第3話 大丈夫だ、問題ない
アイちゃんの投げたモップによって直径三十センチはあろうかという大穴を胸にあけられた先頭のオーガーは、ひとたまりもなく倒れ伏す。
それを見て動揺する残り二体のオーガー。それに対してアイちゃんはクールに言い放つ。
「メイドが冥土に送ってさしあげましょう!」
そして、額のフリル付きメイドカチューシャを取り外すと、今度はサイドスローで勢いよく回転を付けて投げつけた。
「メイドスラッガー!」
そのメイドカチューシャは、赤色の光を帯びてブーメランのように回転しながら飛翔すると、あっさりと二体目のオーガーの首を斬り飛ばす!
さらに、今度は思い切り右足を後ろに振り上げると、勢いを付けて蹴り出し、履いていたエナメル質の黒いローヒールパンプスを飛ばす。そして即座に足を入れ替え、左足のローヒールパンプスも同様に蹴り飛ばす。……うん、後ろに振り上げたときに見えた。ミニスカだから。
「メイディアン・シューツ!」
それらのパンプスは空中で足裏側をくっつけて合体すると、きりもみ回転をしながら最後のオーガー目がけて突っ込んでいき、逃げようとしたオーガーを自動的に追尾すると背後から胸を貫通した!
そのときには、アイちゃんは飛び戻ってきていたメイドカチューシャを掴まえて額に戻していた。さらにパンプスも急旋回して戻ってきて分離するのにあわせて右足を高々と差し出すと、そこに自動的に右パンプスがおさまり、入れ替えて上げた左足にも同様に左パンプスがおさまる。
……俺が見てるのは後ろからなんで、今回はめくれなかったから見えなかったけど、前からなら見えるんじゃなかろうか? いかん、それは断じていかん! アイちゃんのを見ていいのは俺だけだ!! だって、アイちゃんは俺のメイドさんなんだからな。
「ありがとうアイちゃん。だけど、その、そんなに高く足を上げると、見えちゃうんじゃあ……」
「ご主人様、ご心配いただきまして誠にありがとうございます。アンダースコートを履いておりますので大丈夫です」
「あ、履いてるんだ」
「ミニスカート制服のたしなみでございます」
それなら大丈夫だ、問題ない。……ちょっとガッカリしたことは秘密だ。
二人でオーガーの死体の側まで行くと、アイちゃんはモップを回収してから、オーガーの討伐部位のはぎ取りにかかる。
「オーガーの討伐部位は牙です。また、歯や爪、肋骨などは
そう説明しながら、再び銀のナイフを出して三体のオーガーの死体からテキパキと討伐部位や素材を切り取っていくアイちゃん。グロいんで俺は明後日の方向見てたけど。
そうしてはぎ取りが終わると、前と同様にオーガーの死体もアイちゃんが魔法で燃やす。今度は次のモンスターが出てくることはなかった。
「それじゃあ、今度こそ街に行こうか。どのくらいの距離があるのかな?」
アイちゃんなら知ってそうだから聞いてみると、結構な答えが返ってきた。
「そうですね。二十キロメートルほどでしょうか。休まず歩けば四時間くらいで着くでしょう」
「結構かかるなあ」
思わずグチが出てしまった。でもまあ、仕方ないか……と思ってたら、アイちゃんが異空間収納からほうきを取り出した。
「あれ、ほうきなんて何に使うの?」
「ご主人様のおっしゃいますように、四時間もかけていては夜になって街に入れなくなってしまいます。ここは飛んでいきましょう」
そう言って、ほうきにまたがるアイちゃん。うん、またがるときに見えたけど、スコートだから大丈夫だ、問題ない。それより、そのポーズで飛んでいくってことは……
「そのほうき、飛行用の魔法道具か何かなの?」
「はい。飛行用の魔道具としては定番かと」
まあ、そう言われればそうか。そういや宅配業してた魔女も使ってたな。ちなみに宅急○は黒猫マークの宅配業者の登録商標です。アレキサンドリア(※)まで荷物の集配にうかがいます。
※地中海アフリカ沿岸に位置するエジプト第二の都市。別名イスカンダル。
……って、そんなわかりにくいギャグ飛ばしてる場合じゃないだろ、俺! このシチュエーションだったら、俺が取るべきポジションは……
「後ろに乗っていただけますか。あと。落ちないようにわたくしにしっかり掴まっていてくださいね」
そうだよ、こうなるんだよ! アイちゃんも言ってくれたことだし、遠慮なく乗っかりま~す!!
「それじゃあ失礼するよ」
そう言ってアイちゃんの後ろにまたがると、恐る恐るアイちゃんの胴回りに手を回す。いくらアイちゃんが俺のメイドさんだと言っても、ここで胸に手を回せるほど俺はセクハラ親父じゃないよ……でも、ラッキースケベくらい起きないかな?
「もう少し、しっかりと掴まっていただけませんか? このままだと少し危ないかと思いますので」
遠慮気味にしてたら、アイちゃんに注意された。よおし、許可も出たことだし、しっかりと掴まろうかな!
腕でアイちゃんの胴回りにしっかり掴まると、俺の体がアイちゃんの背中に密着する。アイちゃん、暖かくて柔らかいなあ。あと、アイちゃんは小柄なので、腰に手を回すために少しかがみ気味につかまると、ちょうど頭頂部が俺の鼻の前あたりに来る。アイちゃんの髪って、いい香りがするな……
「それでは、参ります」
アイちゃんの声で我にかえると、ほうきが宙に浮かび上がった。そのまま前進し、すこし緩めの角度で上昇していく……上昇して……上昇……
俺はアイちゃんの体の感触も髪の香りも忘れて硬直した。アイちゃんに密着できるってことに興奮してうっかり忘れてたけど、俺は重度の高所恐怖症だったんだよ!
「大丈夫ですか、ご主人様?」
「だ、大丈夫だ、問題ない……」
そう答えるのが精一杯だった。何分飛んだのかも、どこを飛んだのかも覚えていない。俺はほうきが街の近くで地上に降りるまで、必死になってアイちゃんの背中にしがみついていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます