第7話 これで勝ったと思うなよ

 俺をかばうようにして立つアイちゃんを見たオンゴ・デ・アミーゴは、フンと鼻で笑うと右手をアイちゃんに向けてかざし、その手の平から怪しげな黒い霧を吹き出した!


「オレ様の毒胞子にまみれて死ね!」


 その黒い霧を、アイちゃんは異空間収納から取り出した銀のトレーでガードする!


 しかし、ガードしたところから、たちまち怪しげなキノコが生えてくる!!


「く、この胞子は!?」


 顔をしかめるアイちゃん。


「オレ様の胞子は、ただ毒なだけじゃねえぜ! オレ様の下僕をどんどん増やしていくのさ!!」


 勝ち誇るオンゴ・デ・アミーゴ。それには取り合わず、アイちゃんは異空間収納から何やらスプレーのようなものを取り出して、トレーに泡を吹き付ける。


 ……あれ、キッチン用カビ取り洗剤じゃね?


 そうか、あれは除菌剤! キノコは菌類だった!!


 死滅して落ちていくキノコを見て、オンゴ・デ・アミーゴは顔をしかめて言う。


「フン、嫌なものを使いやがる」


 それに対して、カビ取り洗剤スプレーをオンゴ・デ・アミーゴに向けたアイちゃんは、今度は毅然きぜんとした態度で宣言した。


「汚物は消毒いたします!」


 いや、それ悪役のセリフだから!


 ……とツッコむ間もなく、除菌洗剤の泡を噴射するアイちゃん。しかし、その泡の先にオンゴ・デ・アミーゴの姿は無かった。


「は、速い!」


 俺は思わず叫んでいた。残像すら見えなかったんだ。


「キノコが遅いなんて誰が決めたんだ?」


 俺の後ろから勝ち誇った声が聞こえる。


 慌てて振り向く……より先にアイちゃんが俺の背後に回ってトレーでオンゴ・デ・アミーゴの毒胞子攻撃を防いでいた。


「こいつは……速度特化型の怪物のようです。高速で移動し、毒胞子をバラいて敵を倒すタイプですね」


 アイちゃんが胞子を防ぎながら解説してくれるが、それに対してオンゴ・デ・アミーゴは自慢気に自分の能力の秘密を明かす。


「それだけじゃねえぜ。オレ様の胞子を吸い込んだ人間は、自分の意志を失ってオレ様の命令に従う下僕になるのさ! さあ、貴様もオレ様の下僕になれ!!」


 そう言い終わると、全身から凄い量の黒い霧を吐き出してくるオンゴ・デ・アミーゴ! これじゃあ、さすがのアイちゃんも防ぎきれないか!?


 焦る俺とはうらはらに、アイちゃん本人は冷静だった。


「汚物は消毒する、と申し上げました。ファイアストーム!」


 クールに言い放つと、左手のトレーで毒胞子の黒い霧を防ぎながら、右手から強力な火炎嵐の魔法を放って黒い霧を焼き払う!


「チッ、正面からじゃ攻めきれねえか……だが、これならどうだ!?」


 言うと同時にオンゴ・デ・アミーゴの姿がかき消える! 先ほどと同様に、もの凄いスピードで動いて、あちこちから胞子を放ってくる!!


 それに何とか対処していくアイちゃんだったが、その動きはオンゴ・デ・アミーゴよりも明らかに遅い!


「何でだ、アイちゃんの敏捷は上限カンストの999あるはずなのに?」


 思わずつぶやいた俺の声が聞こえたのか、オンゴ・デ・アミーゴは自慢げに言ってきた。


「オレ様のレベルは53だ。そして、敏捷は1300以上ある!」


「上限は999じゃないのかよ!?」


 俺は思わず叫んでいた。アイちゃんのレベルが99なんだから、53万とでもいうのならともかく、53くらいは別に驚くような数値じゃない。だけど、上限を超えた敏捷の数値は衝撃的だった。


