02 砕色剣美

「ねえ、もしかして銃か何か持ってきてんの?」

「ジュウ? なんだそれは」


 甲冑男は本気で訊き返してくる。

 まるで、銃の存在そのものを知らないかのようだ。


「なんだそれは、とはなんだい。見たところ手ブラだけど、武器はどこにあるのかって訊いてるの!」

「フ……なんだ、そういうことか。私の武器は――私自身の、“美しさ”だッ」


 ……やばい。腰を抜かしてる場合じゃない。早く立ち上がらなきゃ。

 こいつがバケモノに喰われてる間に、逃げ出さないと。


 遂に、焦れたゲオサウルスがワニに似た大アギトを開いて向かってきた。

 位置関係的に、最初の犠牲者は目の前のマッド・ナルシストだ。


「ひィッ、来たァ!」


 鋭い乱杭歯が列をなす上下の顎が、断頭台ギロチンのごとく鎧男に襲い掛かり。


 ――――切断された上顎が、バケモノの“本体”から数メートル後ろへ飛んでいった。


「え――」


 脳味噌の入っている頭の上半分を切り飛ばされた巨体が、その場にドウ、と力なく伏せる。

 バケモノの正面に悠然と立っているのは、キラキラと輝く全身鎧フルアーマー


 彼は直立したまま、手刀チョップにした右手だけを真横に向けている。

 信じられないことだが、しかし、確かに僕の目の前で、たった今。彼は手刀を横一閃に振り抜いて、バケモノの頭を斬り飛ばしたのだ。


 武器は持たない、素手カラテの一撃。0.2秒でバケモノをあの世へ送った男は、フゥ、と一息ついて顔を隠す仮面に手を添えた。


「ううっ! び、び、び――」


 美形だ!


 仮面マスクを外して出てきた素顔マスクは、甘いなんてモンじゃない、絶世の美男子だった。

 日の光をはらみキラキラと光って見える銀髪。決め細やかな褐色の肌。

 不思議な色気のある赤い目の間に、完璧なラインで鼻筋が通る。

 紅を指したような唇が僅かに微笑む。思わず惚れてしまいそうだ。


「ヴィナン=グッドルッキングだ」


 そして美男子は、自分でもグッドルッキング宣言してきた。


「な、何て?」

「君も名乗りなさい。中途半端な足の長さの少年よ」


 ああ、なるほど。そういう名前なのか。


「天野操、でス」

「アマノミサオ。実に艶のない声だが、不思議な響きの良い名だ」

「アマノとミサオで分けるんですよ。ミサオでいいです」

「そうか――ミサオ。君はどこの生まれだ。出で立ちは奇妙だが、あまりにも見目が素朴だ。どうやってここに来た」


 さっきからちょいちょい容姿イジってくるな、この人。

 とは言え、別段自分のイケメンぶりをひけらかしてくる感じもない。


 天然なのかな。

 無自覚にそうとう敵を作ってそうだ。他人事ながら心配になってきた。


「僕は……えっとですね、なんだか妙な声がしたんで振り向いたらですね……あれ?」


 余計なことを考えながら、ヴィナンさんの質問に答えようとした時、僕はようやく気がついた。


 ――思い出せない。あの時振り向いてから、ここで倒れている所までの記憶が、抜け落ちている。


「訳ありのようだな」

「いや、え、えっと、えっとですね。訳ありと言うより、訳がわからないというか」


 ヴィナンさんが首を捻る。怪訝な顔をしてもヤバいくらい綺麗だ。

 正直、この人のオーラじみたものと自分の記憶、その他諸々で混乱しているのだが、どうにか頭を整理しようと深呼吸を試みた時。


 川面に爆弾でも投げ込んだのかというほどの水柱が立ち、超でかいバケモノが出てきた。


 さっきのゲオサウルスの何倍あるんだろう。

 大きさで言えばパワーショベルを二台繋げたくらいの、ヤシガニみたいなヤツが巨大なハサミをガチガチ鳴らしている。


 漏らしそう。


「ヴィナンさん、アレは……?」

「あれは『化け蟹』だ」


 まんまだった。


「私に任せろ」

「えっ、た、倒せるんスか、あんなの!?」

「わからん!」


 自信満々に不確定事項を口にされた!


「喰われる瞬間まで諦めるなよ、ミサオ」


 やだァーッ!


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