01 美・鎧

 ……河だ、ここ。


 何度記憶を振り返っても、トラックの次に出てくる風景が、このでっかい河だ。間がまったく思い出せない。

 周りを見回してみるが、およそ人家というか、現代文明っぽいものは見当たらず。一面が熱帯っぽい木と草むら、でもって土色をした河なのだ。


「日本じゃないみたいだ」


 心細くなって、誰へともなく口に出してみる。周りの風景はまさに異邦の地そのもので、余計に心細くなってしまい後悔する。


 ――ひとまず、視界が開けている河沿いを歩いていこう。


 そう気を取り直したところで、唐突に近くの水面が泡立った。



「何をやっているんだッ!」



 背後から飛んできた声が、そのまま僕を突き飛ばす。


「へぶっ!?」


 近くの藪に倒れこんでから、声の主の方へ向き直ると――トドとワニを足してそのままにしたような不気味な生き物が、水面から飛び出してくるのが見えた。


 そして、河岸に這い上がる謎生物バケモノと僕との間に、全身銀色の人影が割って入ってきた。


「その平均的な容姿――異邦人よそものだな、君は? 『ゲオサウルス』をまったく警戒せず、河岸をウロつくとは」


 “彼”はそう言って、こちらをジッと凝視するゲオサウルスなる怪物に対し身構える。

 背中越しでもよくわかる、周囲の空気から浮き彫りにされたような、存在感のある声だった。


 存在感は、声だけじゃない。


 彼は、全身を美しい銀の鎧で覆っていた。中世の騎士が着ていたという全身甲冑フルプレートのような武骨さはなく、スマートかつスタイリッシュに長身のボディ・ラインが映えている。

 顔すらも目元にスリットが入っているだけのマスクで覆っていて、こちらから見える“生身”の部分は、銀に近いプラチナブロンドの見事な長髪だけだ。


はやく逃げなさい」


 思わず聞きほれてしまいそうな中低音で、フルアーマーの人が促してくる。

 だが、体は言う事を聞いてくれない。僕は生まれて初めて、腰が抜ける、という感覚を知った。


 フルアーマーの彼も、そんな僕の様子に気がついたらしい。

 仮面の奥で小さく舌を打つ音が聴こえた。


 そうこうしている間に、ゲオサウルスがヒレのような四つ足を踏み出した。

 ノシ、と地面を踏みしめて、自動車よりも大きな巨体が僕たちに狙いを定めている。


「――――許さん」


 不意に、“彼”の美声が怒気をはらんで低く響いた。

 銀の篭手をはめた右腕をゆっくり持ち上げ、人差し指を怪物の足元へ向ける。

 それだけの動作が、まるで何かの舞いのように様になっている。


「お前は今、そこに咲いていた花を踏み荒らしたな」


 そして、静かな怒りを込めた美低音で、ワケ分かんないことを言い始めた。


 指差す先を見てみれば、なるほど確かにバケモノの前足が彼岸花に似たきれいな赤い花を数本、踏み折っている。


「美しきものを踏みにじった罪は――その身で贖え」


 でもって、この美ボイス甲冑男はどうやら本気で怒っキレているらしかった。

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