「人間のステータス上限は999ですが、他種族の場合はそれを上回ることがあります」


 それに対して冷静に解説するアイちゃん。その口調には少しの焦りも感じられない。そんな彼女の言葉を聞いて、俺も少し冷静さを取り戻す。


「そうだ、オレ様のスピードには、人間は決してついてこれねえ! 諦めて死ぬかオレ様の下僕になれ!!」


 そう言って、一層スピードを上げたオンゴ・デ・アミーゴ。アイちゃんは冷静に対処してるけど、敏捷の数値の違いは歴然としてる。今はまだ対抗できてるけど、いずれは押し切られちゃうんじゃあ……


 そんな俺の心配を感じたのか、アイちゃんが俺に向かって言ってきた。


「ご安心ください、ご主人様。この程度の速さなど恐るるに足りません」


「へ?」


「メイディアン・モード・チェンジ、ハイスピード・モード!」


 アイちゃんがそう叫んだとたんに、前方に向けてアイちゃんを中心として半球型に衝撃波が放たれ、数秒だけ黒い霧が吹き飛ばされる。その間に、片膝をついて両腕を顔の前に交差させるアイちゃん。ジャンプ気味に立ち上がりざまに交差させた両腕を後ろに振り払うように広げると、アイちゃんの体がバレリーナのようにくるくるとその場で水平回転する。その回転の間に、アイちゃんの黒髪、黒い目、メイド服や靴などの黒色の部分が真紅に染まっていく!


 最後に、綺麗に切りそろえられた前髪のうちの一房がメイドカチューシャの前にピョコンと立ち上がって、いわゆるアホ毛のようになる。


「ハイスピード・アイ、見参!!」


 回転が止まると同時に、左右に大きく足を開き、右手をピンと伸ばして高々と斜めに上げ、左拳を脇に引いたポーズを決めて見得を切るアイちゃん。


「何だ、脅かしやがって! ただ赤くなっただけじゃねえか!!」


「そう思いますか?」


 そう叫んだオンゴ・デ・アミーゴに対し、色とはうらはらの冷たい声で問うと同時にアイちゃんの姿がかき消える!


「なっ!?」


 次の瞬間、オンゴ・デ・アミーゴの背後に現れたアイちゃんが、避ける余裕も与えずに頭から除菌洗剤の泡を吹きつける!!


「うぎゃあああああっっ!!」


 悲鳴を上げて転げまわるオンゴ・デ・アミーゴに、アイちゃんは冷たい声で言い捨てる。


「メイドの土産に教えてさし上げましょう。わたくしのレベルは99、そしてハイスピードモード時の敏捷は2997です」


 うん、それ何か発音違うよね……なんてツッコんでる場合じゃないよな。あと、妙に半端な数値だなあと思ったら999の三倍じゃないか……赤色は三倍のスピード、うん、基本だな(←何の?)。


「ば、バカな、このオレ様が人間ごときに……」


「わたくしは人間である以前にメイドですので」


 ……それ、理由になるの!? ってか、人間である前にメイドってどゆこと!?


 そんな俺の心の声が聞こえたのか、アイちゃんは続けて言う。


「ご主人様のためなら人間の限界を超えた力も出せるのです」


「そ、そうなんだ……」


 そんな俺たちの会話の間にも、オンゴ・デ・アミーゴは溶け崩れかけていた。


「く、くそお……これで勝ったと思うなよ! オレ様が倒れても、まだ魔王軍には数多くの精鋭が……」


 断末魔のオンゴ・デ・アミーゴの言葉を遮って、アイちゃんが冷たく言う。


「往生際が悪いですね。どのような敵であろうと、わたくしが居るかぎりご主人様には指一本触れさせません。さあ、メイドが冥土に送ってさし上げましょう!」


 そしてアイちゃんは胸の前で人差し指を立てた状態で両手を組んで、忍術の印を結ぶような形にすると、大きく叫んだ。


「メイド流滅殺めっさつ術『煉獄葬れんごくそう』! ハッ!!」


 そうして片膝を突いて地面に右手を叩きつけると、そこから火柱が連続してオンゴ・デ・アミーゴに向かって走り、その体全体を包み込むように巨大な炎となった。


「ぎゃあああああっ!!」


 絶叫するオンゴ・デ・アミーゴ。そして、炎が消えたあとには消し炭となったキノコの塊だけが残されていた。





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