕け、ついに巨大化け蟹はすごい地響きを立てて倒れた。
「これで終わりだ!」
一瞬だけ動きを止めたヴィナンさんは、ハァッ、と気合い一つで再加速。
地面でもがく化け蟹は、瞬く間にバラバラに解体された。
*
「やれやれ。どうにかなったな」
倒した化け蟹を背に、ゆっくり歩いて戻ってくるヴィナンさん。声のキーは、まだ高いままだ。
「スゴく強いんですね、ヴィナンさん! 僕、目でも追えなくて」
「いや、違う。これは私にとっても未知の力だ。この
仮面の下で何やら呟き始めるヴィナンさんだが、やがて思い立ったように顔を上げた。
「ミサオ、私についてきなさい。色々と訊きたいことがある。だが、その前に――君も少々くたびれたろう?」
仮面に手をかけたヴィナンさんは、同時に鎧の襟元にも指を引っかける。
ああ、そうか。
あんなの着て激しく動き回れば、さぞかし暑くてたまらないだろう。
一仕事終えたら脱ぎたくもなるよね。
ガシュン、とメカニカルな音がして、白銀の鎧が上半身だけ解放される。
中から出てきたのは――上半身裸の、褐色銀髪の――
「ヴィナンさん!? お、お、お――!」
「なん――――だと?」
――――おっぱい!
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